カンヌ国際映画祭への正式出品をはじめ、世界各国の映画祭で高い評価を得たフレンチ・ミステリー『プライベート・ケース』が、7月24日(金)よりHTC有楽町、新宿武蔵野館ほか全国で公開される。この度、同作で全編フランス語で精神科医を演じたジョディ・フォスターのインタビューが到着。本作への参加理由や、ハリウッド大作との違いを語っている。

全編フランス語での演技に挑んだジョディ・フォスター

パリで活躍する精神分析医リリアン(演:ジョディ・フォスター)は、長年診てきた患者ポーラの死を知らされる。診察の中でその兆候は見られず、ポーラの死が単なる事故ではなく殺人ではないかと疑い始める。一方、突然涙が溢れ出る異変に悩まされるようになったリリアンは、眼科医の元夫ガブリエルと再会。彼を巻き込みながら探偵まがいの捜査に乗り出し、やがて危うい真相へと踏み込んでいく――。

画像: ジョディ・フォスターが精神分析医に!『プライベート・ケース』予告編(7/24公開) youtu.be

ジョディ・フォスターが精神分析医に!『プライベート・ケース』予告編(7/24公開)

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今年3月に渋谷で開催されたフランス映画祭では、オープニング作品としてジャパンプレミア上映され、チケットは発売直後に即完売。日本の映画ファンから「一刻も早い一般公開を」と熱望されていた。

『告発のゆくえ』『羊たちの沈黙』で2度のオスカー授賞を果たしたハリウッドを代表する俳優ジョディ・フォスターは、長年フランス映画に主演することが夢だったという。これまで多くのフランス映画界からのオファーを受けながらも、なかなか納得できる役柄に巡り合えなかったが、満を持してフランス映画に初主演となった。

監督は、レア・セドゥ主演の『美しき棘』(10)、ナタリー・ポートマン主演の『プラネタリウム』(16)など、女性の心理や欲望と揺れるアイデンティティ、死と喪失をめぐる考察を映し出し、フランス映画界のソフィア・コッポラとも称される俊英レベッカ・ズロトヴスキ。ズロトヴスキ監督の念願でもあったというジョディ・フォスターの出演。フォスター自身はどんなことを考えながら役に挑んだのだろうか。

脚本を読み、監督との面会以前に出演を決めていたジョディ・フォスター

――レベッカ・ズロトヴスキ監督にとってジョディ・フォスターという俳優は、常に称賛の対象であり、いつか一緒に仕事をしたいと公言してきましたが、以前から彼女の作品はご存じでしたか。

ジョディ「いいえ、まったく知りませんでした。

いつも通り作品について調べたり、直接会う前に、まず脚本を読みました。監督が有名かどうかは関係なく、最初の判断基準は脚本です。脚本が何よりも大切だからです。

読んですぐ、非常に骨太の作品であり、確固としたストーリーがあると感じました。ストーリーは私には最重要事項です。おそらく私が大の本好きだからでしょう。私はごく若い頃、ほとんど偶然のように俳優になりました。でも心の底で強く惹かれていたのはむしろ書くことや、ストーリーやアイデアに思いを巡らすことでした。だからこそ、この見事なクオリティーの脚本に出会えたことが贈り物のように感じられたのです。主人公リリアン・シュタイナーという人物にも強く興味を引かれました。脚本を読んだ後、レベッカのこれまでの作品を観始めました。例えば『わがままなヴァカンス 裸の女神』を。その後、彼女がロサンゼルスまで会いに来てくれました」

――つまり、彼女に会う前から、すでに出演を決めていたのですか。

ジョディ「そうですね、会う前から出演したいという思いはありました。

でも決定打は直接話をしたことです。私たちはそれはもう濃密な時間を過ごしました。ふつうは役について軽く話したり、世間話で終わるものですが、私たちは6〜7時間ぶっ通しで脚本を最初から最後まで一語一句読み解いたのです!

彼女にありとあらゆる質問をしましたが、その答えの一つ一つに私は力がみなぎってくるのを感じました。衝撃的でした。彼女との対話で一挙に視界が開けたのです。レベッカは自分の仕事に全力で向き合い、作品のあらゆる点に明確なビジョンを持ち、すべてを深く考え抜いている、つまり脚本を完全に掌握している監督であることを確信したのです」

画像: ジョディ・フォスター 写真:REX/アフロ

ジョディ・フォスター 写真:REX/アフロ

――撮影はいかがでしたか。 環境の変化に左右されることなく、いつもの撮影時の感覚だったのでしょうか。

ジョディ「それはもう、レベッカは全身全霊で仕事に臨むタイプの監督ですし、私自身、俳優として自分を管理する術は身についてますから(笑)!

