40年前に酷評されたパイオニア的な女性映画が再評価される
ヴァージニア・ウルフの古典的な文学の映画化『オルランド』(1992)の監督として知られる英国の女性監督、サリー・ポッター。彼女の1983年の幻の監督デビュー作『ザ・ゴールドディガーズ』は、ひとりの女優の精神的な旅を追った野心作で、ポッターのモノクロの実験的な作風が大きなインパクトを残す。当時は「意味が分からない」と酷評も受けたが、今ではジェンダーや経済などの社会問題も先取りしたパイオニア的な女性映画として再評価されている。
主人公、ルビーを演じるのは特に60年代から70年代にかけて新しい時代のフェニミスト的な女優として注目されたジュリー・クリスティ。過去に『ダーリング』でアカデミー賞も受賞し、その後も3回の主演女優賞候補となった名女優でもある。監督と女優が意気投合することで生まれた野心作で、ほとんどのスタッフが女性という構成で作られ、ギャラも全員一律だったという。英国の女性監督のパイオニア的な存在であるポッターにズームでの単独インタビューが実現した。

スター女優のリビー(ジュリー・クリスティ)は銀行で働く黒人のフランス女性、セレステ(コレット・ラフォン)と知り合う。
The Gold Diggers © 1983 Sally Potter, Rose English, Lindsay Cooper
――今回、あなたの幻のデビュー作『ザ・ゴールドディガーズ』(1983)が公開されることになりました。女性がかかえるジェンダーの問題も描き、ひじょうに大きな意味がある作品です。この映画をいま振り返って、どう思われますか?
「この映画を作ったのは40年近く前です。すごく昔のことに思えます。当時は女性監督が英国にはほとんどいませんでした。映画作りの新しい可能性を切り開き、映画の語られ方についてもこれまでとは異なるものがあったと思います。つまり、始まりがあって、真ん中があり、やがてエンディングという起承転結の構成ではなく、全体の流れの中で展開を組み立てるというやり方です。映画に関する多くの異なるアイデアが展開します。経済、男女の関係、映画の歴史、ヒロインのあり方といった要素ですね。ジュリー・クリスティ演じる主人公はアイコン的な役を演じています。そこに社会や政治の問題も入っている。それが当時としては先駆的だったのかもしれません」

セレステは銀行のデータ係の仕事に空虚さを感じ、金と権力に興味を持ち始める。
The Gold Diggers © 1983 Sally Potter, Rose English, Lindsay Cooper
――この映画が作られた1980年代は英国映画のひとつの大きな転機と考えられてきました。あなたもこの時代に映画作りを始めましたが、この時代の印象は?
「1980年代はインディペンデント映画の時代であり、アート的な視点で作られた映画の時代でもありました。そして、映画の歴史を意識する側面もありました。同時にカオスも存在していました。政治に関しては、マーガレット・サッチャーが政権をとっていて、ものすごく大変な時代でもあった。とても閉鎖的で、すごく保守的でした。その対抗勢力として、映画を通じて社会的な動きがあり、闘いや葛藤も伴っていました」
(追記:この時代、映画監督たちは「アンチ・サッチャー」を口にすることが多く、クリエイターにはすごく評判の悪い首相でもあった)

撮影を手がけたのは現在では映画史上の傑作として評価されるシャンタル・アケルマン監督の『ジャンヌ・ディエルマン ブリュッセル 1080、コメルス河畔通り23番地』(1975)のバベット・マンゴルト。
自立した女性像で時代を変えたジュリー・クリスティの起用
――『ザ・ゴールドディガーズ』の主演にジュリー・クリスティを選んだ理由は? 60年代に“Billy Liar”(1963)やオスカー受賞作『ダーリング』(1965)といったジョン・シュレシンジャー監督の作品、また、『ドクトル・ジバゴ』(1965)に出演した彼女は自立した女性像を演じていました。当時としては新しい個性がありましたね。
「彼女を自分の映画で使うことは私の夢でもありました。私にはとても重要な意味を持つ女優でした。あなたがあげたシュレシンジャー作品での彼女はすごくフレッシュなエネルギーを映画にもたらしました。そして、その美しさも格別だった。実は10代の頃の話ですが、たぶん、12歳の時ではないかと思いますが、“Billy Liar”の撮影を目撃したことがあります。私の家の近くで撮影していたからです。夜の撮影で、照明で現場が明るく照らされていて、彼女は車にすわっていました。その雰囲気全体がとてもエキサイティングなものに思えました。カメラや照明、そして、映画を撮る人々。1時間ほど見ていたんですが、この体験に影響を受けました。照明の中の彼女は本当に輝いていて、その存在は異次元なものに思えました」
(追記・“Billy Liar”は日本では未公開だが、英国では高い評価を受けた作品。主演はトム・コートネイで、クリスティは新しい価値観を持つ女性として登場する)
――貴重な体験ですね。
「そして、『ザ・ゴールドディガーズ』の共同脚本家のローズ・イングリッシュやリンジー・クーパーと一緒に誰にこの映画に出てほしいのか、考えた時、真っ先に彼女を思い浮かべました。それで連絡を取って彼女と会いました。すでに彼女は脚本を読んでいたのですが、“脚本の意味は分からなかったけれど、それでもこの映画に出演したい”と言ってくれたんです。本当にすばらしい人で、彼女とは親友になりました」

