この連載で2020年2月27日に掲載(VOL32)したのが、『ロングディズ・ジャーニーこの世の涯てへ』(2018)のビー・ガン監督のインタビューだった。その彼に注目されて薫陶を受け完成させたのが、ジン・イーの初監督作品『ボタニスト植物を愛する少年』(2025)だ。中国映画界第8世代の映像作家として名を連ねることに成功した。この作品は、多くの映画祭から高い評価を受け、輝かしいデビューを果たし驀進中だ。そんなイー監督から、映画に関わる想いをうかがうことが出来た。

ビー・ガン監督が熱い期待を寄せる、新星ジン・イー監督

中国の中でも、多民族が暮らす地域として知られる、新疆ウイグル自治区。イー監督の故郷である。彼は映画を作ることをめざして、北京電影学院に入学するために北京に住まうようになり、現在に至っている。そのうえで、初監督作品の舞台は、緑豊かな故郷を選んだ。

そのこだわりは、師匠であるビー・ガン監督が初の映画制作で、自身の出身地を舞台にして完成させた『凱里ブルース』(2015)に習っているように思える。

ビー・ガン監督と言えば、2025年のカンヌ国際映画祭に、新作『レザレクション(仮題)』(2025)を出品し特別賞を獲得。ますます磨きがかかった活躍を見せる、中国映画第8世代を牽引する映画監督だ。

その彼の指導を得て完成させた本作は、みごとベルリン国際映画祭ジェネレーションKplus部門で、国際審査員グランプリに輝いた。中国の映画祭はもちろん、東京国際映画祭、釜山国際映画祭など世界の映画祭で歓迎され、高い評価を獲得するという快挙を見せている。

画像: ビー・ガン監督が熱い期待を寄せる、新星ジン・イー監督

そんなイー監督のガン監督へのリスペクトは、作品からも大いにうかがい知ることが出来、師匠の美意識を彷彿とさせる、映像詩とも言えるようなテイストが作品全体にみなぎる。彼の故郷の豊かな緑が織りなす美しさと魂に、観る者は魅了されることだろう。

現在、中国の多くの劇場で上映され観客の心を揺り動かしているという。

異民族同士の友情や淡い恋心を描く

13歳のカザフの少年アルシンは、周囲から植物学者と言われるほど植物を愛している。それは、疾走し行方が分からないままの、叔父から学んだ世界をなぞる想いもあるようなのだ。

画像: 異民族同士の友情や淡い恋心を描く

夏に転校してきたメイユーという漢民族の女の子と出会い、二人は友情を深めていく。さらに、アルシンには、彼女への淡い初恋の感情も芽生えていく。しかし、彼女は上海に行かなくてはならず、彼の元を去っていく。

そんな少年の孤独で多感な心のうごめきを、木々や森さえも主人公であるかのような魅せ方で、微細に詩的に描き秀逸だ。

メンターであるビー・ガン監督を彷彿とさせる詩的な映画

——ジャン・イー監督にとって、ビー・ガン監督はメンターという存在であるとのこと。そういう点からも大変興味を持ちました。本作はやはり、ガン監督の作品を想わせる印象が強いですね。現実とそうではない世界が入り混じっている詩的な美意識や、また、初監督作品の舞台が、ガン監督と同じように、ご自身の故郷を描いている点などからしても。

はい、おっしゃるとおりです。ガン監督の初監督作品『凱里ブルース』は、彼の故郷である凱里に根づいた、文化や風景、習わしを題材にして多くの観る人々に感動を与えたわけです。私の故郷は、ガン監督の故郷とはまた趣きが違いますが、共通しているのは樹木や草花が豊かで、草原が広がり風景が美しい。そこに暮らす人々の営みや心の動きを描いてみたのも、やはり、ガン監督の影響力の大きさだと思います。

また、彼の『凱里ブルース』『ロングナイト・ジャーニー この世の涯てへ』をプロデュースした、シャン・ズオロンが本作のプロデューサーになってくれたことも、ガン監督と共通のこととなり、脚本へのアドバイスやアイデアなど多大な力をいただきました。

——そうだったんですね。

そして、ガン監督がベルリン国際映画祭で、私のことや本作のことを熱心に伝えて下さったことは忘れられません。今も私の師匠として、また親しい友人としても信頼関係を持ち続けていただいています。

脚本段階で高い評価を得た実力

——そのビー・ガン監督との出会いはどんなふうに、いつのことでしたか?