大事な話し合いはすべて撮影前に済ませて現場に入ればあとは演じるだけです。その意味でも、レベッカとの仕事は本当に楽しいものでした。現場の誰もが彼女を慕っています。ユーモアがあり、聡明で、情熱にあふれ、とても人間味のある人で、周囲への気配りも忘れません。それに長年同じスタッフと仕事を続けているので、現場には強い信頼関係があります。それは、大小問わずあらゆる決定を下さなければならない監督にとって非常に重要な要素です。スカーフ1枚にせよ彼女が選ぶわけですからね。実は、リリアンの衣装の半分は、レベッカ自身のワードローブから選んでいるんですよ。最高ですよね!」

監督のビジョンをサポートするのが、自身の喜びだと語るフォスター

――これまで出演されてきたアメリカの大作映画とはかなり勝手が違ったのでは?

ジョディ「確かに制作の進め方は少し違います。フランスでは現場の規模はより小さく、より凝縮されています。誰もが一人で三役をこなし、監督が全体を統括します。一方、アメリカでは基本的にそれぞれが自分の担当領域に徹し、他の分野にはあまり踏み込みません。特に大作映画では、現場に170人がいて、何か月も撮影が続き、3つのユニットが同時に動くといった具合で、スケールが違います!

でも、私自身の姿勢は変わりません。監督と方向性を共有できている限り――レベッカとは完全にそうでした――俳優として私は監督に仕え、監督のビジョンの実現をサポートすることです。それが私にとっての喜びなのです!

実はこれまで考えが合わない監督の作品にも多く出演してきました。今では自分が共鳴できる監督の作品にしか出演しないと決めています。今回がその代表例です!」

画像1: ©George Lechaptois

©George Lechaptois

――リリアンは精神分析医で、少なくとも物語の前半ではあまり話さず、ひたすら聞く側に回ります。俳優としてはちょっとしたエクササイズではありませんか。そうした場面では、カメラがあなたの思考の流れを捉えようとしているようにも感じられますが。

ジョディ「思考のプロセスの表現も演技の一部です。私は、脳がフル回転する様子がほとんど可視化されるような人物を演じるのが好きですし、感情より思考を表現するほうが自然なんです。ジョナサン・カプラン監督の『告発の行方』で演じた役は、非常に感情的ですべてを表に出す女性でした。あの役のほうが、リリアン・シュタイナーよりもずっと難しかったです。私自身はリリアンに近い人間ですからね。

とはいえ、世界を舞台に行動する現代女性を演じるのも好きです。まさにそうした社会では彼女たちの感情は危険に晒されていますから」

――絶望感といえば、リリアン、そして観客を第二次世界大戦下の時代にいざない、ホロコーストにも言及する催眠の夢のシークェンスにも表れています。この点についても話し合いましたか。

ジョディ「ええ、この夢はクリエイティブな面で私たちにあらゆる可能性を提供していましたから。夢の中には、どんなものでも入り込ませることができます。たとえば亡くなったポーラも。映画では話に登場するだけで姿を見ることはありません。でも夢のシーンでは姿を見せます。コンサート会場でリリアンとポーラはオーケストラ・ピットにいる演奏者として並んで座っているのです。

でもホロコーストが言及されるのはむしろ当然でしょう。ホロコーストは彼女の家族の歴史を通して、彼女自身の人生に深く関わっていますし、同時にフランス、そしてパリの歴史の一部です。

レベッカのようにラカン的な視点で無意識を語ろうとすれば、ホロコーストを経験した人々、生き延びた女性たちが夢に現れるのは、ほとんど必然なのです。もちろん無意識下ではありますが、彼女たちは私たちの人生や物語に影響を及ぼすのです」

――同じ夢の中で、リリアンは息子にも対面します。しかも、息子は親独義勇兵の姿で登場しますね。

ジョディ「私から見れば、この夢での息子との対面は母性のアンビバレンス(両義性)を意味しています。息子を心から愛していて、ほとんど自分の体の一部のように感じている、それゆえに、自分が息子に支配されている感覚がある。息子のことを心から愛しているゆえに、『この子はいずれ私を殺すことになる』とも感じてしまうのです。

母としても、俳優としても、とても興味深いテーマです。実際、『少年は残酷な弓を射る』(リン・ラムジー監督)や『ババドック 暗闇の魔物』(ジェニファー・ケント監督)の他、このテーマを扱った映画はたくさんあります。 “母性のアンビバレンス”をテーマにした作品だけを上映する映画祭を企画しても面白いと思うほどに(笑)」