1960年代は『ダーリング』でアカデミー主演女優賞を受賞し、大作『ドクトル・ジバゴ』にも出演した英国の人気女優、ジュリー・クリスティが主演。自立していて、かっこいいイメージのある女優だった。
The Gold Diggers © 1983 Sally Potter, Rose English, Lindsay Cooper
――この映画は女性たちが自分の新しいアイデンティティを発見していく物語ですね。
「そうなんです。ジュリーとは彼女のこれまでの歴史についても語り合いました。映画の中にいることにどんな意味があるのか? 人々が彼女を見ていて、スクリーンに映し出されることの意味。映画の中の他の女性キャラクターとの比較。女性そのものにはどんな意味があり、どんな価値があり、ハリウッドでどう考えられてきたのか。男女の主人公は、どんな経済的な価値を持っているのか。そこにあるストレスや責任。一方、彼女には名声があり、セレブでもあるので、そのおかげで動物愛護や社会的な問題においては、特権的な部分もある。ノーマルな普通の自分と何かのシンボルである、輝くような自分との違い。女性スターの作られた部分。そんな多くのことを話しました」
『ピアノ・レッスン』と並ぶ、90年代女性映画の傑作『オルランド』
――『ザ・ゴールドディガーズ』のクリスティもそうですが、これまであなたは『オルランド』(1992)のティルダ・スウィントン、『耳に残るは君の歌声』(2000)のケイト・ブランシェットやクリスティナ・リッチー、『ジンジャーの朝〜さよなら、わたしが愛した世界』(2012)や『選ばなかったみち』(2020)のエル・ファニングなど、キャスティングがいいですね。キャスティングは映画作りの大事な要素ですか?
「ものすごく大事だと思っています。誰と一緒に組むのか、監督としては大きな問題ですね。誰をスクリーンで見たいのか考えてみます。キャスティングがうまくいかないと、映画そのものがダメになってしまいます。でも、キャスティングがうまくいくと、その映画が本来の方向に進んでいきます。だから、キャストを決める前には、その人物の別の仕事もきちんと調べ、選ぶのに多くの時間をかけます。現場ではリハーサルを重ね、それぞれの俳優と共に時間をすごし、どういう演技がスクリーンで求められるのか、考えていきます」
キャスティングにこだわる監督と主演女優が意気投合することで生まれた野心作。
The Gold Diggers © 1983 Sally Potter, Rose English, Lindsay Cooper
――とりわけ、『オルランド』のティルダは最高の演技を見せていましたが、90年代を振り返ってみると、この映画とジェーン・カンピオン監督の『ピアノ・レッスン』は、この時代を代表する女性映画となっていますね。
「この2本は同じ時期に登場しました。そのせいか、この2本を混同している人がけっこういたんです。旅先で“あなたの『ピアノ・レッスン』が大好きです”といわれると、“じゃあ、ジェーンにそう言っておきます”と答えたものです(笑)。一方、ジェーンには“あなたの『オルランド』が好きです”という人がいたようです」
――それはびっくりですね(笑)。
「あの時期にはふたりが特に目立つ女性監督だったんでしょうね」
――いま、『オルランド』のことをどうとらえていますか?
「他の映画や監督への影響もあったようです。それに長い期間に渡って見られている。ただ、こうした結果も『ザ・ゴールドディガーズ』の後に撮ったことで生まれたのでしょう。確かに『ザ・ゴールドディガーズ』は公開時には理解されませんでした。国内ではデレク・ジャーマン監督や実験映画の作り手たちはこの作品を理解してくれましたが、一般の観客や批評家は保守的で、受け入れてもらえませんでした。何を描きたいのか分からなかったようです。だから、次作『オルランド』を撮るのは大変でした。資金集めには苦労があったし、完成にごぎつけることが無理に思えた時期もありました。長い年月に渡って、さまざまな葛藤がありました。ただ、逆の発想をすると、製作までに長い猶予期間も獲得できたわけです。いくつもの脚本が書かれ、デザインにかかわるスタッフが何人も変わりました。主演のティルダ・スウィントンとは、長い時間、一緒にすごすことになりました。準備の期間が十分にあったのも確かですね」
――80年代から90年代前半にティルダは『カラヴァッジオ』(1986)のデレク・ジャーマン監督とコンビを組んでいました。実は私はあなたの名前をジャーマンから初めて聞きました。生前の彼に取材した時、80年代に注目している新しい監督としてあなたの名前をあげていたからです。
「それはうれしい話ですね。私の名前をあげてくれるなんて…」
傑作『オルランド』も監督した英国のパイオニア的な女性監督、サリー・ポッター。『ザ・ゴールドディガーズ』では共同脚本、編集、振付も担当。
The Gold Diggers © 1983 Sally Potter, Rose English, Lindsay Cooper
――彼は80年代から90年代にかけて、重要な英国監督のひとりでしたが、今は亡くなった彼の文化的な遺産をどう考えますか? 不遇な状況も乗り越え、インディペンデント映画を作り続けていましたね。
「本当にそうですね。彼には大きな影響を受けました。自分の持っているもので勝負する、という生き方を彼に教えられたのです。たとえば、紙と鉛筆があれば、詩が書けます。普通のカメラがあれば写真が撮れる。映画用のカメラと少し予算があれば、映画を作ることができる。そんな風にとても柔軟な発想を持った人でした。私も彼とは少し似た環境から出ていて、アート、文学、パフォーマンス、ダンス、音楽、そして、映画など複数の側面から映画を考えます。そして、不満を言わず、持てるものだけで勝負する。そんなすばらしい哲学を彼に教えられました」
影響を受けた英国の監督たち
――あなたはインタビューで、政治的なメッセージだけの映画を作ることの危うさを語っていました。それだけでは映画は成り立たない、ということですか?
「ここでいう政治とは、いわゆる議会にからんだ意味での政治ではありません。人生のすべての側面に政治的な要素が入っていると思うんです。男と女がどう関係を持つのか?白人と黒人の関係、あるいは貴族的な立場の人物と労働者との関係など階級が異なる人との接し方。ただ、そういうものを考える時も、教義的なことを訴えるだけではダメだと思います。“こうなるべきだ”という論調で描くのは無理がある。観客はどこかで自分も映画に参加したいと考えるからです。だから、人物設定や物語に気を使います。デレク・ジャーマンがいい例ですね。生前の彼は実生活においてはゲイの権利のために闘っていました。でも、自身の映画ではイメージ作りを重視して、抽象的な見せ方にしていました。教訓的な映画を撮ることはなかったんです」
――これまでに影響を受けた監督として、あるインタビューではマイケル・パウエルとエメリック・プレスバーガーのコンビ(『赤い靴』1948)、リンゼイ・アンダーソン(『if もしも....』1968)もあげていましたね。

