〜今月の3人〜
土屋好生
映画評論家。ひきこもり生活にもすっかり慣れた矢先、飼い猫の死に。「ペット・ロス」生活がこんなに辛いとは…。
久保田明
映画評論家。ついに映画上映がほぼ通常に戻った。ファンはスケジュールをよく確認して映画館へ♪
前田かおり
映画ライター。早めに打ったインフルエンザの注射痕が超絶痛い。左手なので遅筆の理由にならず、痛恨の一撃!
土屋好生オススメ作品
スウィート・シング
大人社会の歪みに耐え希望の光のもとへ旅立つ姉弟の姿が切なく哀しい
評価点:演出5/演技5/脚本4/映像5/音楽5
あらすじ・概要
優しいけど頼りない酒浸りの父と、新しい恋人に拐かされて家を出た母親。そんなひとり親家庭に育った15歳の姉ビリーと11歳の弟ニコ。仲のいい姉弟と友達の3人は理不尽な大人に反発して逃走と冒険の旅に出る。
かつてどこかで見た記憶の中の映像のようであり、いやそこにオリジナルな映像の新鮮な輝きを見るようでもあり…と不思議な感覚にとらわれた。冒頭はまるでチャップリンの無声映画のようであり、16ミリカメラを駆使したドキュメンタリー映画のようでもあり…。いずれにせよ映像の喚起力というか、最大限映像の力を信じた作り手の情熱がここかしこに見られて時空を超えたモノクロームの世界に引き込まれていく。
思わずあっと驚きの声をあげてしまったのはそのモノクロームの世界を切り裂くようにスクリーンから飛び出す鮮やかなカラー映像。その色調はそれまでの灰色の世界を無化するような鮮やかさで観客の心をつかんで離さないのだ。
のんだくれの父親と姉弟のひとり親家庭と、恋人の下へ去った母親との確執など様々な困難に直面しつつも、大人社会の歪みに耐えそれを乗り越えようとする姉弟がやがて希望の光の下へと旅立つ、その切なさと哀しさ。家族を演じる俳優は監督の身内というが、この映画自体が監督の自画像なのかもしれない。
©2019 BLACK HORSE PRODUCTIONS. ALL RIGHTS RESERVED
久保田明オススメ作品
ドーナツキング
ドーナツで財を成したカンボジア移民の男の運命にアメリカの表と裏を見る
評価点:演出5/演技3/脚本4/映像3/音楽3
あらすじ・概要
家族総出でドーナツを作り、後から来た仲間たちにノウハウを教えるテッドー家。支店も増え、順調に思えた時、思わぬ事件が巻きおこる。ドーナツ店の明と暗を通して、アメリカ社会を見つめるドキュメンタリー。
カリフォルニア州のタスティン、1975年。カンボジア出身のテッド・ノイは給油所で働いていた。あるときドーナツのとてもいい香りがして、この匂いと共に暮らそうとウィンチェルの店で修行。それから早44年。当時はアメリカに渡ったばかりの右も左も分からぬ青年だった。現在ではカリフォルニア州のドーナツショップの大半を占めるカンボジア系住人たちのルーツと内実を描いたドキュメンタリー映画。
1975年4月、内戦で首都プノンペン陥落。丸裸の状態でアメリカに渡り、やがて仲間たちと財をなしたテッド・ノイの成長と没落を描く。仲間を助けた男の皮肉な運命。いまでは誰も彼を憎んでいないけれど、これもまたひとつの流転だ。アメリカという国の表と裏だ。
『最後の決闘裁判』『ハウス・オブ・グッチ』と新作も続々のリドリー・スコット監督のプロデュース作品。女流監督(アリス・グー)ならではのクールでユーモラスな視点が光る。なんかドーナツを食べたくなった。甘くて、しょっぱい、人生の味!
©2020- TDK Documentary, LLC. All Rights Reserved.
前田かおりオススメ作品
玆山魚譜 チャサンオボ
好奇心と知識欲が旺盛な師弟関係の2人が海洋生物学書を編纂していく様が面白い
評価点:演出5/演技5/脚本5/映像5/音楽4
あらすじ・概要
19世紀初頭の朝鮮時代、島流しに遭った天才学者チョン・ヤクチョン。海の生物に関心を持った彼は島の若き漁師チャンデと出会い、互いに師となり友となり、海洋生物学書「玆山魚譜」(チャサンオボ)の作成をしていく。
19世紀初頭の朝鮮時代に韓国で書かれた海洋生物学書『玆山魚譜』。この著者で学者チャン・ヤクチョンと、彼を支えた若き漁夫チャンデとの師弟関係を描いた人間ドラマ。面白いのは身分も歳も違う2人が、人一倍好奇心と知識欲が旺盛だったこと。片や海の生物を極めたい、片や学問をもっと学びたい…。互いの利益が合致して知識のギブ&テイクを始めていく。
天下一の才人ながら、島流しの憂き目に遭ったヤクチョンを演じるのは韓国映画界きっての名優ソル・ギョング。戸惑いながらも次第に島の暮らしに順応し、庶民のための魚類本を書きたい欲望が沸いてくる学者の性を喜々として演じる。チャンデを演じるピョン・ヨハンとの相性もいい。
監督は『王の男』(2005)『金子文子と朴烈』(2017)など時代劇映画の名匠イ・ジュニク。他の出演陣も映画、ドラマの芸達者を絶妙に配置している。特に『パラサイト 半地下の家族』(2019)のイ・ジョンウンがまさかの色気で好プレー(笑)。モノクロで描かれる海や島の風景の中で紡がれていく師弟の絆はとても豊かで美しい。海辺で微笑む2人の姿が心に沁みる。
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