ダニエル・オートゥイユ、マチュ―・アマルリック、名優たちとの共演について

――本作は、心理スリラーからリマリッジ・コメディ(再婚喜劇)、ミステリーまで、複数のジャンルを横断しています。ハリウッド黄金期へのオマージュとも言えそうですね。

ジョディ「私はあまり詳しくありませんが、確かに“リマリッジ・コメディ”のジャンルへの目配せがあり、そのコメディ・タッチはダニエル・オートゥイユと彼の演じる人物によってもたらされています」

画像2: ©George Lechaptois

©George Lechaptois

――そのダニエル・オートゥイユとの共演についてお聞かせください。

ジョディ「彼のことは本当に大好きです!私たちの関係は、まるで兄妹のようでした。彼はとてもよく気のつく人で、場を和ませてくれます。彼が登場すると作品に軽やかさが生まれ、物語は間違いなくどんどんユーモラスになっていきます。

元夫とリリアンの二人のちょっとしたやりとりは最高でしたね。彼はリリアンを笑わせようとあの手この手を尽くします。リリアンの関心を他に向けて、全てを深刻に考える彼女の思考回路を止めるためです。たとえばレストランのシーン。リリアンを笑わせるために、彼はウェイターにわざとつっかかりますよね、本当にチャーミングだと思います」

――ポーラの夫役で非常に不穏な空気を醸し出していたマチュー・アマルリックと対峙するのも、同じように楽しい体験でしたか。

画像3: ©George Lechaptois

©George Lechaptois

ジョディ「実はマチューは、ある出演作の印象が強く、アメリカではちょっとしたヒーローなんです。だから実際に会って一緒に仕事をすることに、好奇心をかきたてられていました。皆目想像できませんでしたが、会ってみると、とてもユーモアのある人で何度、笑わせられたことか!現場でもオフでも絶えずちょっとしたジョークを飛ばしていて、まるで子どものように疲れ知らず。とても面白い人ですが、仕事には真剣に向き合う人です。彼が演じたシモンについては、不穏で、どこか怪しげであり、少し風変わりで不安をかき立てる存在です。でもそれは、彼の娘にも言えること。演じたルアナ・バイラミは、この作品で初めて知った若手俳優ですが、不穏さを見事に体現していて、本当に素晴らしかったです」

――ハリウッドスターとして常に私生活とキャリアを明確に分けてきたからこそ、あなたにとって、『Vie Privée(私生活)』*というタイトルの本作に出演することは、究極の目配せに思えます。

ジョディ「それも、惹かれた理由のひとつです。とても重要で、奥深く豊かな意味があることをレベッカが思い出させてくれたのですが、『Vie Privée』という言葉には複数の意味があります。

『生命を奪われた(deprived of life)』とも読める。実際ポーラは自殺なのか他殺なのかよくわからない。当初、リリアンの捜査の焦点はまさにそこにあります。

こうした言葉遊びを超え、私にとって映画に出演することは自分自身の人生を見つめ直すための瞑想になっている、と思うことがあります。もちろんこれまでのキャリアを通して、私生活と仕事を分けることは常に心がけてきましたし、それは自然なことです。

でも同時に、私自身の最も重要で、本質的で、真実に近い姿は、スクリーン上にあると言わざるを得ません。そうなって当然です、私は映画にすべてを捧げてきましたから。

もちろん映画は芸術ですから、この献身には最小限のコントロールが伴います。それでも、長い年月を通して、私は自分自身のとても深く、とても個人的なものを観客に贈り届けてきました。3歳の頃からずっと。ある意味で、私のキャリアこそが、私の人生そのものなのです」

――映画は、あなたにとってある種の・・・“精神分析”だと言えるでしょうか。

ジョディ「映画と私が演じた精神分析医との関連づけはできますね。精神分析では、セラピストがいて患者がいる。そして二人が出会う『場』があります。そこは双方の現実生活から完全に切り離された空間ですが、そこでお互いが差し出せる最も深い部分を分かち合う。まさにその交差点で癒やしが起こり得る・・・・・・しかも、癒やしは患者に限ったことではないのです!

映画も精神分析も、非常にクリエイティブな仕事ですね(笑)」

『プライベート・ケース』
7月24日(金)、HTC有楽町、新宿武蔵野館ほか全国公開
配給:スターキャットアルバトロス・フィルム
©LES FILMS VELVET -BUENOS HAIR -FRANCE 3 CINEMA

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