カバー写真撮影/工藤静佳
80年代パリの新たなランドマークとなる新凱旋門と建築家
本作に描かれるのは、映画づくりにも共通するという、建築というクリエイティヴィティに求められる判断・決断、そして妥協。芸術が生まれ育つ豊かな時代であったパリの80年代に建造された新凱旋門。このフランスの一大都市計画に白羽の矢を立てられ、栄光を手にするも翻弄されたデンマークの建築家の悲運とも言える人生である。彼の存在は、フランスでも意外に知られていないという。

photo Julien Panie
新凱旋門にまつわる、エピソードを本作で明かしたのは、80年代に育ち、その時代に今なお変わらないリスペクトを寄せる、ステファン・ドゥムースティエ監督(『ブレスレット 鏡の中の私』2019)だ。
1983年にパリの都市計画の一環として、時の大統領ミッテランの肝いりで構想されたのが、フランス革命200周年を祝う新モニュメント、新凱旋門の建設だった。
国内のみならず海外にも、広く建築家を求め、コンペティションで選出されたのが、デンマーク出身のヨハン・オットー・フォン・スプレッケルセン。デンマークでも無名の建築家で、自宅といくつかの教会を建てたという実績しかない彼が提案したのは、「キューブ」と呼ばれるアート的なデザインだった。大統領のお眼鏡に叶うものの、その決定は少なからずの波紋を呼び、その後の計画も波乱に満ちたものとなっていく。
実力派男優たちの競演で明かされる、事実にもとづく悲運の逸話
その運命に翻弄されるスプレッケルセンの抱き続ける理想と、妥協を許さない建築家としての頑ななプライドを演じ切ったのが、デンマーク出身の俳優、クレス・バングだ。主演した『ザ・スクエア 思いやりの聖域』(2017)は、第70回カンヌ国際映画祭のパルム・ドールを獲得し、アカデミー賞外国語映画賞にもノミネートされ、世界的に注目を浴びた。

クレス・バング(左)
本作では、フランスの社会では浮いてしまうほど大柄で、実直だが融通のきかない、実在のデンマークの建築家になり切って名演ぶりを発揮した。言うなら、同じデンマーク出身のマッツ・ミケルセンとは真逆の、静謐さが魅力だ。加えて、シャルル・ド・ゴール空港などの名だたる建築を手がけたフランスの著名な建築家、ポール・アンドリューを演じたのがスワン・アルロー(『落下の解剖学』2023)、都市計画を担当する官僚にグザビエ・ドラン(『Mommy/マミー』2014)が起用された。

スワン・アルロー

グザヴィエ・ドラン
今までとは一味違う、彼ら二人の演技の力量を引き出した監督の実力にも感心させられるが、二人の掛け合いや、時に一丸となりフランス人の誇りを剥き出しにして、デンマーク人にぶつける言動、行動が時にはコミカルでもあり、本作の見どころとなった。

ミッテラン大統領を演じるミシェル・フォー
大統領に就任したミッテランは、新凱旋門の建築をコンペで選んだ建築家、スプレッケルセンに大いに期待を抱き、彼が提案する「キューブ」型の新凱旋門建築にうだつをあげる。パリに新たなランドマークを建てることは、パトロンとしての自負を満たされる想いもあった。しかし、建築資材の大理石一つについても、一切の妥協を許さないスプレッケルセンの姿勢は、フランスの関係者に受け入れ難い印象も与えていく。そんな建設の最中に、ミッテラン政権が交代することから、スプレッケルセンの理想の建築計画には大きな暗雲が漂い、そこから彼の悲運も始まっていく。

