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「アマンダと僕」
突然の悲劇で大切な姉を失った青年と、身寄りがなくひとりぼっちになってしまった姪アマンダの交流を、今なお傷を抱えた現代のパリの社会情勢を背景に描く感動作。第31回東京国際映画祭では、審査員の満場一致でグランプリと最優秀脚本賞W受賞という快挙を成し遂げた。主演はフランスの若手俳優ヴァンサン・ラコスト。監督は本作が初の日本劇場公開作となる新鋭ミカエル・アース。
2019年6月22日(金)公開
Amanda 2018年
監督/ミカエル・アース
出演/ヴァンサン・ラコスト、イゾール・ミュルトリエ、ステイシー・マーティン
©2018 NORD-OUEST FILMS - ARTE FRANCE CINEMA
編集部レビュー
雨にもマケズ風にもマケズこういう者になりたい
こんな理不尽な出来事に遭遇したら、犯人に復讐を誓うか、国を相手取って賠償訴訟を起こすか、タイムワープで過去に戻るか、そういった映画ばかり見ていたので、個人のレベルで悲しみを受け止め、時に泣いたり気弱になったりしながらも、現実から逃げずに生きていこうとするダヴィッド青年の姿に深い感銘を覚えた。
胸に燻っているであろう怒りや絶望を乗り越え、やがて彼が見せる“赦し”。こういうのを魂の気高さと言うんだろうなと心が浄化された気分。そしてこの映画を支えるもう一つの魅力が、そこに描かれている日常の風景、というかパリの人々の暮らし。高層ビルもないし移動は自転車だし部屋ごちゃごちゃしてるし服は流行物じゃないし、なのにこのおしゃれ感はなに!?情景を見ているだけで幸せな気分になれるフランス映画のよさをしっかり継承しているのが嬉しかった。
レビュワー:近藤邦彦
編集長。もう一つ好きだったのが、16mmフィルムで撮ったことで生まれた私小説的な感覚。ノスタルジックとも言うおじさんの好物。
人間の脆さも弱さも優しく肯定してくれる
深い喪失や絶望から抜け出せなくなったとき、こんな映画にそばにいてほしいと思った『。もうおしまいだ』と立ち上がれなくなる瞬間は誰の身にも訪れるものだろう。でもそんな人間の脆さも弱さも優しく肯定してくれる作品だ。ある悲劇で大切な姉を失った青年の物語。彼はその深い哀しみと姪の面倒を一人で見るという重責に押し潰されていく。
そんな状況を暗示する言葉として登場するのが『Elvishas left the building』というフレーズだ。“エルヴィスは去った=楽しいことはおしまい”を意味する慣用句だそうだ。悲劇から日常を回復するのがいかに困難か。テロや災害でそれを痛感する今だからこそ、主人公が辿り着く答えに感動せずにいられない。エルヴィスは去る。でもそれは“おしまい”じゃない。哀しいはずのあのフレーズが、映画の最後には希望となって胸に響いた。
レビュワー:疋田周平
副編集長。アマンダを演じる子役の自然な演技が素晴らしかったです。監督がスカウトした子らしく、演技経験ゼロだったというから驚き。
主人公の心を表わすようなパリの風景が印象的
冒頭からとにかく美しいパリの風景に目を奪われます。主人公が自転車で颯爽と街を駆け抜けるシーンはまるで自分もその場にいるよう。自転車がよく似合う街です。パリで気ままに生きる“僕”は、最近カワイイ女の子に出会ったりして(ステーシー・マーティンがキュート!!)幸せな日々を送っていましたが、突然の悲しい出来事で姉を失い、姪のアマンダと二人、途方に暮れてしまいます。
その翌日、今まで見えていた街とはまるで違う悲しい朝の風景がとても印象的。パリの街がもうひとりの主人公となって“僕”の孤独と不安を映し出しているかのようでした。“僕”とともに、次第に活気を取り戻していくパリの風景はやっぱり美しい。悲しい事件が次々とフランスを襲うなかで、それでも人々と街は決して脅威に屈しないという、パリ生まれの監督のメッセージなのかもしれません。
レビュワー:阿部知佐子
監督は、観光地でなく人々の生活に根付いた普段のパリを撮影したそう。日常レベルでもそこかしこにセンスを感じる街並みはさすがです。
カタチが変わったその時...
姉と姪がいて、恋人がいて。当たり前だった家族のカタチがある日突然、変わる。それは過去から続いてきた日常の連続なわけで、そう簡単に受け入れられるものではないですよね。そんな中で残されたダヴィッドとアマンダはお互い揺れ動きながら、生活しながら、人と関わりながら、受け入れ、新しいカタチを作り出していく...そんな二人の姿を、ある時は淡々と流れ行く時間のように、またある時は風のような包みこむ優しさで描いている作品だなと思いました。
風の音、鳥の声、生活音。生きる人の息づかいが感じられ、そこに寄り添って描く繊細で優しいまなざしを感じ、スッキリとした温かい気持ちになれる作品です。ダヴィッド役のV・ラコスト。B・カンバーバッチを思わせる物憂げな瞳も相まって、これからの作品も是非見てみたいな、と思わせる魅力がありました。
レビュワー;中久喜涼子
平凡な子だな...と思っていたんですが、アマンダ役イゾール・ミュルトリエの瞳の演技にやられました...あなどってごめんなさい。
バカンス映画とは一味違う真夏の太陽の効果
小忙しい日々を送るダヴィッド(24歳)には年のわりに仲のいいシングルマザーの姉がいて姪のアマンダ(7歳)との関係も悪くない。パリに越してきた美女レナとのロマンスも動き出したばかりだ。だが突然姉を襲った悲劇で事態は一変。ダヴィッドとアマンダの喪失感を共有しながらの夏が始まる。まんまるムチムチのアマンダが笑っても怒っても愛らしく、最初は責任逃れをほのめかしていたダヴィッドもアマンダに助けられていたことに気づく。
前触れなくアマンダが涙を流す場面が何度かあるが、そのタイミングもすばらしい。近しい人との別れはTPOを選ばず、涙をあふれさせるから。眩しすぎる夏の太陽と歩きながらのおしゃべり、芝生に寝転ぶ人々......ありふれた光景だからこそ虚無感が一層際立つ。直接悲劇に触れずとも喪失感を紡ぎ出せる監督の未来には、期待しかない。
レビュワー:鈴木涼子
本作の2年前に作られた「サマーフィーリング」も喪失と再生がテーマ。重なるモチーフも多く、ラコスト同様に主演俳優の佇まいが素敵。
悲しいけれど今見ておかなければならない
いきなり一人で幼い子供を育てなくてはいけない事態になった男性の話は、先日公開されたロマン・デュリス主演の「パパは奮闘中!」を思わせるが、本作はこれとひと味違う。「パパ...」の主人公は題名が示すように父親だったのに対し、本作ではまだ若い独身の叔父が姪を育てることになる。しかも姪が母(シングルマザー)を失う事件が実に現代の欧州的な理由。
そんな絶望的な状況から、現代人はどうやって希望を見つけて、この後の人生も生きていかなければならないのか。ハリウッドでは同様のシチュエーションでも、独映画「マーサの幸せレシピ」はリメークしても、おそらく本作はリメークしないだろう。それほど変わってしまったここ最近の欧州の人々の心が表現されている。悲しいけれど今、見ておかなければならない一作なのだろう。
レビュワー:米崎明宏
今月は他に「ゴールデン・リバー」や「COLDWAR あの歌、2つの心」なども強力におススメしたかった。良い映画が多いのは何よりですが。