「映像化困難」「難解」とも言われてきた傑作SF小説を完全映画化し、その究極の映像体験に感動の声があがっている『DUNE/デューン 砂の惑星』。原作小説の内容を踏まえると、この作品のさらなる魅力が見えてきます。謎めいた描写や各シーンに込められた意味を原作と比較しながら徹底考察!(文・平沢薫/デジタル編集・スクリーン編集部)』

※『DUNE/デューン 砂の惑星』や原作についてのネタバレが含まれますのでご注意ください。

原作を意識した描写が随所に盛り込まれている

10191年、砂漠の惑星デューン。レト・アトレイデス公爵(オスカー・アイザック)が皇帝からその惑星の新たな統治者に命じられたことから、公爵の息子ポール(ティモシー・シャラメ)は、これまでとはまったく異なる状況に直面していく────。

画像: 主演を務めるのはハリウッドの新プリンス、ティモシー・シャラメ

主演を務めるのはハリウッドの新プリンス、ティモシー・シャラメ

原作小説は、砂に覆われた惑星、奇妙な能力を持つ集団、巨大な生物などの共通点から『スター・ウォーズ』『風の谷のナウシカ』などに影響を与えたと言われる、米SF作家フランク・ハーバートの名作。そして監督は、この原作を10代の頃から愛読してきた『ブレードランナー 2049』(2017)『メッセージ』(2016)のドゥニ・ヴィルヌーヴ。なので、この映画には、原作を意識した描写が随所に盛り込まれている。

まず気付くのは、惑星デューンの砂漠の砂。何度も画面に登場する砂は、質感も細やかさも、地球の砂漠の砂とは違う。それは(製作予定の映画続編で描かれるだろうが)原作の物語後半に判明する、デューンの砂が地球の砂とは異なる物質でできているという設定を踏まえているからだろう。

そして、特殊な用語も原作に詳細な設定がある。例えば、集団によって異なる、救世主的存在の呼び名。先住民フレメンたちの救世主の名称は“リサーン・アル=ガイブ”で、映画では、ポールが惑星デューンに到着したときに、フレメンたちがこう呼ぶシーンがある。この語は“外界からの声”の意味。フレメンには、惑星外から預言者がやってきて楽園に導くという伝説があるのだ。

画像: デューンには惑星外の「預言者」が楽園に導くという伝説がある

デューンには惑星外の「預言者」が楽園に導くという伝説がある

一方、ポールの母親ジェシカ(レベッカ・ファーガソン)が所属する女性だけの集団ベネ・ゲセリットは、救世主を“クウィサッツ・ハデラック”と呼ぶ。この語は“道の短縮”という意味で、“未来と過去を含む、あらゆる場所に同時に存在する者”を指す。

画像: ポールの母親ジェシカは謎めいた集団ベネ・ゲセリットに所属

ポールの母親ジェシカは謎めいた集団ベネ・ゲセリットに所属

原作の設定では、この集団は“人間という種は、動物という種の次の次元に進むべきだ”という理念を持ち、その次元に達する存在を生み出すため、長い年月に渡って婚姻と出産による遺伝子操作を行っている。

ポールは、この計画の中で生まれたため、“あるかもしれない未来”を見る能力を持っている。その能力が、惑星デューンでは、大気中の香料メランジの向精神効果により増強されるのだ。しかし、その計画では、ジェシカはポールではなく女子を生み、その子が“クウィサッツ・ハデラック”を生む予定だった。

劇中に登場する“牛”や“小型ネズミ”が意味するのは?

また、画面に何度も登場する“牛”のイメージも原作を踏まえたものだろう。映画でも、かつてポールの父方の祖父が闘牛で死んだことが語られ、闘牛の彫像や、牛の頭部の壁掛けなど、何度も牛のイメージが画面に登場する。これは原作の、ベネ・ゲセリットの教母がポールに祖父の面影を見る場面を踏まえたものだろう。

画像: ベネ・ゲセリットの教母はポールに祖父の面影を見る

ベネ・ゲセリットの教母はポールに祖父の面影を見る

教母はポールの容貌の遺伝形質を分析し、その目に祖父の面影を見る。そして「あれは勇ましいことの好きな公爵だったねえ──死ぬときまでも(原作より)」と思い出し、教育で身につくものもあれば、天性の素質で決まるものもある、と考える。今回の映画のポールはまだ勇猛さは感じさせないが、監督はポールの今後を予感させるため、牛のイメージを繰り返し登場させたのではないだろうか。

