今作でカトリーヌ演じる大女優の娘リュミールを演じたジュリエット・ビノシュと、是枝裕和監督のスペシャルインタビューをお届けする。
今作は日本人監督初となるヴェネチア国際映画祭コンペティション部門オープニング作品に選出され、国内外で大きな話題となった。
主演は『シェルブールの雨傘』のカトリーヌ・ドヌーヴ、彼女の娘役を『ポンヌフの恋人』のジュリエット・ビノシュ、その夫役に『6才のボクが、大人になるまで。』のイーサン・ホークといった錚々たる豪華キャストが集結し、母と娘の愛憎うず巻く感動ドラマが誕生した。
今作の監督を務めた是枝裕和と、プロモーションのために来日したジュリエット・ビノシュがスクリーンオンラインのインタビューに答えてくれた。
是枝「ジュリエットさんの言葉は、キャラクター像や脚本を作る上で凄く大事で、
とても参考になりました」
ーー2011年にジュリエットさんが来日した際に、監督に対して“いつか一緒に映画を作りましょう”とおっしゃったことがきっかけで今作の製作に至ったそうですが、ジュリエットさんは是枝監督作品のどういうところに魅力を感じていたのでしょうか?
ジュリエット「是枝さんは特別な感受性を持った方で、そういった偉大な監督に巡り会えることは貴重だと思っています。『誰も知らない』を観た時に感銘を受けましたし、私は強く惹きつけられました。それから、彼の作品の撮影方法は凄く自由で、尚かつリアルな人間関係も描いているのでそこにも惹かれました。ですから、是枝さんに“ご一緒したい”と言わなければ何も始まらないと思い、気持ちをお伝えさせて頂いたんです」
ーー念願の是枝監督の現場はいかがでしたか?
ジュリエット「 “きっとこういう感じかな” といった先入観は持たず、なるべくニュートラルにその場で起こることに素直に感嘆したり感動しようという気持ちで現場に行っていました。ただ、リュミールという役は女優の娘であり、役者の妻であり、女の子の母親であるというのをリアルに演じなければいけません。しかも長時間一緒に過ごしたわけではない役者の方々と“家族”という非常に親密な関係性をリアルに演じなければいけない。ですから、そこを一番重要なことと捉えて今作に挑んでいたと言えます」
ーー監督はジュリエットさんとご一緒したことで色んな気づきや発見があったと思いますが、中でも“ファビエンヌは母親役の役作りとしてリュミールを産んだのかもしれない”というジュリエットさんの指摘に対して“深い”と感じられたそうですね。その言葉が例えば脚本に直接影響するといったことはあったのでしょうか?
是枝「その言葉はジュリエットさんのご自宅で色んな話をしている中で彼女がおっしゃったのですが、その瞬間にちょっとゾクッとしたのを覚えています。確かにあの母親ならありえるかもしれないと思いましたし、少なくともリュミールはそう感じていて、だからこそアメリカに逃げたのかもしれない、そんな風に考えました。そういった劇中では表に出していないリュミールの心情は、ジュリエットさんの言葉をそのままストレートに台詞に反映したわけではありませんが、キャラクター像や脚本を作る上で凄く大事でとても参考になりました」
ーージュリエットさんのように、脚本には書かれていないことに対して役者から鋭い指摘や質問をされることはこれまでにもありましたか?
是枝「もちろんありました。そういうコミュニケーションを求める役者さんは日本にもいるので、ジュリエットさんが初めてではなかったです。そういうディスカッションはもの凄く大事で、ジュリエットさんのように知恵を貸してくれる役者は僕にとって役をより深く考えることができるのでとてもプラスになります」
ジュリエット「“あなたには少し蛇みたいなところがあるのね”と、カトリーヌさんがおっしゃったのが未だに忘れられません(笑)」
ーージュリエットさんは母親と娘の関係をカトリーヌさんとどのように作っていかれたのでしょうか?