はい。ある映画のコンクールに応募していたんですが、その時に優勝した私を、ビー・ガン監督に紹介して下さった、中国でも有名な商業的映画の監督の方がいらっしゃいまして……。

——それは、ずいぶんとラッキーですね。

長編映画を作ろうとしていましたので、本作の脚本を見て下さったガン監督は、アドバイスして下さっただけではなく、完成まで導いて下さったのです。

——それだけ才能を見出す力が、ガン監督にはあったと言えると思いますが、それ以前に、イー監督に才能があったということにもなりますよね。

本作の脚本を、いくつかのコンテストに応募したところ、優秀賞を次々と獲りました。

——それじゃあ、映画を作る前から多くの先人たちから注目されて、完成した作品をベルリン国際映画祭に出せば、国際審査員特別賞も獲る。もう、映画づくりの天才現る!という感じじゃないですか。ご自身を天才だと思っていますか(笑)?

自分が天才かどうかなんて、思ってもいませんが、本作がベルリン国際映画祭を始め、大変多くの映画祭に出品され、いくつもの賞もいただいて評価されたたことは事実です。

自分では、才能というより、「感染力」とか「吸引力」を観客に与える映画を作ることが出来たのではないかと思うところです。観る人にとって、特別な映画として捉えられたということにも、手ごたえを感じています。

アクションではなく、心に響く映画の作り手をめざす

——素晴らしいことですね。そもそも、どうして映画を作りたいと思うようになったのでしょう。

私は、父が映画のレンタルショップをやっていまして、中学生の時からたくさんの映画を観て育ちました。そうしているうちに、映画というものは自分の描きたいことを形づくることが出来るものなんだとわかり、その道をめざすようになりました。

——そうだったんですね。それは素晴らしい環境にいらしたのですね。本作の批評の一つに、「エミール・クストリッツア監督を彷彿とさせる」というのがありましたが、彼の作品をご覧になっていましたか?

クストリッツア監督の作品は全部観ています。彼の作品は印象深く、彼も自身の故郷がどのようにして壊れていくかなどを描いた作品を作りました。彼の様に激しい撮り方とは違う描き方を私はしていますが、彼の作品には大変に感銘を受けています。

また、アッパス・キアロスタミ監督の作品にも感銘を受けました。イランは、新疆ウイグル自治区と同じ中央アジアに位置していますから、人々の営みや習わしとか風景、そこにある町や村がどのように変化していき、そこに人々の出会いと別れなどが生まれる。そのようなキアロスタミ監督が描く世界を、自分と近いものに感じていました。

また、インドのサタジット・レイや、チェン・カイコ―などの作品も多く観ています。ただ、子供の頃に、父に観せてもらった作品は香港ものが多く、アクションとは違う心を動かされるような作品は、もう少し大きくなってから観るようになり影響を受けました。

映画の公開が及ぼす影響力に、心ときめかせる

——なるほど。で、現在、本作は劇場で公開中だそうですが、客層は若い方々が多いですか?

いえ、観客層は年齢的には若い方も熟年の方もいて幅広いです。どこも満席になっています。その中でも40代が一番厚いようです。上映に伴う交流会などもあって、長い映画の感想文を下さる熱心な方もいますよ。

——素晴らしいですね。観た方はどんな感想を寄せていますか?

そうですね。この映画に描かれている人と人、そして動物、植物、森林のことなどに目を向けて、それらの関わり合い方、自然のあり方などを通して、自分の生活や家族のこと、子供の頃の記憶を想い起こし、故郷が恋しくなったりしたということもうかがいました。こういう反応こそ、自分にとっては一番嬉しいものなんです。

——で、映画の主人公の少年と少女を、カザフ民族と漢民族にしたことにはどのような意図がありましたか?

中国、特に新疆ウイグル自治区には、多くの民族がいます。その中でもカザフ民族は遊牧民です。漢民族とは生き方も違っています。例えば、遊牧民にとっての「別れ」についての感性も独特の考え方や感情があります。

画像: 映画の公開が及ぼす影響力に、心ときめかせる

——そうでしょうね。

それでも、違う民族同士が互いに理解し合い、仲良く暮らして行けたらという願いも込めています。
植物についても、違う品種同士が一緒に生息して欲しいという気持ちもありますから。

——その想いを監督は、映画に込めたのですね。そして、その想いは、最後のシーンで見てとれ重要かと思います。

はい。そうですね。

——実際のところ、新疆ウイグル自治区では、ユリアの様に上海や、北京をめざして若い層が村を離れることは多いのでしょうか?