栄光が悲運に変わる、孤高の建築家へのレクイエム

ステファン・ドゥムースティエ 監督
——本作は、新凱旋門を建築するチャンスに恵まれたにもかかわらず不運に見舞われ、完成を見ることなく亡くなった建築家への、監督からのレクイエムであるように受けとめましたが、その点はいかがでしょう。
そうですね。おとぎ話から一転、悲劇的な人生を辿ることになったヨハン・オットー・フォン・スプレッケルセンへの鎮魂の想い、まさに、彼へのレクイエムかもしれません。彼の悲劇的な人生は不運によって決定づけられました。それでも彼のことを偲べる建築物は残りました。
——ただ、古くから、例えばイタリアのルネサンス時代に活躍し、建築家でもあったミケランジェロやダヴィンチなども、パトロンであったメディチ家が力を失った時には仕事が無くなった。そんな不運な運命に見舞われたものの、それでも次の活路を見つけて創作を続けたと聞いています。しかし、スプレッケルセンは一切の妥協を許さず頑なで、それが自滅を導いてしまう。監督はパリにある複数の建造物を依頼されて映像にしたり、建築家のインタビューなどをお仕事にされた経験があり、建築について大変造詣が深いとうかがっています。建築する際の妥協ということについては、どのようにお考えですか。
そうですね。建築するということは、建築家が天才であったとしても、それを支えるパトロンや制約という枠の中で創作するということになります。ミッテラン大統領のおかげでルーブル美術館のピラミッドも完成しましたし、この映画の新凱旋門も計画されました。言ってみれば、映画づくりも同じだと思います。例え天才的な映画監督であっても、いつも制約の中での物づくりが求められるのは当然です。

ミッテラン大統領の悲願でもあった、新凱旋門建設計画
―—そうですよね。
ミッテランは、芸術家のスプレッケルセンを気に入っていた。スプレッケルセンもミッテランを最強のパトロンとして崇拝していた。ただ、ミッテランは自分の力と存在を不滅的に残したいから、その象徴として建造物を建築したかったのです。時の君主や王様と同じようにですね。
―—なるほど。
ミッテランは言っています。例えば画家のピカソは「ゲルニカ」という偉大な作品を残しました。しかし、誰が描いたかということが重要なのではなく、「ゲルニカ」がこの時代まで不滅のままに現存していることが素晴らしいことなのだと。実は彼は大統領になった頃から癌にかかっていて、そのことは秘密裏に守られてきたことでしたが、それもあってか、関わる芸術的な創造物を出来るだけ多く世に残して、自分の存在をも残すことに躍起になっていたと思います。
―—そうだったんですね。興味深いお話しです。その意を感じることなくスプレッケルセンは、建築家として妥協することを許さなかった。妥協は致し方のないことなのに。監督は、彼の選択が正しかったと思われますか。
いや、正しいとは全く思ってはいません。今回の私の映画では、彼が抱えていたジレンマを描こうとしたかったのです。建築というものは、自分の中で発案したものを現実面に落としこんでいかねばならない仕事です。建築家は、自分でその道を見つけてなんとか進まねばなりません。それを途中で辞めたことは喜ばしいことでもありませんし、正しいことではなかったと思うのです。もちろん、彼が正しかったかどうかは、観る方々に解釈していただきたいことでもありますが。
新凱旋門建設に象徴される、良き80年代への想い
―—信念を貫いたとも言えそうですが。
ポール・アンドリューは言っています。彼は自分のプロジェクトに押しつぶされて死んでいったのではなく、やりたかったことを途中で辞めてしまったことで、死んでしまったのだと。
―—それはそうとして、監督は80年代に起きたこの新凱旋門建設のことや、自分の信念を曲げずに自滅していった孤高の建築家のことを、なぜ今、映画にしたいと思ったのでしょうか。
40年近くも前のことですよね。そんなフランスの80年代に私は育ちました。しかし今、その時代はなかったかのように忘れ去られようとしている。私たちは、まるで親に死なれた、みなし児のような気持ちにさえなっています。
今の時代には、政治と芸術と建築物の関係や、政治的ビジョンなどはほとんど見受けられません。それからヨーロッパは統合してEUになり、理想的な世界が広がると信じていて、その期待は大きかった。しかし、理想の統合どころか今は分断が起き、ほころびが見えています。
ですから、良き80年代という時代が今も生き続けていることを、この映画で新凱旋門というモニュメントを浮き彫りにしながら描いてみたのです。
―—よくわかります。
ミッテランの時代まではフランスにはロマンがありました。豊かな時代でした。その後は実践的なことが優先される時代になってしまったと思いますから。
建築にも映画にも妥協が必要。そこからアイデアも生まれる
―—おっしゃるとおりだと思います。私も映画の仕事でパリやカンヌ国際映画祭にしばしば行きましたが、その時代は本当にロマンチックな雰囲気がいっぱいでしたが、グローバル化が広がり変化してしまったことを痛感しています。
そうでしたか。
―—ところで、先ほどもお話しに出ましたが、建築することと映画制作には共通するものがあり、映画づくりにも妥協というものは必要になるとのことでしたが。
私は建築にも興味を持ちますが、映画や文学に抱いている情熱のようなものはありません。私には自分自身についてとか、人間の条件みたいなことを考えたりするために、映画というものがなくてはならないのです。映画は言わば大勢で作る「不純な芸術」だと思っています。だからこそ映画では言いたいことも言えますね。
―—素晴らしいご発言です。
そして、ご質問は映画制作ということにおいて妥協するかどうか。このことについてですが、むしろ私はこれが必要だと思っているくらいなのです。
制限されるということ、いろいろありますね。金銭面とか人的なことだとか。それがあることで、その中で工夫をしたり、新しいアイデアも生まれる。妥協させられると思うのではなく、むしろ、私の場合はそれを楽しんでしまうという感じです。
―—何と素晴らしいことでしょう。それでは本作での妥協点はどのあたりにありますか。
撮りながら、変更すべき点が生まれたら、その都度考えて進めていきましたね。

