今年前半の映画界を驚かせたのは、低予算ホラーながらビッグバジェット大作を追い越すような特大ヒットを生んだ『バックルームズ』と『オブセッション 災愛』でした。この2作を監督したのはどちらも20代で、YouTube出身のケイン・パーソンズとカリー・バーカーという新人。彼らをクローズアップするとともに、彼らのように若くして映画史に残る名作を作ったり、記録破りのヒット作を生み出した早熟の天才たちを振り返ってみましょう。(文・米崎明宏/デジタル編集・スクリーン編集部)
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『ジョーズ』のスティーヴン・スピルバーグ
Steven Spielberg

1970年代、ハリウッドに新風を吹き込んだスピルバーグは大学在学中からユニバーサル社に出入りした逸話で知られるが、23歳でTV作品を初演出。TV映画として25歳で監督した『激突!』(71)が大評判となり、『ジョーズ』(75)が米映画史に残る大ヒット作となった時は29歳。驚くべき天才出現として話題になり、以後ヒット作、名作を連打する巨匠となった。

スティーヴン・スピルバーグ

『死霊のはらわた』のサム・ライミ
Sam Raimi

高校時代から8ミリ映画を作り、ホラーに関心を持ったライミは19歳で短編を作った後、初の長編『死霊のはらわた』(81)が大ヒット。この製作のため大学を中退したライミは23歳の若さだった。カルト的ホラー系監督と思われていたが、「スパイダーマン」3部作(02~07)でいきなりヒットメーカーに。近年は寡作だが、『ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス』(22)を手掛けるなど監督業を継続中。

サム・ライミ(右から2番目)

『セックスと嘘とビデオテープ』のスティーヴン・ソダーバーグ
Steven Soderbergh

26歳で初の長編監督作だった『セックスと嘘とビデオテープ』(89)がカンヌ国際映画祭でいきなりパルム・ドールを受賞。映画界に衝撃を与えたソダーバーグ。その後一時スランプ気味になったが『エリン・ブロコビッチ』『トラフィック』(共に00)でオスカー監督賞W候補となり、後者で受賞と復活を果たした。以後「オーシャンズ」シリーズなどで人気監督に。

スティーヴン・ソダーバーグ

『ブギーナイツ』のポール・トーマス・アンダーソン
Paul Thomas Anderson

『ワン・バトル・アフター・アナザー』(25)で初のアカデミー賞監督賞を受賞したアンダーソン。10代で製作したポルノ業界についての短編モキュメンタリーを基に作った2作目の『ブギーナイツ』(97)で、早くもオスカー脚本賞候補になったのが27歳の時。以後カンヌ、ベルリン、ベネチアの世界3大国際映画祭すべてで監督賞を受賞した数少ない巨匠になった。

ポール・トーマス・アンダーソン

『セッション』のデイミアン・チャゼル
Damien Chazelle

24歳で監督デビューし、自らの短編を長編に仕上げた『セッション』(14)で、サンダンス映画祭でグランプリ受賞、アカデミー賞では脚色賞候補になり29歳でブレイク、ハリウッドの新たな才能と注目されたチャゼル。この波に乗って大ヒット・ミュージカル『ラ・ラ・ランド』(16)では早くも同監督賞を受賞。史上最年少のアカデミー賞受賞監督の記録を更新した。

デイミアン・チャゼル

『わたしはロランス』のグザヴィエ・ドラン
Xavier Dolan

弱冠19歳で初監督した(兼出演・脚本)『マイ・マザー』(09)がカンヌで評判を呼び、『わたしはロランス』(12)では同映画祭クィア・パルム、『Mommy/マミー』(14)で同審査員賞、『たかが世界の終わり』(16)では同グランプリを受賞と、世界の国際映画祭の常連となったカナダ出身のドラン。一時、監督引退を表明していたが、現在新作の脚本を執筆中という。

グザヴィエ・ドラン

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