ネタバレが含まれますので、未鑑賞の方はご注意ください。
2020年9月の劇場公開で、「理解するのが困難」と波紋を呼び、その波紋が逆に宣伝効果となってヒットを記録した「TENET テネット」。
さまざまな謎の解説も話題となり、さらにその解説に従って理解しようとしても、やはり追いつかなかったり、矛盾があったりと、新型コロナウイルスの影響でハリウッド大作が少ない状況のなか、「テネット」は映画ファンを大いに盛り上げてくれた。
時間の順行と逆行が、ひとつの場所で交じり合うので、常識の世界とかけ離れたシーンが量産され、それらの意味を把握し、よりストーリーを楽しむためにも、2回、3回と観た人も多い。
難しい理論はひとまずスルー確認すべきは"名もなき男"の素性
「テネット」の時間逆行で重要なキーワードとなったのが、エントロピー。時間とともに増える、このエントロピーを減少させることで時間が逆行できるという理論だが、物理学や量子力学の世界の話になるので、ここを追求すると逆に混乱が深まる。
だからスルーしても作品的には問題なし。何より確認しておきたいのは、主人公の素性だ。ジョン・デヴィッド・ワシントンが演じた主人公は「名もなき男」と紹介され、最後まで実名は出てこない。ラストシーンを観れば、彼がすべてのテネット計画を操っていた黒幕であることがわかる。
つまり未来の主人公が、世界の終末を阻止するべく、自分を送り出していたのだ。もともとこの名もなき男は、CIA工作員の設定なので、名を明かさなかったことにも納得がいく。ただし、この名もなき男、自分が未来から来たことを自覚していないらしく、ラストで相棒のニールからその立場を知らされている。
つまり自分が黒幕だとわからずに、テネット計画を遂行していたことになる。科学者のバーバラから「理解しようとしないで。感じるのよ」と言われたとおり、名もなき男は、あくまでも感覚と本能でミッションに挑んだのだ。
ノーランが随所に仕掛けた言葉遊びを探すのも楽しい
そして「テネット」の辻褄合わせとドラマとしての魅力、その両サイドで最も関心が高かったのが、名もなき男とロバート・パティンソン演じるニールの関係だ。
クライマックスでニールの背負っていたリュックから出ていたオレンジ色のストラップが、冒頭のキエフのオペラハウスでのテロシーンで一瞬だけ登場。名もなき男を助けたのがニールであったことが判明する。
ニールをテネット計画に送り出したのが、未来の名もなき男だったわけだが、映画を観た人の一部から、ニールの正体はマックスだったのでは……という説もとび出した。マックスは、世界の終焉をもくろんだロシアの武器商人、セイターとその妻キャットの息子。
ラストシーンでキャットの命を救った名もなき男は、彼女とさらに親密な関係になり、マックスの父親代わりになる、と予想可能だ。そして未来で、名もなき男の計画に息子として手助けすると考えれば、いろいろと納得がいく。
マックスの名前を正式に英語で表記すると、Maximilienで、その最後の4文字を反対から読むとNeil=ニールとなるのも、クリストファー・ノーラン監督らしい「暗示」だ。今回の「テネット」に関して、ノーランはあちこちにこうした言葉遊びを仕掛けている。
劇中でニールが、こんなことを口にする。「起こってしまったことは仕方がない」。彼はつねにすべての結末を知って、過酷なミッションに身を投じたのだろう。そのニールの自己犠牲こそ「テネット」最大の感動ポイントだと、時間をおいてじわじわ心を締めつけるのだ。
こうした思わぬ後味の理由も含め、改めて「テネット」の本質を探りたい欲求にかられるのが、本編以外の特典映像だ。ノーラン監督やメインキャストの証言も貴重だが、やはり気になるのは、驚異のビジュアルが完成するまでのプロセス。
時間の順行と逆行を組み合わせるため、製作過程で緻密なプロジェクトが進行した。その舞台裏では、スタントマンによる逆方向アクションの苦心や、巨大飛行機の大爆発など、ノーランがこだわるアナログのアプローチを改めて実感できる。本編と合わせて観ることで、「テネット」の深い迷宮に入り込む喜びに浸りたい。