ミラノ・コルティナ冬季オリンピックの開会・閉会の式典や、ミラノ・スカラ座をはじめとする多くの世界的劇場でのオペラ演出で高い評価を得ている、ダミアーノ・ミキエレット。念願の映画づくりにも手を広げ、イタリアが誇るヴァイオリニストで作曲家の、ヴィヴァルディの人生と知られざるエピソードを、独自のセンスを活かして完成させた。『ヴィヴァルディと私』(2025)という新しいチャレンジで得た発見や、映画制作へのこだわりをうかがうことが出来た。

オペラの演出で、国際的な劇場で活躍して来た才能が、映画でも花開く

ミラノ・コルティナ冬季オリンピックといえば、アイス・スケートやスノー・ボードをはじめ、多くの競技で日本が大快挙となった、忘れがたい記録が今も蘇る。その開会・閉会の式典の演出には、さすがオペラや絵画、ファッションなど優れた芸術性を歴史的にも牽引して来た、イタリアの誇りを魅せつけられて圧倒させられたものだ。その美意識溢れる演出を手がけたのが、クリエイティブ・ディレクターとなったダミアーノ・ミキエレット。彼の初長編映画作品が『ヴィヴァルディと私』だ。

ヴェネチア出身の彼は、イタリアのみならず、世界各国で活躍する最も革新的なオペラ演出家の一人。ミラノのスカラ座、ヴェネチアのフェニーチェ劇場をはじめ、ロンドンのロイヤル・オペラ・ハウス、ベルリン国立歌劇場、パリ・オペラ座に至るまで、国際的な名だたる劇場でのオペラを演出してきた。舞台芸術界最高の栄誉となるローレンス・オリヴィエ賞も受賞している。

念願の映画を手がけるなら、イタリアが誇る音楽に関するものをとの想いを、今回果したことになる。

名曲『四季』とヴィヴァルディは有名でも、知られざる彼の人生

誰もが聞き覚えのある、ヴァイオリン協奏曲『四季』の作曲家である、ヴィヴァルディ。ヴァイオリンの名手でもあった彼は、孤児を預かるヴェネチアの修道院の一つ、ピエタ院での音楽の教師でもあり、そこで多くの名曲を作ったという。院は少女だけで編成された楽団を持ち、ヴィヴァルディの曲を演奏し披露することで収益を得ている。ヴィヴァルディはその楽団に、ヴァイオリンを弾く優秀な少女を見出し、彼女の人生に大きく影響を与えることになる。そんな彼の人生を描いて、名曲と共に広く世界に知って欲しいとの監督の想いが、本作に込められた。

また、同時にその少女の存在がヴィヴァルディ自身にも影響をもたらすことになり、18世紀のヴェネチアを映し出す作品としても、興味深い映画となった。

画像: 名曲『四季』とヴィヴァルディは有名でも、知られざる彼の人生

映画ではヴィヴァルディの名曲を配し、イタリアを代表する女優の一人、テクラ・インソリアをヴィヴァルディの愛弟子役の「私」である、チェチリアに起用。大きな成果をもたらしている。インソリアは、ジョルジオ・アルマーニのアンバサダーにも抜擢され、今、イタリアで最も活躍が期待される女優として注目を集めている。

ちなみに彼女が、イタリアのアカデミー賞にあたる、ダヴィッド・ディ・ドナテッロ賞で最優秀主演女優賞と新人賞をダブル受賞したTVシリーズ、『The Art of Joy』(2024・ヴァレリア・ゴリーノ監督)と本作は、5月に開催されたイタリア映画祭2026でも上映された。

親に見捨てられた少女がヴィヴァルディの愛弟子に

ヴェネチアのピエタ院という、孤児を預かり育てる修道院に暮らす少女、チェチリアは母を知らない。いつか母が迎えに来てくれることを夢見て、まだ見ぬ相手に手紙を書き続けている。女子は男子とは違い、身寄りがなければ、嫁として売られる運命だ。女子だけで編成されている楽団の演奏者として残れれば、不本意な嫁入りから逃れることも出来る。