実力派の俳優たちの、新たな演技を惹き出した
―—キャステイングは思いどおりでしたか。
そうですね。スプレッケルセンには、とにかくデンマーク人の俳優で、フランス人に比べたら背が高く、浮いてしまう感じを期待して、クレス・バングは適任でした。それと、グザビエ・ドランには、ちょっとコミカルに政府の建築担当者を演じてもらえて。スワン・アルローもフランスを代表する建築家という知的な雰囲気で。
―—大成功ですね。ドランとアルローのコンビの掛け合いが絶妙でした。クレス・バングの孤高の演技にもグッときました。心に残る言葉を沢山いただき、インタビュー、ありがとうございました。
(インタビューを終えて)
多くの建造物の映像を制作した経験あってこそ、フランスの偉大なモニュメントの一つ、新凱旋門という存在を、今回映画にすることは必然的なことでもあったに違いないドゥムースティエ監督。
80年代、パリのために情熱を傾けた一人の建築家の知られざるエピソードを綿密に構築して尽力を惜しまなかったのは、建築家というアーティストへの憧れも抱いていたからかも知れない。そんなイメージをどんどんと広げてくれたインタビューでもあった。
質問を投げかけると三倍返しで知的な意見を下さり、学び多い時間となった。
【7月17日(金)公開】映画『新凱旋門物語』予告編解禁!クレス・バング×スワン・アルロー×グザヴィエ・ドラン
youtu.be『新凱旋門物語』
7月17日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館、アップリンク吉祥寺ほか全国公開
第78回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門出品、第51回セザール賞8部門ノミネート、第31回リュミエール賞最優秀脚本賞受賞
監督・脚本/ステファン・ドゥムースティエ
出演/クレス・バング、スワン・アルロー、グザヴィエ・ドランほか
原題/L'Inconnu de la Grande Arche
英題/The Great Arch
原作/「新凱旋門物語 ラ・グランダルシュ」(ロランス・コセ著 、北代美和子訳・草思社)
配給/ミモザフィルムズ
2025/フランス・デンマーク/フランス語・英語・デンマーク語・イタリア語/106分/1.37:1/5.1ch
字幕/齋藤敦子
後援/在日フランス大使館、アンスティチュ・フランセ、デンマーク王国大使館
協力/ユニフランス
©2025 AGAT FILMS, LE PACTE
公式サイト/https://mimosafilms.com/thegreatarch/
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