歴代首相との会話を通じて女王の変化を見せる『オーディエンス』
1960年代後半に映画界に入り、女優として60年近いキャリアを歩んできたヘレン・ミレン。そのキャリアにおける代表作の1本は、エリザベス女王(2世の方)を演じた『クィーン』(2006)で、この映画ではアカデミー賞の主演女優賞も受賞。
もともとはロイヤル・シェイクスピア出身で、舞台で演技力を鍛えてきた彼女は、若い時から実力を発揮していたが、年を重ねてからは、その魅力にますます深みが出た。大人のエレガンスと知性な美しさを持つ女優だ。
そんな彼女の名舞台『オーディエンス』(収録2013年)が日本のナショナル・シアター・ライブで上映されている。この作品で彼女は再び当たり役のエリザベス女王を演じて英国では2013年のオリヴィエ賞、アメリカでは2015年のトニー賞の主演女優賞も受賞。圧巻の演技を披露する。

冒頭のジョン・メージャー首相(ポール・リッター)とエリザベス女王(ヘレン・ミレン)の謁見の場面。
NTLive『オーディエンス』 photo by Johan Persson
内容はかつての『クィーン』の別バージョンともいえる内容だ。この前作ではダイアナ妃の事件に翻弄される姿や若き首相、トニー・ブレアとの関係が描かれたが、今回は在位60年に渡った女王と歴代の英国首相たちとのオーディエンス(謁見)の様子が描かれていく。
最初は1990年代のジョン・メージャー(ポール・リッター)から始まる。「実は平凡な人間でいたかったのです」と彼女に告白するメージャー。「でも、その望みは達成できたのではないですか?」と女王が答え、会場からは大きな笑いが起きる。強烈な印象だった彼の前任者、マーガレット・サッチャーの後を受けてトップに立ったメージャーだが、どこかカゲが薄く、凡庸な印象だった。それを風刺的に表現した場面から始まり、これはおもしろくなりそう、期待を抱かせる。
次に出てくるのが、1940年代から1950年代のウィンストン・チャーチル(大ベテランのエドワード・フォックス)。まだ、職務に不慣れな女王を前に(少し時代がかった)威厳を保とうと必死になる姿が痛々しくも、笑いを誘う。
その独特の個性で光っているのは、1960年代から1970年代の首相だった労働党のハロルド・ウィルソン(リチャード・マッケーブ)。「なんだか、首相になってしまったんです」と庶民的な口調で女王の前に現れる。どこかヤボったく、軽さもあるが、そこにこの人物の人間くささが出ている

サッチャー首相(ヘイドン・グウィン)と女王の謁見。ふたりは外交政策に関して異なる意見を持っている。
NTLive『オーディエンス』 photo by Johan Persson
大きな見せ場となるのは、後半のサッチャー首相(ヘイドン・グウィン)とのやりとりだろう。女性初の首相として1980年代に活躍し、自身の強い主張を持っていた。特にアフリカの指導者をめぐって、女王と意見が食い違い、なんだか、気まずい雰囲気が漂う。同世代の女同士の対話が緊張感を高める。
歴代のすべての首相が出てくるわけではなく、1990年代に若さが注目されたジョン・ブレアなどは、風刺の対象としてセリフに登場するだけだ(彼は謁見の日を従来の火曜日から水曜日に変更し、女王は苦々しい思いを抱いていたようだ)。
こうした首相たちとの謁見に加え、思春期の若きエリザベス(べべ・ケイブ)も登場し、今の女王と会話を交わす。国家と国民に貢献するため、私的な感情は抑え、首相の意見を受け入れ、毎週、彼らと会話を交わした女王。公務での気丈な姿とは異なり、個人として抱える葛藤や内面の揺れは、少女時代の自身との会話によって浮かび上がる。そこにひとりの人間としての苦悩もうっすらと見える。

