伝説の女優を現代に蘇らせたレネーの圧倒的パフォーマンス
『ジュディ 虹の彼方に』で、渾身の演技を披露したレネー・ゼルウィガー。アカデミー賞にノミネートされたときから、主演女優賞「大本命!」ともっぱらの評判だった。
レネーが演じるのは伝説的なミュージカル女優として、天才エンタテイナーとしてショービジネス界に名を刻むジュディー・ガーランド。映画『オズの魔法使』(1939年)で抜群の歌唱力を披露して一躍スターの階段を駆け上がった。
この時に歌った「虹の彼方に」は世界中でヒットしいまも愛されるスタンダード・ナンバーとなった。が、そのいっぽうで映画会社の厳しいコントロールによって薬物に深く依存するようになり、結局、ハリウッドに縁を切られる。しかし、コンサート活動に活路を見出したジュディーは、エンタテイナーとして成功を収めるのだった……。
本作で描かれるのはその華やかな復活劇の終焉。47歳の若さで亡くなる半年前、結婚と離婚を繰り返し、経済的にも破綻した1968年。ふたりの子どもを養うために満身創痍で渡ったロンドンでのコンサートにスポットを当てているのが意外であり、興味をそそる。
実在の有名人を演じるのが難しいのは想像できる。顔や姿を似せるだけでは単なる“そっくりさん”。もちろん外見は違和感のない程度に似せて欲しいが、肝心なのはそこに宿る“魂”。栄光と挫折を繰り返してきたジュディーの苦悩、愛への渇望、そしてエンタテイナーとしての誇りと圧倒的なパフォーマンス。そのすべてを体現しなければ、観る者は共感しない。
つまりレネーは、そんな難役に挑戦し、ジュディー・ガーランドを見事に蘇らせたのだ。
ジュディーの内面とリンクするレネーの多彩なキャリア
レネーのキャリアを追うと、複雑なジュディーの内面を表現するのにぴったりのキャスティングだったと、改めて思う。
1996年の『ザ・エージェント』でトム・クルーズの恋人役に抜擢されて脚光を浴びた。その純真で天然なキュートさが新鮮な魅力を放ち『ベティ・サイズモア』(2000年)ではゴールデン・グローブ賞のミュージカル・コメディ部門で主演女優賞を獲得している。
ジュディーの素顔は、恋を夢見る子供っぽさがあったし、金銭感覚にも疎かった。が、ユーモアのセンスもあったそうで、そのふわっとした浮世離れの空気感は、レネーが醸し出す魅力と共通する。
しかも、外見の役作りへのこだわりがハンパじゃないことは、『ブリジット・ジョーンズの日記』(2001年)で証明されている。体重を数キロ増量し、英国アクセントの英語も完璧にマスターして堂々のコメディエンヌぶり。キュートな若手女優から、演技派への扉を開いた。
聞けば、ジュディーを演じるのが決まった時点から「彼女のストーリーをいっぱい勉強したわ」というメソッドアクトレスのレネー。正直、顔自体は“違和感のない程度に似ている”が、その歩き方、しゃべり方、ステージでの佇まいなど、すべての要素が相まって本物のジュディー・ガーランドが息づいているようだ。
もちろん、ステージでのパフォーマンスが本作の成否を分ける。知っての通り、レネーはブロードウェイのヒットミュージカルを映画化した『シカゴ』(2002年)で“歌える女優”の評価も獲得している。
今回は、その実力をベースにジュディーの声質や独特な歌唱法をマスターするために正式なリハーサルの年前からコーチについてトレーニング開始。スクリーンでは吹き替えなしで有名なポピュラーソング「カム・レイン・オア・カム・シャイン(降っても晴れても)」を堂々と歌い上げ、ラストにはジュディーをスターの座に誘った名曲「虹の彼方に Over The Rainbow」をエモーショナルに。ラストを飾るにふさわしいパフォーマンスは、誰もが感動に震えてしまうだろう。
人生の痛みと喜びを知るからこそ体現できたジュディーの脆さ
レネー自身に初めて会ったのは、『コールドマウンテン』(2003年)で受賞したアカデミー賞助演女優賞を携えての来日。
当時は“ブリジット・ジョーンズ”の印象が強かっただけに、繊細で華奢な佇まいと、「いつもビクビクしているの。いつ仕事がなくなるかわからないと怯えているわ」という言葉が意外だった。そして、その素顔はスクリーンの中のジュディーに重なった。睡眠不足と薬の常用で痩せこけた細い体が醸し出す脆さや、ステージに立つ緊張感に耐えられず震えて怯える姿がじつにリアルに体現されているのだ。
度目にインタビューをしたのは、2016年、ロサンゼルスで。2010年から遠ざかっていたスクリーンに復活した『ブリジット・ジョーンズの日記 ダメな私の最後のモテ期』のプロモーション。快進撃を続けていた2000年の初めから、私生活ではジム・キャリー、ジョージ・クルーニーなどと交際し“恋多き女”として騒がれて精神的に疲弊したレネー。
「とても若くて、世間知らずだったの。ショービジネスの中で私生活を守るすべも知らなかった」と当時を振り返る。
そして、そこで「撮影所に閉じこもっていたら人間的な成長はできない。自分の違う面、新しい経験や発見なくしては、人間として成長できない。そして、それは役者としての成長も望めない」と危機感を抱いたからこその決断だったと言う。
なるほど、リフレッシュをした彼女は華奢な体型も「ナーバスなタイプだから、自信なんて欠片もないの。いつも怯えているわ」というコメントも相変わらずだったが、その笑顔は芯から明るく余裕が漂っていた。思えば、あの頃すでに『ジュディ 虹の彼方に』のプロジェクトは始動していたのかもしれない。
ともあれ、ハリウッドの“光”と“影”を目の当たりにし、人生の痛みと喜びを知っているレネーだからこそ、ジュディー・ガーランドという稀有なキャラクターに魂が宿せたのだと、勝手ながら納得するばかりだ。