画像: 親に見捨てられた少女がヴィヴァルディの愛弟子に

しかし、美貌の彼女を娶りたい将校がいて、戦争から凱旋出来れば、彼女は楽団でのヴァイオリン演奏を続けられず、その男の元へ嫁がなくてはならない。ヴァイオリンの名手で作曲家である、ヴィヴァルディは、院の教師としてチェチリアの才能に眼を留め、愛弟子として指導を重ね、演奏会は高い評価を受けていた。しかし、嫁入り先の将校が戻ることが明らかになり、ヴァイオリン演奏を続けたいチェチリアはある行動に出る。

ヴィヴァルディを主軸にしながらも、18世紀の薄幸な少女の、自由を求める過酷な運命を現代に伝えることを狙いとしたミキエレット監督。独自の斬新な演出で、その時代のヴェネチアを描いて成功した。

オペラの演出とは違う、映画制作での発見

——ミキエレット監督のオリンピックの演出には目を見張るものがあって、イタリアが誇るオペラはもちろん、ミラノ・コレクションのような展開もあり感動しました。そんな監督が初めて長編映画を手がけるということに、とても惹かれました。映画制作は、オペラやイベントの演出とは似て非なるものかと思います。映画を完成させてみて、どのような発見がありましたか?

やはり、今回の映画は共同で脚本を作るということや、特に編集作業というものがありました。スタジオでの撮影など、これらの経験はどれもこれも、今後に役立つものばかりでした。

——と言いますと、映画制作も今後続けて行かれるということですね。

はい、そうですね。もちろんオペラの仕事を今までの様にしながらですが。

原作を知って、ヴィヴァルディの人生を描いてみたくなった

——ヴィヴァルディというと、その名前や『四季』という曲が、日本人にとっては非常に馴染み深く、日常でもそのサウンドは耳慣れたものとして愛好されています。しかし、ヴィヴァルディという作曲家のことは良く知っているわけではない。まして、ヴェネチアのピエタ院という、孤児を預かり育てる女子だけの音楽団が作られ、そこでヴィヴァルディが教師をしていたということなどは、一般には知られていません。監督はこの作品を作る前からそういうことをご存じで、映画を作りたいと思った時に、このテーマを選んだのでしょうか?それとも、知らなかったからこそ、映画化したいと思ったのでしょうか。

そうですね、確かにイタリアでもヴィヴァルディの名前や『四季』という曲は良く知られていても、彼がどんな人生を送ったかということは知られていません。有名な作曲家ということで知られている彼が、ヴェネチアからウイーンに行って不幸に見舞われ、最期は貧困に苦しんで亡くなっていったことなどは、あまり知られていないことなのです。私も原作を読んで彼のことを詳しく知ったのです。

——そうでしたか。

前々から映画を作りたかったのですが、作るなら何か音楽に関わるテーマを選びたいと思っていました。ヴィヴァルディのことを映画にして、多くの方々に観ていただき、彼の人生に興味を持っていただけるだろうと。それはとても嬉しいことだと思ったのです。

孤児の少女たちの楽団が、ヴィヴァルディを支えた事実

——ミキエレット監督が初めて手がける映画には、とてもふさわしいと誰もが思いますよね。

また、原作には18世紀の社会問題についても書かれていました。ご質問にもありましたとおり、彼が40年も教師をしていたピエタ院には、孤児の女子音楽団があって、その楽団の演奏を観光客や富裕層に聴かせて収益を得て、修道院全体の財源にしていたんです。

そのことがとても興味深いと感じました。その楽団の存在はヴィヴァルディにとってもメリットが大きく、楽団を持っているということで、自分が作曲した音楽の演奏を自由に試みることが出来たんですからね。使ったことのなかったような新しい楽器での演奏も出来たのです。

いわば楽団は、彼にとってのキッチンのようなもので、そこで作られた「料理」が、今なお世界中で高く評価され、多くの演奏家が演奏し続け、多くの方々を幸せな気持ちにさせているわけなのです。

画像: 孤児の少女たちの楽団が、ヴィヴァルディを支えた事実

——なるほど。それは音楽ファンならずとも知っておきたいことですね。その孤児院の女子楽団の中でも、飛び切りヴァイオリン演奏が上手な少女が、本作の「私」であるチェチリアですね。実在の人物ではないとのことですが、この映画での彼女の女性像を組み立てる時に、こだわった点はありますか?

