スウェーデンの新鋭グスタフ・モーラー監督Q&A
同じ音声を聞いているのに 聞く人によって思い浮かべるものが異なるんだ
ーー“電話の音と声だけで誘拐事件を描く”というアイディアはどこから?
『最初のアイディアはとてもシンプルなものだった。ワンシチュエーションだけど、音と想像力だけで、デンマーク各地に行った気分になれるような作品。そこから始まり、色々と調べていったんだ。緊急指令室に行き、主人公と同じような経験をしてきた警官にインタビューさせてもらった。そしてYouTubeで偶然、911の同時多発テロ事件のときにかかってきた通報の音声を見つけ、その虜になったんだ。同じ音声を聞いているのに、聞く人によって思い浮かべるものが異なるという点に惹かれた』
ーー最も影響を受けた映画監督は?
『最もインスピレーションを与えてくれたのは、70年代のアメリカンシネマの監督たち。本作でやったことも、70年代にアメリカがやっていたようなことにつながると思う。楽しませてくれて、サスペンスがあって、でも人生というものにも触れ、観客に深いことを考えさせる作品。それが、僕自身が最も見たいと感じる映画だ。「タクシー・ドライバー」は僕のお気に入り映画。実は本作の撮影中、あの映画についてたっぷり話したんだよ。だからひとり監督の名前を挙げるならマーティン・スコセッシだね。彼は僕のヒーローだ』
ワンシチュエーション・サスペンスの新たな歴史を刻む必見作
文・井上健一
薄汚れた部屋で理由も分からぬまま鎖に繋がれた2人の男が、生き残りを賭けて死のゲームに挑む『ソウ』(2004)。平凡な男が、何気なく追い越したタンクローリーから執拗に追われる恐怖を描いた『激突!』(1971)……。限定された状況の中、手に汗握る物語を繰り広げる“ワンシチュエーション・サスペンス映画”。これまで、多種多様な作品を生んだこのジャンルに、新たな歴史を刻む1本が加わった。それが、『THE GUILTY/ギルティ』だ。
舞台は警察の緊急通報指令室。“ある事情”でそれまでの任務を離れた警察官のアスガーは、オペレーターとして日々、市民からの通報に対処していた。そんなある日、彼の耳に飛び込んできたのは、「誘拐されている。助けて」という女性からの通報。今まさに進行中の事件でありながら、その場所も詳しい状況も分からない。唯一の手段である電話で関係部署と連絡を取り、救出に尽力するアスガーだったが……。
設定だけでも十分魅力的だが、映画を見て驚くのは、緊急通報指令室から一歩も外に出ることなく、電話のやり取りだけで物語が進むことだ。被害者の女性も誘拐犯も、声だけで一切姿を見せない。普通の映画であれば、警察と被害者を交互に映して緊迫感を高めるところ。だが本作では、相手が見えないことでリアリティを増し、きめ細かな演出によって手に汗握るサスペンスへと昇華している。助けを求める女性の声、その背後から聞こえる音……。音声のみで電話の向こうの状況を想像させ、見る者を巧みに誘導していく。
そして、物語の進行に大きく関わって来るのが、主人公アスガーが抱える“ある事情”だ。物語の進行と共に明らかになるその詳細は「見てのお楽しみ」だが、アスガーを取り巻くそのドラマが、物語の深みをより一層増している。
さらに特筆すべきは、アスガーを演じたヤコブ・セーダーグレンの名演技。実は本作、舞台を限定するだけでなく、顔がはっきり判る登場人物もアスガーただ1人。同僚も数人登場するが、記憶に残るような人物はいない。つまり、全編ほぼ一人芝居で進行するのだ。
グスタフ・モーラー監督と事前に入念な打ち合わせを行なったものの、「演技の新鮮さを保ちたい」との演出方針により、リハーサルは1回のみ。3台のカメラを駆使して時系列順に進められた撮影は、1回のテイクが最短5分、最長35分という長さ。俳優としては相当なプレッシャーを感じたはず。にもかかわらず、リアリティと緊迫感に溢れた名演で見る者を引きつけるヤコブ・セーダーグレンには、心からの拍手を送りたい。
アイデアを生かした巧妙な語り口と濃密なドラマ、緊迫感を盛り上げる演出。さらに、それらを受け止める俳優の演技が一体となった本作は、サンダンス映画祭観客賞ほか、世界中で数々の賞を受賞。第91回アカデミー賞では外国語映画賞デンマーク代表として、ノミネート一歩手前のショートリストに選出された。ワンシチュエーション・サスペンスの新たな歴史を刻む『THE GUILTY/ギルティ』は、2019年の必見作だ。
「THE GUILTY/ギルティ」
原題『罪』2018年度作品。1時間28分。デンマーク映画。ファントム・フィルム配給
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