カバー画像:©️Masahiro Miki
ホウ・シヤオシェンほか、台湾の映画監督からの影響
── そうですよね。私は、奥原さんのように、多くの映画監督さんが、映画監督になる前に多くの映画を観ていることを知るにつけ、映画監督志望の方にお目にかかったりすると、「映画をとにかく観る」と良いですよ、などと言ってみたりしています。
ところで、今回の作品の字幕までご自身で手がけられていらっしゃいますし、台湾との合作作品についてのこだわりやご縁ってどのようなものですか?
ミニシアターブームに一翼を担っていた、台湾のホウ・シャオシェン監督などの影響があったりして、でしょうか。
そうですね。ホウ・シャオシェン監督作品、最初に観たときはショックを受けましたね。大学生の頃だったか。
── どの作品ですか?
『恋恋風塵』(1987)ですね。こういうのも映画なのか、というような新鮮な驚きで。
── ホウ・シャオシェン監督と言ったら、ヨーロッパの監督にも大きな影響を与えていますね。フランスのオリビエ・アサイヤス監督は、シャオシェン監督へのリスペクトを込めて、ドキュメンタリー映画『HHH:侯孝賢』(1997)まで作りましたしね。
ああ、あのドキュメンタリーは面白かったですね。
それから、エドワード・ヤン監督、ツァイ・ミンリャン監督と観ていき、この3人の監督は、私にとっては特別な存在です。
── なるほど。で、台湾という場所にも興味を持たれたんですね。
マレーシアやベトナム、台湾も旅したりしており、一昨年、アイリスの仕上げもあり日本に戻ってから、コロナ禍が続いているので足止めされたままですが、北京には以前から住んでいます。
だから、今回の作品の舞台となっている金門島も知っていました。大陸(中国本土)とは目と鼻の先の場所で、国境がありますが、船ですぐの位置です。
── 日本と中国の戦いの場にもなった所で、そんなことがなかったかのように、美しく静かな場所であることを本作で知り得ました。金門島の北山というところが舞台ですね。
まあ、金門島は内戦もひどかったんですね。そこの北山という場所にある民宿のようなホテルに泊まった折に、小説の『ホテルアイリス』を映画にするなら、ここしかないとつき動かされました。
映画化するにあたり、ロケーションを日本で探すつもりはなかったですが、舞台となるホテルを国外のどこにするかは模索していたところでした。
北京から近いので、金門島にちょっと行ってみようかなと……。それが今から5、6年前だったかと……。
金門島に魅了されての映画づくりのスタート
── それにしても、金門島に行ったことで、背中を押されて映画を撮るぞと、エンジンがかかる。何だかそれも映画的で、素敵なことですね。
それに、作品を観てもわかりますが、今回のロケーションだからこそ、幻想的で難解で謎を感じさせられると思わされます。しかも、小川さんの作品は文学ですから、単なる「官能」では終わらせられない、「芸術」の領域に、映画は完成出来たのでは、と思いますが。
思うに、小川洋子さんの作品と自分は相性がいいと思うんです。小川さんが書こうとしているテーマは、(小川洋子さんの原点ともいわれる)あの『アンネの日記』(1947)にも明らかなように、いつも全体的に「少女が閉じ籠る」「少女が幽閉される」というような世界観があると思います。それを私が受け止めることが出来れば、後は映像を撮ればいいわけなんです。
そういう時に、撮る場所が日本だと、不思議にも思えることですが、自分が日本人であるから先入観もあったり、意識しすぎかもしれないんですが、カメラを向けると、どこも日本ですから……ね。日本的情緒があっては困るんで、撮れないんですね。
── 小川さんご自身も、本作の描かれ方に喜んでいらっしゃるのでは?
そうなんです。当初は心配されていたようです。「エロ」映画になってしまうのではと(笑)。
── 「エロ」と「エロス」でも、だいぶ違いますものね。
そうです。最初は私の脚色部分も多く、登場人物や事件も加味していまして。脚本を小川さんに読んでいただきましたら、そのままでは困るというお返事をいただきまして。
── それで、書き直された?
そうですね。でも、そのことによって原作と再度向き合い、良いものが出来たのではと思います。
── どんな人物を設定されたんですか?
うーん、というか、つまり、余計な人物を登場させると「謎」が減って、物語めいてしまうというか……、そういう感じでした。
原作をより美しく描くには
── 中年の男と少女の秘密の関係というと、大人の女になる前の少女の好奇心というか、純愛が男を破滅させるみたいな世界は文学や映画でも、結構、普遍的でもありますけれど……。
二人のコミュニケーションでもあるんです。
── なるほど。二人の世界ですね、秘密の。
だから、この映画で、原作にいない人物といったら、リー・カンションが演じた(男のいる島に船を渡したりする)海辺にある店の男。この人物には、小川さんも気にいってくださっているし。
── ああ、いい味出していますね。台湾合作ならでのキャスティングですね。
で、その台湾との合作になったいきさつというと……?
そもそも、本作に関わることになったきっかけは、遡ってみますと、官能的な映画を作る企画の相談を受けたことがあり、その時、小川洋子さんの『ホテルアイリス』に注目したことからです。
結果的に、その企画はなくなりましたが、脚本は出来ていましたから、改めて自分で撮ってみたいと思い動きました。でも、日本国内ではなかなか乗ってくれるところも少なく、脚本を中国語にして、前作『黒四角』に出資してくれた中国のプロデューサー、李鋭さんに相談したら、乗ってもらえまして。
そして、以前に自主映画を撮りたいと来日した折、私が制作の手伝いをして一緒に仕事をしたことがあった、台湾の映画監督の陳宏一さんも賛同してプロデューサーにもなって下さった。彼の制作会社、紅色製作有限公司が本作の制作を手がけてくれるという運びにもなり、編集もしてくれたんです。