ニューヨーク・タイムズの記事からハリウッドをゆるがす大事件に
「危険」「嫌なヤツ」。ハーヴェイ・ワインスタインを取材した時に筆者の頭の中を過ぎったのがこの言葉だった。好きな映画を挙げてみると、彼が弟と共同で設立したミラマックス映画社とザ・ワインスタイン・カンパニーの作品が結構ある。良質の映画を何本も製作し、多くのスターにオスカーをもたらしたハーヴェイ。
バッシングされてきたあからさますぎるオスカー・キャンペーンも時代を読む経営手腕と考え、「ハーヴェイ・シザーハンズ」という異名で嫌悪される強引な編集もプロデューサーとしての才能と判断し、作品選びのセンスの良さにうなっていただけに取材前はワクワクしていたが、彼から発せられる「嫌なヤツ」オーラを目の当たりにし、「いろいろある黒い噂は本当かも」と直感した。
今回のスクープで、あの時感じた危険信号は本物だったと納得した。女性なら一度は経験のあるセクハラ。前回の「女性パワーとハリウッド」についての寄稿で指摘したように、ハリウッドでもそれがいまだに存在していることを再確認して嘆いた。
ことの発端は、ニューヨーク・タイムズの2017年10月5日の記事だった。アシュレイ・ジャッドの証言で始まるその記事は、臨時スタッフの女性の経験、そして、ローズ・マッゴーワンやイタリアのモデルへの和解金の支払いなどがリポートされていた。小さなリークのような記事のように見えたが、その後、あっと驚く大女優、人気女優までが被害を訴えたことでハリウッドを揺るがす大事件となった。その一人がカーラ・デルヴィーニュだ。カーラは、ハーヴェイのセクハラ体験を自身のインスタグラムで激白した。
「ホテルのロビーでの打ち合わせの後、2人だけになると、自分と寝た女優達のキャリアを助けたことをかなり親密な内容も交えて話してきた。そして、部屋に行こうと言われ、迎えの車が到着するまでの短い間ならと思って同意した。恐かったと同時に間違った考えを持っているかもしれないと思ったからよ。部屋には他の女性がいて安心したのも束の間、その女性とキスをするよう言われた。そこで、プロらしくオーディションと考えて、『私は歌もできるのを知ってる?』と歌い始めた。歌い終わって部屋を出ようとした私をドアまで送ったハーヴェイは、唇にキスをしようとした。なんとか阻止して、部屋を後にすることができた。でもその後、出演した映画の役に自分は相応しくないと思った」そうだ。
セクハラ行為を聞いたブラピはハーヴェイ本人に啖呵を切った
他にもルピタ・ニョンゴ、ロザンナ・アークェット、そして『恋におちたシェイクスピア』で彼と組んだグウィネス・パルトローも自身の経験を公にした。グウィネスは、ハーヴェイのセクハラを当時付き合っていたブラッド・ピットに打ち明けると、ブラッドは自身のハリウッドでのキャリアも顧みず、ハーヴェイの胸に指を突きつけながら「オレの彼女に二度とあんなことをするな」と言い切ったという。
ブラピと破局後、ベン・アフレックと付き合い始めたグウィネスは、ベンにもハーヴェイのセクハラを打ち明けたようだが、ベンは「一緒に仕事をした男が地位を使って多くの女性に何十年もセクハラをしていたことに悲しみと憤りを覚えます」と声明を発表。また、ニューヨーク・タイムズの記事ではコメントを控えたものの、その後自身のツイッターで経験を吐露した前出のローズは、ハーヴェイのセクハラをベンに話した際、「“セクハラを止めるように!と彼に言った”とベンは答えていたのに、嘘つき!」と自身のツイッターでつぶやいた。ベンにとってハーヴェイは、彼の出世作『グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち』の大恩人。及び腰なのも仕方がない……?
