長年にわたって東京・銀座が誇るミニシアターとして映画ファンに愛されてきた「シネスイッチ銀座」が閉館することになりました。大記録を樹立した『ニュー・シネマ・パラダイス』はじめ数々のヒット作を送りだしてきた老舗ミニシアターに感謝の思いをこめて、これまでの道のりや、劇場を代表するような上映作などを振り返ってみましょう。(文・大森さわこ/デジタル編集・スクリーン編集部)
( )内の数字は劇場初公開された年度です

『ニュー・シネマ・パラダイス』が
40週興行というロングランを記録

銀座のミニシアター、シネスイッチ銀座が10月25日で閉館を迎える。1980年代の記念碑的な名作『ニュー・シネマ・パラダイス』(89年)をはじめ、数々の傑作を世に送り出してきた劇場だけに、とても残念なニュースに思える。公開された作品群と関係者の証言を交えながら、その39年間の歩みをふり返ってみたい。

歴代1位のヒット作『ニュー・シネマ・パラダイス』

シネスイッチのオープンは1987年。実は東京のミニシアター界にとって記念すべき年で、銀座・日比谷地区で3つの劇場が誕生している。3月には京橋に近いエリアの銀座テアトル西友(後に銀座テアトルシネマと改名。2013年閉館)、10月には日比谷地区にシャンテ・シネ(現TOHOシネマズ・シャンテ)がオープン。シネスイッチのスタートは年末の12月だった。場所は三越や和光ビルの交差点から1本道を入ったところにある。それまで銀座文化という松竹系の映画館だったが、それをミニシアターに改造して、新しい道を歩むことになった。

シネスイッチ銀座の当初のオープンにかかわったのは、映画館の持ち主である旛興行、配給会社のヘラルド・エース、テレビ局のフジテレビの3社だった。まずは地下にあった銀座文化をシネスイッチ銀座に変えた(その後、上の階にあった映画館もシネスイッチとなる)。劇場名の由来だが、ノンフィクション本「ミニシアター再訪」(アルテス・パブリッシング、24年刊行)のため、ヘラルド・エースの代表だった原正人さん(今は故人)に取材した時、こういう答えが返ってきた—「洋画と邦画のスイッチという意味で、この名前をつけました。80年代は邦画の受け皿となるミニシアターがなく、邦画だけの劇場を作るのも厳しかったので、邦画も上映するミニシアターを作ることになりました」。劇場の正面には「CINE SWITCH」と書かれた白と黒の小さな旗が何本かあり、それが劇場のシンボルとなっている。

12月17日のオープニング作品は『あなたがいたら/少女リンダ』(87)という少しビターなイギリスの青春映画で、第二弾はジェームズ・アイヴォリー監督の文芸映画『モーリス』(88)。若い女性層を中心に大人気となり、15週(4カ月弱)の上映。ヒュー・グラントを中心とする“英国貴公子ブーム”も起きた。さらに89年になると今では歴史的な名作となったイタリア映画『ニュー・シネマ・パラダイス』(89)が公開。この1館のみで、40週(約10カ月)のロングランとなっている。こうした作品はすべてヘラルド・エースの配給作品。特に『ニュー・シネマ・パラダイス』の40週という記録は、いまもミニシアター興行のナンバーワン記録となっている。邦画は80年代には滝田洋二郎監督のコメディ『木村家の人びと』(88)、90年代には岩井俊二監督の『Love Letter』(95)がそれぞれ約3か月のロングラン上映となった。

オープニング作品『あなたがいれば/少女リンダ』

オープニング第2弾『モーリス』が大ヒット

『ニュー・シネマ・パラダイス』がそうであるように、子どもや家族が登場するハートウォーミング系の作品がこの劇場のひとつの中心的な路線でもあった。この劇場の代表作としては他に28週(約7ケ月)上映のイタリア映画の『ライフ・イズ・ビューティフル』(99)もある。ナチの強制収容所に入った父(監督でもあるロベルト・ベニーニ)と幼い息子の絆を描いた感動作だ。また、22週(約5か月半)上映のバレエ・ダンサーへの道を歩む少年とその家族を描いたイギリス映画『リトル・ダンサー』(01)も人気を博した。他にもゲイのカップルとダウン症の少年との交流を見つめたアメリカ映画『チョコレートドーナツ』(14)、フィンランドで日本料理のレストランを営む女性たちを見つめた日本映画『かもめ食堂』(06)など、人間同士の心温まる関係を描いたヒット作を送り出してきた。

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