ジュリエット「母と娘の関係を構築していったというよりも、どうやってカトリーヌさんと繋がりを作っていくかに重きを置いていました。今作のシナリオにはリュミールの幼い頃の記憶が反映されているので、それが原因で時には母親に対してきつくあたる場面もあります。ところがカトリーヌさんは大女優であり、子供の頃から彼女の映画を観ていたので、娘役を演じること自体が大きな壁に挑むようなものでした。憧れの大女優を相手に思い切りきつくあたる芝居をしなければいけませんから。ただ、リュミールが母親にされたようなことは誰にでも起こりうることであり、その感情を想像しながら演じることは可能なんです。それにリュミールは単に母親を攻撃するためにやっているのではなく、幼い頃に母親から傷つけられてしまったことが原因で自然ときつくあたってしまったと言えます……話している最中にひとつ思い出したことがあるのですがお話してもいいですか?」
ーー是非お願いいたします。
ジュリエット「家族が集まってディナーを食べるシーンを撮影する前に、是枝さんが “カトリーヌさんに揺さぶりをかけなければいけないのですが、ジュリエットさんやってくれますよね。よろしくお願いしますね” と私におっしゃったんです(笑)」
是枝「丸投げしてますね(笑)」
ジュリエット「それって役者に対する演出ではなくて、本当は監督ご自身がそれをするのが怖かったんじゃないかしら?(笑)。それはひとまず置いておいて(笑)、なぜ揺さぶりが必要だったかというと、カトリーヌさんのパブリックイメージを壊さなければいけなかったからなんです。その言葉を受けて最初のテイクからかなり攻撃的にやってみたら、カトリーヌさんがカットがかかったあとに少し呆然と驚いてらっしゃったので揺さぶりは成功したんだと思いました。そのあと私のところにきて “あなたには少し蛇みたいなところがあるのね” と、カトリーヌさんがおっしゃったのが未だに忘れられません(笑)」
ーー(笑)。是枝監督の著書「こんな雨の日に」によると、撮ったシーンが編集で残るか残らないかでカトリーヌさんとジュリエットさんは賭けをされたそうですね。
ジュリエット「いま言われるまで忘れていましたけど……確かに賭けをした記憶がありますね(笑)」
是枝「中庭で遊ぶハンクとシャルロットをガラス越しに見ながらファビエンヌが “昨日何回したの?” とリュミールに聞くシーンがありますが、実はそのあとに “私を産んだことを後悔してないか” とリュミールがファビエンヌに聞くという流れのシーンも撮っていたんです。ところがカトリーヌさんがそのシーンの撮影後にコッソリと僕のところに来て、“ここでこの話をするのは早いんじゃないかしら” とおっしゃった。確かに、僕も撮ったはいいけど残すか残さないか迷っていて、そしたらカトリーヌさんが “多分ないほうがいいわ” と一言おっしゃったんです(笑)。そのあとにカトリーヌさんとそのシーンが残るかどうかの賭けをしたとジュリエットさんから聞いて “凄いことをするな” と思いましたよ(笑)。さすがにカトリーヌさんと事前にそういう話をしたとはジュリエットさんには言えなかったですね…(苦笑)」
ーーでは、ジュリエットさんはいまそのことをお知りになった?(笑)
是枝「そうですね(笑)。カトリーヌさんのそういうところはチャーミングというか、面白い方なんです(笑)」
ーー他にも「こんな雨の日に」にはカトリーヌさんのチャーミングなエピソードが沢山書かれていましたが、ジュリエットさんはカトリーヌさんとそういった楽しいやり取りだけではなく、演技論について語り合ったこともあったのでしょうか?
ジュリエット「是枝さんとはそういう話を沢山しましたが、カトリーヌさんとは一切していないです。ただ、一回だけカトリーヌさんから“この作品のために何か準備したの?”と聞かれたことがあって、“いえ、していないです”と私は答えました。そしたら彼女は安心してらっしゃいましたね(笑)」
ーー(笑)。監督がジュリエットさんとお話した中で一番印象に残っていることを教えて頂けますか。
是枝「“自分が演じる役が何を求めていて(want)、実際は何が必要か(need)、この二つを分けて考えることが演じる上ではとても重要になる”といったことをお話しされていたのが印象的でした。というのも、その二つは大抵ズレているからだそうです。その気づきは非常に面白かったので、“これは使える”とその時にしっかりメモをとりました(笑)。今後役者を演出するときのヒントにしようと思っています」
ーーそれはジュリエットさんにインタビューした時に出た言葉でしょうか?
是枝「そうですね。2人きりではありませんでしたが、彼女の家で今作に向けてのヒアリングを兼ねて色んな話をさせて頂いたときに、演技そのものについても語ってくださいました。女優さんとそういった豊かな時間を共有できるというのはなかなかないことですし、とても良い経験でした。その時の風景もまた素晴らしくて、ストーブの薪が燃えていて、窓の外を見ると中庭の木に白い雪が積もっていて美しかった。とても静かで豊かな時間をジュリエットさんと過ごした思い出は一生忘れられないと思います」
ジュリエット「ストーブの薪と雪のことはあまり覚えていませんが(笑)、監督と過ごした素敵な時間は私も一生忘れないと思います」
ーー最後に、お2人にとって新しいことに挑戦する原動力となっているものを教えて頂けますか。
是枝「原動力…考えたこともありませんが、こんな大変な仕事は楽しくなかったらやっていないと思うので(笑)、“作ること”そのものが原動力になっているのかもしれませんね」
ジュリエット「私はやっぱり……“真実”そのものが原動力かしら(笑)」
(インタビュアー・文/奥村百恵)
【ストーリー】
世界中にその名を知られる、国民的大女優ファビエンヌ(カトリーヌ・ドヌーヴ)が、自伝本「真実」を出版。海外で脚本家として活躍している娘のリュミール(ジュリエット・ビノシュ)、テレビ俳優として人気の娘婿(イーサン・ホーク)、そのふたりの娘シャルロット(クレモンティーヌ・グルニエ)、ファビエンヌの現在のパートナーと元夫(クリスチャン・クラエ)、彼女の公私にわたるすべてを把握する長年の秘書(アラン・リボル)─。
“出版祝い”を口実にファビエンヌを取り巻く“家族”が集まるが、全員の気がかりはただ一つ。「いったい彼女は何を綴ったのか?」
そしてこの自伝に綴られた<嘘>と、綴られなかった<真実>が、次第に母と娘の間に隠された、愛憎うず巻く心の影を露わにしていき―。
『真実』
10月11日(金)よりTOHOシネマズ日比谷ほか全国ロードショー
監督・脚本・編集:是枝裕和
出演:カトリーヌ・ドヌーヴ
ジュリエット・ビノシュ
イーサン・ホーク 他
配給:ギャガ
原題:La Vérité
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