ポールの未来といえば、映画で彼が学習ホログラム中と砂漠で、2度も小型ネズミを見るのも、その前振り。原作ではポールは今後、フレメン集団中での呼び名を何にするかと聞かれて、この小型ネズミの名称“ムアッディブ”と名乗る。小さな体しか持たず砂漠の過酷な環境に適応して生き抜くネズミが、ポールが考える自分のあるべき姿なのだ。

また、逆に、原作にはなく映画にある部分からも、映画の魅力が見えてくる。映画流の脚色は多いが、中でも印象に残るのは原作にはない2つのセリフ。まず、生態学者リエト・カインズの「私が信じるのはシャイー=フルード(巨大生物サンドワーム)だけだ」。彼女は、皇帝でもフレメンでもなく、砂漠に住む巨大な生物が象徴するものを信じる。この人物の姿勢は原作と同じだが、このセリフによってより際立つ。

画像: 巨大生物サンドワームに関する生態学者のセリフは原作にはないもの

巨大生物サンドワームに関する生態学者のセリフは原作にはないもの

もうひとつは、ポールの「父がこの惑星に来たのは、メランジのためでも富のためでもない、砂漠の力のためだ」という言葉。映画では、ジェシカが居住地に戻ることを提案すると、ポールがフレメンと共に行くことを選んでこう宣言するが、原作にはジェシカの提案はなくポールも宣言しない。これは監督があえてポールに語らせたかった言葉なのだ。

もちろん、映画は原作を知らなくても十分楽しめるが、映画と原作を比べると、ヴィルヌーヴ監督がこの原作のどこを愛したのかが、より明確に伝わってくる。

コラム1:映画と原作の共通点・相違点をチェック!

●レトの結婚

映画で主人公ポールの父レトはジェシカに「結婚すればよかった」と言うが、原作ではポールに言う。原作では、2人が愛し合いながら結婚しなかったのは、レトの政略結婚の可能性を保持するためだったと説明されている。

●オーニソプター(羽ばたき飛行機)

映画では昆虫のような形をしている飛行機。原作には、翼を上下に羽ばたかせて空気を掴んで飛ぶ、という描写があるのみ。

●誘導ハンター

映画でポールを暗殺しようとする小型装置“誘導ハンター”は原作にも登場。ポールが冷静に対処しているのは、これがよくある暗殺機械で、貴族の師弟なら誰でも幼少時から注意するよう叩き込まれるから。

●恐怖を退ける連禱

映画でポールが教母から試練を受けている時、ジェシカが唱えているのは、ベネ・ゲセリットの祈祷の言葉。要約すると「恐怖は心を殺すもの。私は恐怖を通過させる。その後には、ただ自分だけが残る」という内容。原作では、これをポールが心の中で念じる。

画像: レトとジェシカが結婚していない理由とは?

レトとジェシカが結婚していない理由とは?

コラム2:アトレイデス一家の容貌は原作の描写そっくり!?

アトレイデス家のキャスティングは、原作の描写を意識しているかも。原作には以下のような描写がある。

  • ポール
    顔はジェシカのそれに似て卵形/髪は父公爵似で、石炭のように黒く、くせが強い
  • レト公爵
    肌の色はオリーブのそれのように浅黒い/グレイの目はおだやかな光をたたえているが、顔つきは精悍そのもの
  • ジェシカ
    卵形の顔を縁どるのは、磨き上げたブロンズのような赤褐色の髪/スタイルはいいが、肉づきは少々薄い。そして、原作にはレトがジェシカを見ながらこう思う場面がある。「ジェシカはアトレイデスの血統に王侯然とした美しさを取り戻させてくれた。ポールが母親似なのはまことに喜ばしい」。レトの想いに思わず納得!?
画像: 原作の描写に沿ったキャスティングが実現

原作の描写に沿ったキャスティングが実現

『DUNE /デューン 砂の惑星』
全国公開中
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引用・参考文献:フランク・ハーバート著,酒井昭伸訳(2016)
『デューン 砂の惑星〔新訳版〕』,ハヤカワ文庫

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