これまで『ゆれる』、『ディア・ドクター』、『夢売るふたり』、『永い言い訳』などオリジナル脚本の作品を世に送り出し、世界中から高い評価を得てきた西川美和監督。
最新監督作『すばらしき世界』では、直木賞作家の佐木隆三のノンフィクション小説「身分帳」に惚れ込み、長編映画としては初の原作ものに挑んだ。
本作の撮影秘話や主演を務めた役所広司について、更にオススメの映画など西川美和監督にタップリと話を聞いた。

「やり直す気のある人が、やり直せるように協力する気構えみたいなものを持った方がいんだろうなと思います」

ーー三上を取材するテレビマンの津乃田を演じた仲野太賀さんのお芝居も本当に素晴らしくて、2人の関係性が少しずつ深まっていくところに心を動かされました。劇中で津乃田が小型カメラを持って三上を撮影するシーンがありますが、仲野さんが実際に撮った映像が素人らしからぬクオリティだったそうで。

「そうなんですよ(笑)。彼は自分で古いカメラを持っていて、本格的に写真もやっているので、人を撮るという感覚に慣れている。今回太賀くんが撮った映像も部分的には本編で使わせてもらいました。太賀くんは良い意味で役者っぽくないところがあるんですよね。俳優は特殊な感性がないと務まらないし、精神的にも肉体的にもとても繊細な仕事ですから、“生き物として私達とは違うな”と思うケースも多いですが、太賀くんに関しては気の配り方や人との会話の仕方も含めてスタッフに近い感覚で現場にいてくれるように感じます。

俳優陣の演技だけじゃなく、私や現場スタッフをよく見ているし、“撮影隊が好きなんだ”というのが伝わってくる。今回の現場では撮り手の私達と演じ手の役所さんとの間を行き来する存在として太賀くんがいてくれたんじゃないかなと思います」

画像: 「やり直す気のある人が、やり直せるように協力する気構えみたいなものを持った方がいんだろうなと思います」

ーー太賀さんに以前インタビューした時にオススメの映画を沢山語ってくださったのですが、そのうち監督デビューをするんじゃないかと密かに期待しています。

「そうかもしれませんね。彼独自のセンスで何か作品を撮りそうな予感はあります」

ーー本作の話に戻りますが、観賞後にこれまでの人生で「見て見ぬふり」をして嫌なことから逃げたり、悪いことを指摘しなかったことを思い出したりするなど、色々と考えさせられました。監督は本作を撮り終えたことで、改めて気づいたことや発見できたことなどはありましたか?

「私自身もこれまで元服役者の社会復帰に対して特別関心があったわけではないのですが、本作を撮るにあたりリサーチしていく中で、“考えてみればそうだよな”と思うことが沢山あったんですね。法を犯した奴は“一生隔離されてろ!”なんて思っていても世の中は全く暮らしやすくはならないので、それならば犯罪に巻き込まれず暮らすことのできてる人も、やり直す気で出てきた人がやり直せるように協力する気構えみたいなものを持った方がいいんだろうなと。

そうじゃないと同じことの繰り返しで、一定数の人は排除されて犯罪をまた犯してしまう不幸な社会が続くんだということを考えたりしました。何か行動に起こしたりは難しいですけど、本作を観て、少しでもそういうことに感心を持ったり、知ってもらえたらいいなと思います」

ーードキュメンタリーではなく、あくまでもフィクションとして描かれることで、素直に三上の心情に寄り添うことができたようにも思います。

「刑務所に入っていた人なんて自分とは関わりのない人間だと思いたいのが普通でしょうし、そういう方々の日常をあまり見たくないという人もいますよね。ドキュメンタリーだとシビア過ぎて直視しづらい、そういう題材のためにフィクションがあると思っていて、それは小説を読んだときも思いましたし、色んな味付けとともに見せていくのが私の仕事なのかなと。本作には笑えるシーンもあるので、あまり構えずに観て頂けたら嬉しいです」

