フランスで200万人を動員した世界的ヒット作『ぼくの好きな先生』や 『パリ・ルーヴル美術館の秘密』などで知られ、フレデリック・ワイズマンらと並ぶ現代ドキュメンタリー最高峰の一人、ニコラ・フィリベール監督。本作『人生、ただいま修行中』は、小さくも多様な日常の中にあるかけがえのない瞬間を優しさに溢れた眼差しで捉えてきた彼の、11年ぶりとなる待望の日本公開作だ。
舞台はパリ郊外の看護学校。まだ頼りになるとは言い切れない。けれど誰かのために働くことを選んだ看護師の卵たち。つまずき、時に笑い、苦悩しながら成長していく彼らの姿は、いつしか今を生きる私たちの物語へとつながっていく。誰もが、初めてを経験し、失敗しながら生きていく。人生は学びと喜びの連続であることを教えてくれる感動の奮闘ドキュメンタリー。その制作の裏側や本作に込めた想いを監督が語ってくれた。
「他者のために働く」というキャリアに踏み出した若者を撮影したかった
Q:このプロジェクトはどのようにして生まれましたか?
長らくこの構想に思いを巡らせていて、神のお導きがあったのです。2016年1月、私は塞栓症で救急救命室に運ばれ、その後集中治療室に移りました。それがきっかけです。快復した時に、医療関係者のみなさん、特に看護師のみなさんに敬意を表そうと、この映画を作ることを決心したのです。
Q:どのくらいの期間をかけて撮影されましたか?
撮影は約40日、5カ月にわたって行いました。連続して撮影はせず、1週間に2~3日の不規則なペースでした。2つ目のパートにあたる、生徒の研修を追った病院での撮影には時間がかかりましたね。行政の許可がなかなか下りず、辛抱強く、頑なな姿勢で臨む必要がありました。幸いほとんどの場合で許可をいただけました。
Q:どうして学びの場に焦点を当てようと考えたのですか? 『音のない世界で』や『ぼくの好きな先生』の後、この分野に再び戻った理由は何ですか?
学習の場を撮影することは、ものごとの基盤を映すということです。時間を経て経験を積むにしたがって、見えづらくなるものに焦点が当たります。看護師がいつもどおりに手当をしているのを見ると、とても簡単に見えますよね。避けるべきミス、衛生に関するルール、手順。上達すると忘れてしまいがちなことの多くは、実は学習によって身につけたものだということは、医療関係者でなければ想像できないでしょう。
授業や実習の撮影は、繰り返しが多くなり、笑えたり、わくわくするような楽しい瞬間もあれば、神秘的なものが撮影できることもある。これは演出的な面からみれば良い結果をもたらすものです。生徒が模索し、間違えながらも再び挑戦・努力する姿を撮影することで、より我々に身近で人間らしい姿を映し出すことができる。簡潔に言えば、私たちは彼らのそばにいることで、自分たちと結びつけて考えることができる。また、彼らの学んでいる姿を撮影することは、願望を撮影するということでもあります。「学びたい」「上達したい」「卒業したい」「社会に適合したい」「役に立ちたい」という願望です。
看護師という職は難しく、疲労に耐え、給料も少額で、病院内でも低い立ち位置にいる。しかしそれでも、魅力的で、世間が抱くすばらしいイメージから恩恵も受けている。実際、この少し理想化されたイメージが、看護師を目指す原点でもあるのです。
Q:クロワ・サンシモンの学校を選んだ理由は何ですか?
看護学校はフランス全土で330校以上あり、パリの地域圏だけでも約60校あります。そこから数校を選び、訪問しました。最初に訪ねた何校かは、学校の規模が大きく、通うには自宅から遠かったため希望に合いませんでした。9校目に訪ねたモントゥイユのクロワ・サンシモン校はパリ郊外にあり、私の条件にぴったり当てはまりました。生徒たちの文化的・社会的多様性も選んだ理由のひとつです。ここ最近、右寄りな思想を持つ人が増えている中、私は「他者のために働く」というキャリアに踏み出した若者を撮影したかった。
そして、クロワ・サンシモン校は、“等身大”の学校でした。1クラス90人の生徒しかいません。3年コースですので、コース全体でも270人。撮影するにはかなり多い人数ですが、パリ中心部の学校ではこの3倍以上の生徒がいるのです!学校近くの住民は中流家庭で、他のさまざまな職業訓練学校と同じく、イル・ド・フランス地方が授業料を負担しています。さらに言えば、その成り立ちは宗教に関係なく、創設当時に拠点を構えていた、パリ20区のクロワ・サンシモン通りが名前の由来になっている。先生方の対応も早く、撮影チームの受け入れをすぐに決断してくれました。結果として早く進み、事前調査には2週間しかかかっていません。