少女時代のエリザベス(べべ・ケイブ)も登場し、主人公との対話が描かれていく。
NTLive『オーディエンス』 photo by Johan Persson
物語は時系列通りに進むわけではなく、さまざまな時代が入り乱れて登場する構成。次にどんな時代が出てくるのだろう、とこちらの想像力をかきたてる。

衣装の早変わりで、エリザベス女王のそれぞれの時代の容姿の変化も見せる。後ろに見えるのは少女時代のエリザベス。
台本は『クィーン』でも、ヘレン・ミレンと組んだピーター・モーガンが担当。2016年からは王室の歴史を扱ったNetflixの人気シリーズ『ザ・クラウン』も手がけている名手で、歴史的な事実を彼なりの想像力でふくらませて、アレンジするのが得意だ。
監督は『リトル・ダンサー』(2000)で知られるスティーヴン・ダルドリー。彼は女優の演出がうまく、『めぐりあう時間たち』(2002)では、作家ヴァージニア・ウルフ役のニコール・キッドマンがアカデミー賞を受賞。共演のジュリアン・ムーア、メリル・ストリープからも最良の演技を引き出していた。
また、『愛を読むひと』(2008)では主演のケイト・ウィンスレットが、オスカーを受賞している。多くの名女優と組んできたダルドリーは、もうひとつの活躍の場である舞台でも、主演女優のヘレンと息の合ったところを見せる。
そして、衣装の早変わりで、女王の体形の変化も伝え、それぞれの時代を見せる。長いスパンに渡る物語だが、どの時代にもリアリティがある。そして、そこにはヘレン・ミレンの女優としての長いキャリアも重なって見える。
英国やハリウッドで多彩な作品に出演
1960年代に映画界に入った後、1970年代にはケン・ラッセル監督の『狂えるメサイア』(1972)では進歩的な若い女性を演じ、リンゼイ・アンダーソンの隠れた傑作『オー! ラッキーマン』(1973)やティント・ブラス監督のスキャンダラスな作品『カリギュラ』(1979)にも出演。
1980年代は孤独な未亡人を演じたヒューマン・ドラマ『キャル』(1984)でカンヌ映画祭の主演女優賞も受賞。ハリウッドのSF『2010年』(1984)やラブストーリーの『ホワイトナイツ/白夜』(1985)などにも出演(後者のテイラー・ハックフォード監督とは後に結婚)。また、ピーター・グリーナウェイのカニバリズムを扱った問題作『コックと泥棒、その妻と愛人』(1989)では大胆な官能場面も演じていた。
ジェイソン・ステイサムの母親役も演じる
1990年代以降はジョージ王の妻を演じた時代劇『英国万歳!』(1994)で2度目のカンヌ映画祭の女優賞を受賞。また、中年女性がカレンダーのヌードモデルを演じる痛快コメディ『カレンダー・ガールズ』(2003)、中年の殺し屋集団を描くアクション映画『RED/レッド』シリーズ(2010~2013)、監督ヒッチコックの妻を演じた『ヒッチコック』(2012)などにも出演。クリムトの絵をめぐるドラマ『黄金のアデーレ』(2015)での落ちついた演技も忘れがたい。
近年は大人気の『ワイルド・スピード』シリーズ(彼女の出演は2019~2023)で、ジェイソン・ステイサムの母親役に扮していた。
こうしてキャリアを振りかえると、グリーナウェイのように作家性の強い英国監督の問題作からコメディ、アクション映画、ラブストーリー、時代劇と本当にジャンルも国籍もオールマイティ。そんな中でもエリザベス女王は彼女の最大の当たり役のひとつで、映画と舞台のそれぞれの作品でこの伝説の人物を演じて、本格派女優としての足跡を残した。
Netflixの『グッバイ、ジューン:幸せな人生の終い方』
昨年はNetflixで二本の新作もアップされている。1本は女優のケイト・ウィンスレットが初監督に挑戦したヒューマン・ドラマ『グッバイ、ジューン:幸せな人生の終い方』(2025)。