ーーここからはSCREEN ONLINE読者のために監督のオススメの映画をご紹介頂きたいのですが、まずは監督が愛してやまない映画を教えて頂けますか。

「脱獄ものや脱走ものが好きで、中でも特に好きなのが、定番ではありますが『大脱走』(笑)。大勢で協力して脱走計画を実行するというわかりやすいストーリーですが、いつ見直しても面白いです。ただ、脱走までのスリリングな話の運びというよりは、登場人物それぞれの人間性や癖、弱さみたいなのが描かれているところに惹かれて、その弱さを仲間達がどうカバーするかみたいな場面が凄く好きですね」

画像2: Photo by Tsukasa Kubota

Photo by Tsukasa Kubota

ーー最近オススメの映画も教えて頂けますか。

「『ノマドランド』が第77回ベネチア国際映画祭では金獅子賞、第45回トロント国際映画祭では観客賞を受賞したクロエ・ジャオ監督は注目していまして、まだ『ノマドランド』は観ていないのですが、監督の前作『ザ・ライダー』を拝見したら、それはもう素晴らしかったです」

ーー実際にロデオで活躍していた青年ブレイディ・ジャンドローの身に起きた出来事を映画化したもので、ブレイディは本人役で出演されていますよね。

「ブレイディだけじゃなく、父親や自閉症の妹、そしてブレイディの周囲の人々など全員当人たちが実名のまま演じているそうなんです。演技経験ゼロなはずなのにみんなお芝居が上手くて。しかもドキュメンタリータッチではなくて、普通にフィクションの映画として成立しているんですよね。“これどうやって撮っているんだろう…”と思うシーンばかりで驚きました。

ナチュラルさと説得力、そして話のシビアさなど全てが絶妙なセンスと塩梅で作られているのが凄いなと。落馬事故で頭部に重傷を負ってしまったブレイディが、ロデオライダーとして生きるのを諦めるのか、それとも諦めずに進むのかという地味な物語ではありますが、抜群のセンスが感じられた1本です。この映画を観て、やっぱり私は “loser” の話が好きなんだなと改めて思いました」

画像3: Photo by Tsukasa Kubota

Photo by Tsukasa Kubota

インタビュアー・文/奥村百恵

西川美和監督の最新エッセイ本が絶賛発売中!
『スクリーンが待っている』
著者 西川美和
発売日 2021年1月15日
定価 本体1,700円+税
体裁 四六判・上製・288頁
<内容>
映画『すばらしき世界』の発案から公開直前まで、
約5年の思いを綴るエッセイ集。
小説誌「STORY BOX」の連載を中心に、
映画の世界を離れたテーマの読み物と、
『すばらしき世界』のアナザーストーリーともいえる短編小説を収録。

『すばらしき世界』
<STORY>
下町の片隅で暮らす短気ですぐカッとなる三上(役所広司)は、強面の見た目に反し、優しく真っ直ぐすぎる性格で、困っている人を放っておけない。しかし彼は、人生の大半を刑務所で過ごした元殺人犯だった。一度社会のレールを外れるも、何とか再生しようと悪戦苦闘する三上に、若手テレビマンの津乃田(仲野太賀)と吉澤(長澤まさみ)がすり寄りネタにしようと目論むが…。

『すばらしき世界』
2月11日 (木・祝) 全国公開
監督・脚本:西川美和 『ディア・ドクター』『永い言い訳』
原案:佐木隆三著「身分帳」(講談社文庫刊)
キャスト:役所広司
     仲野太賀 六角精児 北村有起哉 白竜 キムラ緑子
     長澤まさみ 安田成美 / 梶芽衣子 橋爪功
配給: ワーナー・ブラザース映画
©佐木隆三/2021「すばらしき世界」製作委員会

画像: 映画『すばらしき世界』本予告 2021年2月11日(木・祝)公開 youtu.be

映画『すばらしき世界』本予告 2021年2月11日(木・祝)公開

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