美しすぎて演技への正しい評価が得られないという悩み
ブラッド・ピットが念願のアカデミー賞を受賞した!と書けば、「すでに受賞しているじゃない?」と、訝るかもしれないが、『ディパーテッド』(2006)、『それでも夜は明ける』(2013)、『ムーンライト』(2016)は、すべて製作者としての受賞。俳優としての評価ではない。しかし、今回のクェンティン・タランティーノ監督作『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』での受賞は“助演男優賞”。ハリウッドが〈俳優ブラッド・ピット〉の真価を認め賞賛した証なのだ。
いや~、ここまで長い道のりだった。1991年の『テルマ&ルイーズ』に、ヒロインから6000ドルを盗むコソ泥役で出演。たったどうしても“美貌の呪縛”から逃れられない。そんな不満と焦燥を爆発させるかのように『カリフォルニア』分の出番で披露したベッドシーンではとびきりのセクシー・オーラを発散。“6000ドルのエクスタシー”と一気に女性ファンを獲得した。しかも翌年には、ロバート・レッドフォード監督の文芸作『リバー・ランズ・スルー・イット』(1992)に抜擢され、キラキラの美青年ぶり。劇中のモノローグで「美術品のように美しい」と形容されるのも、納得の美顔&美ボディだった。
この2作で一躍〈セクシーな美形スター〉の座についたのは、もちろん喜ばしいことではあった。が、同時に大きな悩みも抱えた。そう、「美貌が目立ちすぎて、演技力への正しい評価が得られない」ということ。まぁ、美しき男優やセクシーな女優に共通の悩みではあるのだが、とりわけブラッドは超絶イケメンだから、どうしても“美貌の呪縛”から逃れられない。
そんな不満と焦燥を爆発させるかのように『カリフォルニア』(1993)では、無精髭で“美貌を封印”し、連続殺人鬼を怪演するという暴挙もあり。公開当時、その姿を見たとたん「ああぁっ〜」と、がっかりのため息を発したファンは多かった。いま見返せば、数キロも体重を増やして挑んだ狂気の演技はなかなかのものだったが、やはり「顔は見せて欲しい」が、ファンの願いでもある。
タランティーノ作品が生みだした〝ダーティ&キュート〟の魅力
そこで、今回ブラッドにアカデミー賞をもたらしたタランティーノの登場。
1992年、『レザボア・ドッグス』で脚光を浴びたばかりだった新人タランティーノの初脚本をトニー・スコットが監督した『トゥルー・ロマンス』(1993)では、主人公カップルの逃亡先をあっさり敵に教えてしまうジャンキー役。同じダーティな役でも『カリフォルニア』とは違って、オバカだけどとってもキュート!
この“ダーティ&キュート”のさじ加減は、タランティーノ自身が監督した『イングロリアス・バスターズ』(2009)にちゃんと踏襲されている。ナチス殲滅の指令を受けた連合軍のアルド・レイン中尉に扮したブラッドは、残忍な手口でドイツ軍を恐怖に陥れながらもどこか詰めの甘い“筋肉バカ”を巧妙なバランスで体現。笑いをそそってくれた。
そして、10年後。再びタッグを組んだ『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』では、かつての“ダーティ&キュート”のセオリーを進化させ、代半ばとは思えないほどバッキバキに鍛えた肉体美を披露してファン・サービスをしつつも、難しい理屈はわからなくても、好きや嫌い、良いか悪いかを感覚的に受け入れて生きる中年の“不思議ちゃん”を演じ、誰をも魅了した。まさに、黄金のコンビの復活!である。
ギリアム、フィンチャー、ガイ・リッチーら名監督とのコラボが実力を育む
もちろん、タランティーノとの出会いだけがエポックではない。俳優として模索するブラッドは、鬼才テリー・ギリアム監督の『12モンキーズ』(1995)で正気と狂気の間で生きる情緒不安定患者を好演しゴールデングローブ賞の助演男優賞を獲得。初めてアカデミー賞にもノミネートされている。
また、忘れてならないのが、デヴィッド・フィンチャー監督とのタッグだ。猟奇殺人事件を追う刑事を演じた傑作サスペンス・スリラー『セブン』(1995)、男たちが拳のみで戦う秘密集会ファイト・クラブを仕切る謎の男タイラーを、これまたバッキバキの筋肉ボディで演じた『ファイト・クラブ』(1999)。
注目すべきは、この2作によって多くの男性ファンを獲得したこと。とりわけ後者のストイックでミステリアスな存在感はかっこいい!若い男性たちのアイコンになったのも納得だ。また、初のアカデミー賞主演男優賞候補になった『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』(2008)もフィンチャー監督作だ。
1990年代の半ばから現在まで、当然のことながら数多くのメジャー大作にも出演している。しかし、その一方で、一躍脚光を浴びたばかりのガイ・リッチー監督に自ら電話をかけて『スナッチ』(2000)に出演し、メキシコの若き鬼才アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ監督ともコンタクトを取り『バベル』(2006)に参加。
また、実在のガンマンを描く『ジェシー・ジェームズの暗殺』(2007)を、自らの制作会社プランBエンターテインメントで手がけて主演。この念願作は地味だが良作。ブラッドの渋い演技が際立ち、ラストはじんわり涙。ヴェネツィア国際映画祭の男優賞を受賞している。
地味で言えば、寡作の巨匠として敬愛されるテレンス・マリック監督の『ツリー・オブ・ライフ』(2011)も、資金集めに苦労していたプロジェクトをプランBエンターテインメントが手助けし、カンヌ国際映画祭のパルムドール受賞に導いた。偉い!
こうしてざっとおさらいするだけで、ブラッド・ピットは、キュート、ダーティ、クレイジー、シリアスまでを演じきる多彩な演技派であることがよくわかる。そして、演じることにも、映画を作ることにも、常に真摯に誠実に向き合い、ひたすら歩んできたことも......。まさに稀有な俳優である。