末期がんを患った母(ヘレン・ミレン)と見守る娘(ケイト・ウィンスレット)。ケイトは監督もかねている。
ヘレンが扮するのは4人の子どもを持つ母親の役。3人の娘(トニ・コレット、ケイト・ウィンスレット、アンドレア・ライズボロー)と息子(ジョニー・フリン)がいて、孫にも恵まれているが、末期がんを患い、彼女にはわずかな時間しか残されていない。長年、連れ添った夫(ティモシー・スポール)はただじっと妻の横にいることしかできない。
家族の間には、さまざまな葛藤もあるが、それでも最後は明るい態度で母を見送ろうとする。ケイト・ウィンスレットの監督デビュー作で、演出家としても手堅い手腕を見せる。脚本はケイトの息子、ジョー・アンダース。アンサンブル・ドラマだが、達者な演技派たちには、それぞれの見せ場も用意される(特に夫役のスポールが妻を思いながらレイ・チャールズの「わが心のジョージア」を歌う場面は胸にしみる)。
ヘレン・ミレンは終始、ベッドに寝ているだけだが、それでも、じわじわと存在感を発揮。残された時間を生きようとする人物の人生の手ごたえが伝わる。『オーディエンス』の華麗な女王役とは180度異なり、庶民的な母親役だが、こちらも説得力がある。
Netflix『木曜殺人クラブ』では殺人事件考察同好会のリーダー役
Netflixのもう1本の新作『木曜殺人クラブ』は英国の高級老人施設で暮らす人々の物語。ヘレンは歴代の殺人事件の謎を趣味として解き明かすクラブを作っているが、施設内で殺人事件が起きて、その謎を追うことになる。

老人施設で暮らす同好会<木曜殺人クラブ>のリーダー格、エリザベス(ヘレン・ミレン)と事件のカギを握る花屋のオーナー(リチャード・E・グラント)。
Netflix映画『木曜殺人クラブ』独占配信中
同好会のメンバーを演じるのが、アカデミー賞男優のベン・キングズレー、元ボンド男優のピアース・ブロスナン、『カレンダー・ガールズ』でもヘレンと共演していたセリア・イムリ―と、個性的なキャスティング。長いキャリアを誇る俳優たちが、素人の探偵ごっこをする姿がほほえましい。ユーモアとスリルがミックスされた内容で、監督は『ハリー・ポッターと賢者の石』(2001)のヒットメイカー、クリス・コロンバス。
ヘレン・ミレンは知恵がまわる推理好きの女性を演じているが、そのきびきびした姿は、彼女のテレビでの当たり役、『第一容疑者』シリーズ(1991~2007)のクールなテニソン刑事役も思わせる。
また、楽屋オチっぽい遊びもある。ヘレンの役名はエリザベス。彼女がスカーフを髪にかぶって出かけようとすると、彼女の夫(ジョナサン・プライス)がひとこと、「まるで女王みたいだね」。「あら、そうかしら?」と答える主人公。自身の当たり役のパロディ的な場面にこちらはニンマリ(実はヘレンはテレビシリーズ『エリザベス~愛と陰謀の王宮』(2005)では、エリザベス1世の方も演じている)。
ヘレンの舞台『オーディエンス』と2本のNetflix作品。こうした最近の活動を見ると、年を重ねることで、俳優はさらにステキになれることが分かる。円熟にこそ、人生の醍醐味がある。それはすごく英国的な映画人・舞台人の生き方ではないかと思う。
ナショナル・シアター・ライブ『オーディエンス』
TOHOシネマズ、シャンテにて6月11日(木)まで上映中 *休映日もあり。
(その後の全国での上映予定は未定)
作:ピーター・モーガン 演出:スティーヴン・ダルドリー
出演:ヘレン・ミレン、ポール・リッター、ヘイドン・グウィン、ジェフリー・ビーヴァーズ、ジョナサン・クート、エドワード・フォックス、リチャード・マッケーブ
イギリス/英語/2013年/2時間7分/原題:The Audience
ナショナル・シアター・ライブ日本担当 カルチャヴィル合同会社
NTLive『オーディエンス』 photo by Johan Persson



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