トム・ハンクスの演技は文化の壁も超える
日本でトム・ハンクスを知らない人はいなくても、今回彼が演じたフレッド・ロジャースの名を知る人はどれだけいるでしょう。アメリカの子供向け番組の司会者として実に30年もの間、児童教育の象徴であり続け、親子3世代に渡って愛されてきた人物だそう。
そんな前知識ゼロで見ると、演技モンスター・トムのつかみどころのない佇まいから、この映画がホラーなのかコメディなのか全くわからない状態に!?実際の子供番組をなぞる演出にも戸惑いが隠しきれず、外国人として文化の壁を感じてしまうのは否めません。
しかしながら、聖人とされてきたロジャースの人間らしさが少しずつ見え隠れする展開は、彼を知らなくても十分に楽しめる内容に。馴染みのない人物を活き活きと浮き上がらせ、文化の壁さえ超えてしまうようなトムの演技は、やっぱりすごいし、必見なのです。
レビュワー:阿部知佐子
劇中に出てくるクマのぬいぐるみが愛らしい。幼少時代に大切にしていたぬいぐるみを思い出してじ〜んとしてしまうのは世界共通かも。
至るところに、数々の生きるためのメッセージが
主人公はちょっとひとクセありそうな記者のロイド。仕事優先で家庭を顧みず、父親とは積年の確執が。そんな彼が大物司会者フレッドとの出会いをきっかけに、今まで無意識に目を背けてきた様々なものと対峙することに。
物語は少しフワッとしていて、一見掴みどころのない雰囲気で展開しますが、その空気感が心地よく、至る所に含蓄のある温かいメッセージが溢れています。
またトム・ハンクス演じるフレッドの、相手の本質を射抜くような強く優しい眼差しが、自分に向けられているような感覚に陥ることも。そんな彼が発した“1分間だけ、自分を愛し培ってくれた人々を思い浮かべて”というメッセージは、不安に囚われそうな時にこそ、参考にしたいと思いました。
フレッド・セラピーとも呼べそうな数々の力強いメッセージ、皆さんも是非、探してみて下さい。
レビュワー:中久喜涼子
厳格なお父さん役が多い印象のクリス・クーパー。そんな彼が演じる、弱々しいダメ父っぷりも可愛くて新鮮でした。
“ハンクスセラピー”という名の新たな映画体験
今回トム・ハンクスが演じるのは人気司会者にして伝説的な紳士フレッド・ロジャース。真っ赤なカーディガンと柔和な笑みが似合う人徳者だ。物語は家族の問題を抱える雑誌記者ロイドが彼を取材することになったところから動き出す。“聖人君子”の裏側を覗こうとしたはずが、逆に己の心の葛藤を見透かされてしまい……
凝り固まった心を優しくも鋭い眼差しと落ち着いた声でほぐしていくロジャースはセラピストかはたまた心のマッサージ師か。そんな塵も埃も出てこないような清い彼が行なっているトレーニングが、1分間沈黙して自分を愛してくれた人を思うというもの。実際に無音となりハンクスの演技力と包容力も手伝って、こちらも必然的に思い浮かべざるを得ない状況に。うーむ、新たな映画体験。鑑賞後の何ともいえない浄化感は“ハンクスセラピー”の効能だろうか。
レビュワー:鈴木涼子
1分間の沈黙で思い出すのがゴダールの「はなればなれに」。1分の捉え方は異なりますが、スクリーンから音が消えるのはやはりハッとします。