長年の製作パートナーでもあるクエンティン・タランティーノは、かつての恋人ミラ・ソルヴィノからハーヴェイのセクハラを直接聞かされていたのに「何もしなかったどころか、何年も一緒に仕事をしてきたことを恥ずかしく感じ、後悔している」と打ち明けた。
ザ・ワインスタイン・カンパニーが配給した『英国王のスピーチ』でアカデミー賞主演男優賞を受賞したコリン・ファースは、「私がハーヴェイのサポートで利益を得ている間に何が起きていたかを読んで吐きそうになっています。彼女たちは、我々の業界全体に揺さぶりをかけてくれました」とコメントした。
同じくザ・ワインスタイン・カンパニー配給の『愛を読むひと』でアカデミー賞主演女優賞を受賞したケイト・ウィンスレットは、「彼は私に会うたびに私の腕を掴み『誰がお前に最初の役をやったか忘れるなよ』と言ってきた(『乙女の祈り』のこと)。彼はとにかく卑劣で失礼」と話し、受賞スピーチの際に敢えて彼の名前を言わなかったと打ち明けた。ただ、セクハラ被害は受けていないと語り、「今後、ハーヴェイと渡り合う必要がなくなったという事実が私にとっての最高の出来事」と言わしめた。
ハーヴェイは氷山の一角!セクハラ根絶は始まったばかり
しかし、ハーヴェイの名前は、これまで少なくとも30回以上は受賞スピーチで感謝リストに挙がり、メリル・ストリープは彼のことを冗談交じりに「神」と称えたことさえあった。そんなメリルは「みんなが知っていた訳ではない。彼の仕事のやり方はかなり狂暴だけど、私には敬意を持って接してくれた」として、ホテルの部屋での打ち合わせや和解金などについて自分は全然知らなかったと断言。だがハーヴェイがメリルに失礼な態度を取るわけがない。なぜなら、メリルがアカデミー賞助演女優賞を受賞した『クレイマー、クレイマー』が公開された年にハーヴェイは弟とミラマックス映画社を立ち上げたのだから。
業界内で絶大な力を持ち、一夜にして無名を有名にする力を持つ人物の「プライベート」オーディションに行くよう自分のエージェントから言われたら、駆け出しの女優は究極の選択を迫られる。地位を使って何十年にも渡り多くの女性をレイプし、セクハラし、お金で黙らせてきたのは、ハーヴェイだけではない。エマ・トンプソンがツイートしたように、彼は氷山の一角にしか過ぎないのだ。
グレン・クローズはこう話す。「私は腹を立てています。彼にだけでなく、『キャスティング・カウチ』の風習がいまだに私たちの業界や世界に存在していることに。仕事と性的な行いが交換できるという期待を持つエゴや力の前で、女性は恐ろしいプレッシャーを被るのです」。しかし、こうした風習は根強く残っている。あの人道支援に燃えるアンジェリーナ・ジョリーでさえ「若い頃に経験した彼からのセクハラの結果、彼とは二度と仕事をしないと決意した。そして、ほかの女性が彼と仕事をすることになった時には、警告した」という動きしかできなかったのである。
現在ハーヴェインは、ミラマックス映画社の次に弟と立ち上げたザ・ワインスタイン・カンパニーをクビになり、映画芸術科学アカデミーから会員資格を剥奪された。しかし、「復帰してまた映画を作りたい」と平然とのたまえる彼の神経を疑ってはいけない。ハリウッドは、まだ彼を正式に「追放」してはいないのだ。全米プロデューサー組合は、ハーヴェイの除籍の手続きを決定したが、11月6日までにハーヴェイは申し立ての機会を与えられている。たとえ組合から除籍されても、金の亡者達は「素行が悪い」と言ってヒットメイカーを業界から完全追放するだろうか?セクハラは「素行」どころではないのだが…。
ただ、今回のスクープで、ハリウッドの映画業界に根強く残る「キャスティング・カウチ」という名の下のセクハラが根絶に向けて大きな第一歩を踏み出したのは、唯一の明るいニュースといえるかもしれない。