答えは観客に委ねられる?
知的探究心を刺激するストーリー
映画は、単純明快なストーリーではなく、観客の知的探究心を刺激するストーリーでも、世界的大ヒットになる。それを証明したのも『マトリックス』の大きな功績だ。後にクリスファー・ノーラン監督の『インセプション』(2010)『TENET テネット』(2020)といった知的SF映画が誕生したのも、この三部作の世界的大ヒットがあったからではないだろうか。
全体のストーリーを簡略化するとこうなる。第1作では、主人公ネオが、自分が現実だと思っていた世界が、実は人工知能に見せられている仮想現実世界=マトリックスであることを知る。第2作では、現実世界とマトリックスで2つの戦いが同時展開。現実世界では人類と人工知能が放った殺戮マシンが戦う。一方、マトリックスでは、ネオが自分の使命を果たすため深層部に潜る。
第3作はその続き。最後にはネオが現実世界に戻って人工知能のマシンシティを破壊し、人類を救うのだが……。第1作は仮想現実を、第2作は前作の対極にある生物の溢れる現実世界を、第3作ではその2つの世界を超えようとするものを描く物語として見ることもできる。
と、大筋は単純だが、物語の細部は単純ではない。第2作、第3作ではマトリックス世界の仕組みが解明されていくが、プログラム、バックドア、アノマリー(例外)などの用語が人間や建物の姿で登場し、その全貌はなかなか見えてこない。また、第3作のラストでは2つの世界の境界を揺るがすような出来事が起こり、その解釈は観客に委ねられる。仕掛けられた謎の答を、あれこれ考えるのがこの三部作の醍醐味なのだ。
神話から現代思想まで、引用の数々が想像力を刺激する
『マトリックス レザレクションズ』予告編で流れる音楽はジェファーソン・エアプレインの「ホワイト・ラビット」で、ジェシカ・ヘンウィック演じる青い髪の女性には、ウサギのタトゥーがある。これは第1作のネオがモニターに映る「白いウサギの後を追え」という文字を見て、腕にウサギのタトゥーのある女性を追ったことを踏まえたもので、元々は「不思議の国のアリス」の引用。ネオが第1作で見た黒猫も登場。すでに予告編からこうなので、新作に多数の引用が登場するのは間違いない。
三部作はそもそも主要登場人物の名前も、ネオはギリシャ語の「新しい」、トリニティはキリスト教用語の「三位一体」、モーフィアスはギリシャ神話の「夢の神」。それだけでキャラクターのイメージが湧く。
監督たちは、三部作の発想の源についても明言。2人は情報流通の世界をヴァーチャル空間化して描く、ウィリアム・ギブスンらのサイバーパンクSF小説の大ファンで、仮想世界という発想はこれらのSFと共通。また、出演者たちに読むことを勧めたフランスの思想家ジャン・ボードリヤールの著作「シミュラークルとシミュレーション」は、ネオがデータを隠しておく書物として映画に登場。この本が描く〝世界は本物でも偽物でもなく、独自の価値として流通する一種の記号によってできている〞という発想は、まさにマトリックス的。こうした引用の数々を見つけ、その意味を探ると映画がますます面白くなる。この愉しみは『マトリックス レザレクションズ』でもたっぷり堪能させてくれるはず。
『アニマトリックス』(2003)は人気映画のスピンオフ・アニメの先駆けだった?!
今、人気映画と同じ世界観を持つスピンオフ・アニメシリーズが増えている。『スター・ウォーズ』世界の新たな物語を描くアニメ『スター・ウォーズ:ビジョンズ』、マーベル映画世界の「もしも」を描く『ホワット・イフ…?』がその代表。2017年にも映画『ブレードランナー2049』に先駆けて、前作との間に起こった出来事を描く『ブレードランナー ブラックアウト2022』など短編アニメ3作が製作されたのも記憶に新しい。
これらのスピンオフ・アニメの先駆けとなったのは、2003年製作の『マトリックス』のスピンオフ、全9作の短編アニメ作品集『アニマトリックス』かもしれない。同じ世界を自由な発想で描くアニメの数々が、原作映画の新たな魅力を引き出してくれる。この分野でも『マトリックス』の影響は大きい。
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