チェチリアのモデルとなったといわれている、アンナ・マリアという少女は実際にいて、彼女のためにヴィヴァルディが作った曲も残されてはいます。そのチェチリアは、本作の最初から最後まで登場する重要な存在です。私がめざしていたのは、18世紀という時代の女性像を、当時よりモダンな印象にしたいという想いがありました。

主人公がモダンな考え方をする少女であることにこだわりたかった。今の世代から見て、18世紀の女性に遠い距離を感じさせない女性像にしたかったのです。
それと、親から見捨てられたことへの怒りや傷を抱えている少女像です。
そういう女性像を演じられるのが、テクラ・インソリアという女優でした。

主人公の女性像へのこだわりを、みごとに演じた女優との出会い

——インソリアさんは、ダヴィッド・ディ・ドナテッロ賞を受賞された、イタリアを代表する優れた女優さんの一人ですよね。

はい。最初のカメラ・テストの時に彼女に会ってみて、一目でこの役にピッタリだと感じました。彼女の持つ感性、フレッシュさ、そして勇気を感じさせるものを受け止めました。彼女に演じてもらえたことは、とても嬉しく思っています。

画像: 主人公の女性像へのこだわりを、みごとに演じた女優との出会い

——むしろ、インソリアさんという女優に出会って、チェチリア像が固まっていったという感じでしょうか?

そうですね。もともと私が最初に主人公の人物像として抱いていた人間性や真実性は、確かにインソリアさんという女優の感性や演技の表現によって、より確かなものになっていったと思います。

今の時代の観客の方々に、18世紀に生きた主人公のような女性の、女性であるからこその苦しみや怒りをどのように印象づけられるかが、今回の私の映画の狙いでもありますから、演じるインソリアさんの存在や演技があってこそ、そこのところを強調出来たと思っています。

18世紀のヴェネチアを軽やかで現代的な映画に

——素晴らしい成果だったのですね。映画監督をなさった方々のお話を今まで沢山うかがってきましたが、多くの方々が映画が出来上がるまでは困難や苦労があるけれど、出来上がってみると喜びに変わっているとおっしゃっています。ミキエレット監督もそうお感じになっていらっしゃいますか?

映画は、音楽や衣装などのパーツをバラバラに作っていくので、最終的に上手くまとまるか、どういうものになるかなど心配もありました。特に18世紀のヴェネチアを描くのに、重苦しい出来上がりになることは避けたかったのです。

しかし、完成してみると軽やかで現代的な映画になったので、とても嬉しいです。でも、自分としては、あそこはもっとこうしたかった、こうすれば良かったと思うところも少なくなく、次回への課題にしたい点はありますよ。

画像: 18世紀のヴェネチアを軽やかで現代的な映画に

(インタビューを終えて)

さすがは、イタリアのジェントルマンの所作というべきか、謙虚で、ていねいで理屈のとおった言葉を沢山下さった、ダミアーノ・ミキエレット監督。オペラの演出を手がけている実績が裏打ちする自負もあっての初の映画づくり。お話し下さった内容や時間からも、映画づくりが監督にとって、至福の経験になったことが伝わって来た。

イタリアの至宝である、オペラや絵画やファッションについて、新旧にこだわらず、映画という芸術を通じて、これからも世界に広げていく担い手になっていかれることでしょう。

次回の映画づくりへの意欲ものぞかせた。インタビューの最後に、「チャオ」、「グラーチェ」の心地よい言葉に続き、「マスター」とまで言っていただき、これぞイタリアン!というサービス精神を感じて、とても嬉しいインタビューとなった。

加えて監督のお姿がイタリア男性の美しさをも感じさせ、こちらも至福の時間をいただいた。

『ヴィヴァルディと私』
5月22日(金)より、全国劇場公開中。
監督・脚本/ダミアーノ・ミキエレット  
出演/テクラ・インソリア、ミケーレ・リオンディーノ、アンドレア・ペンナッキほか
原題/PRIMAVERA
字幕翻訳/関口英子
配給/彩プロ 
2025年/イタリア・フランス/イタリア語/110分/1.85:1/5.1ch/映倫区分G
©2025 INDIGO FILM, WARNER BROS. ENTERTAINMENT ITALIA, MOANA FILMS
公式HP/https://vivaldi.ayapro.ne.jp/

画像: 映画『ヴィヴァルディと私』予告編 youtu.be

映画『ヴィヴァルディと私』予告編

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