これは、私の故郷に限ったことではなく、中国の地方都市の若者は、自分の仕事のことや活躍を願って、大きな都市に向かう傾向は増えています。

——現に、イー監督も現在は北京にお住まいですしね。

はい。私は映画監督としての仕事のために、北京に住まう必要があります。映画製作に関わる人々は、多くが北京に集まっていますから。映画製作のために多くの人脈を作れるのが北京だと思っていますので。

主題の一つ、植物や緑の大切さへのこだわり

——そうですね。で、本作では、そういった都市とは比べ物にならない、豊かな緑が主役と言っても良いくらいに、樹木や草花へのこだわりというか、緑の必要性を美しく静かに感じさせるものがあります。これはまさしく、世界中で開発が進み、どんどん緑が減っていくことへの危機感をもアピールして下さっていると、私は受け止めました。私自身も近隣の家々の緑が切り倒されて開発されていくのを見るにつけ、危機感を感じる日々です。監督にはこういう作品を作っていただき大感謝です。監督ご自身は、緑の大切さをどのように感じていらっしゃるのでしょう?

そうですね。植物というのは世界を形づくっている存在です。カザフ民族から学べることですが、例えば草原に生えている草を牛が食べて糞を出しますね。

その糞は発酵して燃焼し、成分が大気に戻ります。そして雨になり草原の栄養となり、それが育まれて循環していく。そういうふうにして、大地を作るのが植物の役目です。

地球は植物で成り立っている。ですから私は、非常に大切なものだと思っています。植物のことを見くびってはいけないと思っています。

画像: 主題の一つ、植物や緑の大切さへのこだわり

——おっしゃるとおりだと思います。そういう想いを込めて作つていただいた映画、日本でも多くの方々に観ていただきたいです。ありがとうございました。

(インタビューを終えて)

こちらから質問する前に、こちらが欲しい答を話し出すような、勘の鋭いイー監督。理知的でありながら、アート感覚も滲ませながらサクサクと的を射て応えていく。実績を積んでこそ、自信にしていく骨太なところも見受けられる。

これらが、先人たちの気持ちをつかまえて、素早くラッキーを勝ち獲る力そのものだろう。これも、映画監督になりたいというなら、必要な才能だと感じさせられた。

植物や緑を題材の主軸にするも、環境問題としての主張を表立って表現するのではなく、観る者に感じさせる。それこそが映画だと信じる彼の姿勢に好感が持てる。

「恐るべき」新星かも知れない。緑を見くびるなと言うイー監督をも、見くびってはいけない。

次回作で、師匠のガン監督に追いつけ、追い越せで、カンヌ国際映画祭の殿堂入りなるか、今後も楽しみにイー監督の活躍を見ていきたい。

『ボタニスト 植物を愛する少年』
2026年5月15日(金)より、ヒューマントラストシネマ有楽町 、シネマート新宿、横浜シネマ・ジャック&ベティ 、 テアトル梅田、シネ・リーブル神戸 そのほか順次公開
監督・脚本/ジン・イー
プロデューサー/シャン・ズオロン
撮影/リー・ヴァノン
美術/シュー・ヤオ
衣装デザイン/リウ・リェン
音楽/ペイマン・ヤズダニアン
スペシャルサンクス/ビー・ガン、ウェン・ムーイェ
出演/イェスル・ジャセレフ、レン・ズーハン、ジャレン・ヌルダオレット、サルヘト・エラマザン、ソンハト・ジョマジャンほか
原題/植物学家/英語題/The Bitanist
日本語字幕翻訳/長夏実 
2025年/中国/カザフ語・中国語/96分/アスペクト比4:3 |/5.1ch |/DCP & Blu-ray
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公式サイト: www.reallylikefilms/botanist 公式X@botanistmovie

画像: 映画『ボタニスト植物を愛する少年』5月15日(金)公開☀️太陽と月バージョン予告編 youtu.be

映画『ボタニスト植物を愛する少年』5月15日(金)公開☀️太陽と月バージョン予告編

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