監督作『タンゴ・レッスン』では自身でダンスも披露した監督が振り付けたダンスも登場する。
The Gold Diggers © 1983 Sally Potter, Rose English, Lindsay Cooper
「パウエル=プレスバーガーのふたりには本当に影響を受けました。パウエル自身とは個人的に交流もありました。『オルランド』を作る時、すごく励ましてくれたんです。だから彼にはとても感謝しています。ふたりは自身のイメージやアイデアがあって、それをマジカルなリアリズムで表現していました。現実やノーマルなものを超え、アイデアの世界を作り上げていました。特に彼らの映画で好きなのは『天国への階段』(1946)ですね。階段の造形がすごくて、天国はモノクロ、地上はテクニカラーで表現されています。おそらく、脚本という紙の上では、とてもばかげたアイデアだったはずです。それをメジャーな映画の中できちんと成立させている。本当にすばらしい仕事です。実際はパウエルが監督、脚本はプレスバーガーが中心に行っていたようですが、ふたりのコラボレーションとしてクレジットを共有していたところもいいですね。リンゼイ・アンダーソンの場合は、本当にパイオニア的な存在で、とても興味深いものを持った監督だったと思います」
柔らかく口調で、自身の映画に対するこだわりや美学を語ってくれたポッター監督。ダンスを披露した監督・主演作『タンゴ・レッスン』(1997)でも分かるように、彼女自身がダンサーでもあり、時には音楽も作り、アートや文学にも造詣が深い。『ザ・ゴールドディガーズ』でも、監督・脚本以外に編集・振付も担当。まさにカルチャー全般を取り込みながら、俳優の演技の可能性と映像美を追求してきた異色の女性監督だ。音楽好きの彼女でもあるが、ズームの映像では仕事部屋にキーボードが置かれていることも分かり、彼女の多彩な才能を改めて実感できた。

ザ・ゴールドディガーズ ユーロスペースにて公開中、全国順次公開
監督・脚本・編集・振付:サリー・ポッター 共同脚本:リンジー・クーパー、ローズ・イングリッシュ 撮影:バベット・マンゴルト
主演:ジュリー・クリスティ、コレット・ラフォン、ヒラリー・ウエストレイク
1983年/英国/モノクロ/89分/英語 原題:The Gold Diggers
The Gold Diggers © 1983 Sally Potter, Rose English, Lindsay Cooper




