〜今月の3人〜
土屋好生
映画評論家。小さなパソコンで映画を見なければならない嫌な時代。シーツのような大きなスクリーンが懐かしい。
杉谷伸子
映画ライター。見逃していたカルペンティエーリ主演作品『ナポリの隣人』(2017)も、早く観なくちゃって思ってます。
まつかわゆま
シネマアナリスト/FM85.6パーソナリティ。今年は開催できるかカンヌ映画祭。あちらはやる気で、こちらも準備は◎。でも入国は?!
土屋好生オススメ作品
カポネ(2020)
トム・ハーディの怪演で認知症になったアル・カポネの意外な最晩年をリアルに描く
評価点:演出4/演技5/脚本3/映像4/音楽3
あらすじ・概要
1920年代の禁酒法時代に犯罪帝国を築き上げたギャングの生涯。それも彼の最晩年の日々を描くアル・カポネの物語。とはいえ実録ものでもドキュメンタリーでもない。1人の大物ギャングの末路を克明に掘り起こす。
アル・カポネといってもその実像はほとんど知られていないのではないか。まして彼の最晩年といわれても…。長い服役を終えてフロリダの大邸宅に帰ったものの若いころに罹患した梅毒が進行して認知症が進み、発作や奇行が目立つようになる。カメラは彼の脳内に侵入して精神分析を試みるのだが、現実と妄想の混同から来る激しい自己分裂に悩まされ人格崩壊の危機に見舞われる。
カポネが認知症とは知らなかったし、その症状をこれほどリアルに再現した例も記憶にないのだが、監督のジョシュ・トランクはこの認知症に徹底的にこだわる。ただしその忠実な再現だけでなく対象から一歩引いてみた客観的な事実として復元するあたりさすが。
それにしてもカポネ映画として新鮮な輝きを放つのはトム・ハーディの怪演ぶり。左頬の大きな傷跡と片時も口元から離さない葉巻。そしてその代わり(?)に医者が勧める小さなニンジンの滑稽なこと。粋で皮肉な悲喜劇として記憶にとどめておきたい。
杉谷伸子オススメ作品
ワン・モア・ライフ!(2019)
人生の最後に与えられた92分間で本当に大切なものを知るイタリア男の姿にしみじみ
評価点:演出5/演技4/脚本4/映像5/音楽3
あらすじ・概要
シチリア島パレルモ。スクーターの無謀運転で命を落としたパオロだが、天国の入り口で寿命の計算ミスが発覚。92分だけ寿命が延長された彼は、もう一度天国へ戻るまでに家族との絆を取り戻そうとするが…。
人生の最後を迎えるまで大切なものに気づけなかった中年男が、イタリアンな陽気さでドタバタ気味に駆け回るコメディかと思いきや、そこは『ローマ法王になる日まで』(2015)のダニエレ・ルケッティ監督。自分都合で急に家族の絆を築きたがる彼と、事情を知らない妻子とのすれ違う想いを、随所に回想を織り込みながら描く世界は、思いのほか内省的で、人生のすべての瞬間が愛おしくなるようなしみじみとした情感が溢れている。
とはいえ、人生のロスタイムをゲットすることになる天国の入り口でのやりとりをはじめ、ウイットとユーモアに富んだ会話もいっぱいなら、ここ一番での茶目っ気も効いている。とりわけ、名優レナート・カルペンティエーリは、飄々としていながら哲学的な天国の役人を演じて、観客自身の人生も見つめさせてくれるのだ。
港の風景から空へとパンするカメラが世界観を象徴するオープニングや、天国の入り口の造形など、洗練されたビジュアルセンスでも何気に楽しませてくれて、イタリア映画のイメージが変わる人も多いのでは?
まつかわゆまオススメ作品
ミナリ(2020)
夢の針路を見失ったアメリカに、それでも希望の水路を示し感動を生む
評価点:演出5/演技5/脚本5/映像4/音楽4
あらすじ・概要
南部アーカンソー州に移住してきた韓国人家族。放棄農地を耕し韓国野菜を栽培する計画だが、水が乏しく、販売も思うようにいかず両親はケンカばかり。姉弟の面倒を見てもらうため韓国から妻の母を呼び寄せるが…。
オスカー常連になったA24とPLAN Bが送り出した小さな“韓国人家族”映画『ミナリ(韓国語で芹)』が全米賞レースをにぎわしている。
移民の国だから、アメリカンドリームを追って移民した人々の見た現実を描く映画は多い。外の人から見た方が本当の姿が見えるのだ。けれど、現実は厳しくて、夢はかないそうになくたって、移民たちはもう国に帰れない。ならば、ここで生きていく。そんな決意をすることになった一家の、ちょろちょろと流れ始める希望を見て、観客は自分たちが失った夢と希望をちょっとだけ取り戻したのではないだろうか。ささやかでも幸せはきっとある、のだ。
草・木・土・川・お日さま。におい立つ自然と耕された畑や収穫を待つ作物に、子どもの甘いかおり。映像と音はにおいや温度までとらえ、俳優たちは“平たい顔”(と白人少年は不思議そうに言う)に、口には出せない思いをにじませる。唯一言いたいことを言い、したいことをするおばあちゃんが、異人なのにアメリカ的なのが笑いのツボを押す。監督の自伝的作品だそうだが、この家族のこの後40年間を見たくなった。