ゾンビという造形に革命をもたらしたジョージ・A・ロメロ監督
そんなゾンビの造形に革命をもたらしたのは、1968年にインディペンデント映画「ナイト・オブ・ザ・リビングデッド」を発表したジョージ・A・ロメロ監督だった。墓場から現れた死者たちに追われ、民家に閉じこもった男女の攻防戦。
この作品はロメロ監督が好きだった1964年のSFホラー映画「地球最後の男」から着想を得ている。ナゾのウイルスに感染した吸血鬼が支配する世界でただひとり生き残った男の物語。日光を嫌い、ヨロヨロと歩きながら毎晩家を取り囲む吸血鬼たちはゾンビの群れそのものだった。ここで早くも人間が少数派になってしまった世界でのサバイバル、というゾンビ映画の公式が生まれている。
優雅さや悲しみさえ感じさせるそれまでの単独モンスター、フランケンシュタインの怪物や吸血鬼ドラキュラと、無名の死者の行進であるゾンビは立ち位置がまったくちがう存在なのだ。
「地球最後の男」の原作は、スティーヴン・スピルバーグの「激突!」でも知られる才人作家リチャード・マシスンの同名小説。以後、チャールトン・ヘストン主演の「地球最後の男/オメガマン」(1971年)とウィル・スミスの「アイ・アム・レジェンド」(2007年)として二度映画化されている。
ロメロ監督はつづいて1978年に、よりパワーアップした“リビングデッド”(生ける死者)シリーズの第2作「ゾンビ」を発表した。製作、配給に手を貸したのは「サスペリア」(1977年)の世界的ヒットで名を高めていたイタリアのダリオ・アルジェント監督。生き返った死者に襲われたというニュースが飛び込み混乱するTV局を皮切りに、物言わぬゾンビに押されて崩壊してゆく文明社会と、郊外のショッピングモールに閉じこもったSWAT隊員らの焦燥を描く。
初公開時、ゾンビを知らない人々のために宣伝部が行なったキャンペーンとは?
当時の日本は「エクソシスト」や「オーメン」、「サスペリア」が公開されてオカルト映画のブームがつづいていたころ。1975年の2月にはトビー・フーパー監督の「悪魔のいけにえ」が上陸して、それまでと異質な乾いたヴァイオレンス描写が物議を醸していた。
そんな時代、1979年3月に日本公開されたのが「ゾンビ」だった。配給は「ジョニーは戦場へ行った」や「エマニエル夫人」、残酷ドキュメンタリーの「グレートハンティング」など、硬軟交えた作品を当てていた日本ヘラルド映画。前述の「悪魔のいけにえ」や、後のサム・ライミ監督の「死霊のはらわた」も同社の配給作品だった。
そんなヘラルド映画宣伝部も「ゾンビ」の扱いには頭を悩ませた。原題は「DAWN OF THE DEAD」(死者たちの夜明け)で、別題の「ZOMBIE」も、当時は馴染みのない単語だった。監督のジョージ・A・ロメロは無名の新人。名の知れた出演者もいない。宣伝は監修だったダリオ・アルジェントの名を前面に出して行なわれ、ぼくも「サスペリア」の監督の新作だと思って出かけた覚えがある。
同年2月16日・金曜日の午後には東京・銀座で150人のゾンビが行進するプロモーションが行なわれた。ハロウィンの夜のコスプレもなかった時代。みんなびっくりしただろうなあ。のろのろと歩き、人の肉を喰らう。噛まれた人間は感染し、死亡後自らもゾンビに。知能が無く、生前のおぼろげな記憶によって活動する。倒すには頭部(脳幹)を破壊しなければならない。
新時代のモンスター、ゾンビの特性を打ち立てた「ゾンビ」は、メジャー・スタジオでは絶対に作れぬ問題作だった。ショットガンで頭部を吹き飛ばしたり、捕まった人間が腹を裂かれ、悲鳴を上げながら喰われたり。ゴア(血まみれ)描写はいま観てもそうとうなもので、そのため日本公開版はショック・シーンを静止画やモノクロ画面に差し替えて、冒頭に爆発した惑星から降り注いだ放射線の影響で死者が蘇ったという注釈をつけた。
様々な進化を見せるようになったゾンビは独自の発展を……
この日本独自の「ゾンビ 日本初公開復元版」が公開40周年を記念して、この11月に復刻上映される。それほど愛され、残酷すぎると批判もされ、伝説になっている作品なのだ。その後も「死霊のえじき」や「ランド・オブ・ザ・デッド」を作りゾンビ映画の父と呼ばれたロメロ監督は、2017年7月16日に77歳で世を去った。
感染すると家族や友人、恋人までが怪物となって蘇り、ズリズリと迫ってくる恐怖!宗教観と縁の薄い即物的なモンスター、ゾンビは世界中で人気を呼び、あっという間に広まった。残虐描写に力を注いだイタリアの「地獄の門」や「サンゲリア」、感染者の襲撃をPOV(主観映像)方式で描いたスペインの「REC/レック」、イギリスからはダニー・ボイル監督の「28日後…」や、サイモン・ペグ主演の「ショーン・オブ・ザ・デッド」といった人気作が生まれた。
韓国からは、高速鉄道の車内で感染が始まるパニック物「新感染 ファイナル・エクスプレス」が。日本でも「カメラを止めるな!」の大ヒットが記憶に新しい。もちろんハリウッドからも「バイオハザード」や、ブラッド・ピット主演の「ワールド・ウォーZ」といった大作が登場。ニコラス・ホールトくん扮する青年ゾンビの恋模様を描く「ウォーム・ボディーズ」や青春ミュージカルの「アナと世界の終わり」など、近年はホラー映画の枠から外れた作品も少なくない。
「ゾンビ」のリメイクである「ドーン・オブ・ザ・デッド」(2004年)など、最近は全力疾走する“走るゾンビ”が増えてきた。「ゾンビランド:ダブルタップ」の死者たちにもオリンピック級の強敵がいる。ゾンビ映画がアクション・エンターテインメントに近づいてきたということだろう。
「ゾンビ」日本初公開復元版
2019年11月29日(金)公開
原題:死者たちの夜明け/米=伊/1978年/1時間55分/配給:ザジフィルムズ
監督:ジョージ・A・ロメロ/出演:ケン・フォリー、デーヴィッド・エムゲ、スコット・H・ライニガー、ゲーラン・ロス
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