作家・小川洋子作品としては、異色とも言われる、1992年に発表された『ホテルアイリス』が映画化された。禁断の恋を描いた原作にこだわり、長い歳月をかけてついに完成させたのが奥原浩志監督。場所を台湾に求め、美しくも妖しい金門島に魅せられて撮り始めることが出来たという、その足跡をインタビューでたどることが出来た。
カバー画像:©️Masahiro Miki

台湾合作作品だから出来たこと

── すごい行動力と、素晴らしい人脈です。

編集を自分以外の人に任せるというのは初めてでしたが、監督は撮ったものを客観的には観ることが出来にくいもの。今回はそのことが良い方向に向かったようにも思います。もちろん、まかせっきりではなく、自分の意見を反映もしてもらっています。

── で、話は戻りますが、小川さんと奥原監督の今回の世界は、ちょっと飛躍してもいるかもしれませんが、私などは、『シベールの日曜日』(1962)を思い出させてくれました。

現実にも、たびたび起きている少女と大人の男の交流というものに、世間は当然のこと、目くじらを立てる。そして、男が悪くて、少女は犠牲者みたい伝えられる。男は世間から排除されるみたいなことになりますよね。

ああ、そういう点では、フランス映画もどこかで参考になっていると思います。ただ、今は時代が変わって、こういう世界はそう簡単には描けないですよ。

── そうなんです、コンプライアンス。ポルノのジャンルなら別ですが、こういうテーマは凄く、自主規制や忖度されやすくて、扱わないみたいな。そうなると、テレビとは違うのに、映画もつまらなくなってしまう。

そうそう、みんなやらないから、そこに挑んでみたい気持ちもありましたね。

やってやろうと。

── こちら、観る側ですから、無責任にも、やったー、やって下さったー、と拍手!(笑)

でも、すっごく気を遣いました。誤解されそうなセリフ削ったし。苦労はしましたよ。

── それで、そのへんのことは、宣伝段階では、ビジュアル面でもサラリと表現されていますが、どのくらい「禁断」なのかは、あまり出さない方がいいと考えているんですかね。美しく、全体像を明らかにしないワンシーンごとに、観る側は、秘密の時間を覗き見ているような演出に魅了されれていく。

うーん、まあ、そうですね。とにかく彼女、主演のルシアさんは難しいシーンを良く演じたと思いますよ。出ずっぱりに近いですから。そして、相手は永瀬正敏さん。台湾でも彼の映画はいくつも観られていて、彼の存在は知られています。

台湾映画『KANO 1931海の向こうの甲子園』(2014)の大ヒットで、決定的に認知されたみたいです。ちなみに『KANO 1931海の向こうの甲子園』(2014)の監督は今回、マリの父親役で出演しているマー・ジーシアンです。

新人女優を台湾で起用

画像: 新人女優を台湾で起用

── それにしても、彼女の落ち着きぶりは大したものです。危ういシーンを臆せず堂々と演じています。日本の女優さんだったら、ああはいかないでしょうね。

最初から、その選択肢はなかったですから。

彼女なりのプレッシャーはあったと思いますが、良くやり抜いてくれた。

── むしろ、からみだったら演じる男優、女優で緊張を分かち合えるところも、彼女の今回の演技は、女優が一人で演じるということですから、その場を支えたということですよね。何らか賞を獲ったって良いくらいの取り組み方でした。

そして、それはキャステイングに成功なさったということでしょう。

うん、うん、そうですね。

── そして、永瀬正敏さんの清潔感があるから、「官能」にはならないですよね。

そうですね。いわゆる「エロ爺い」みたいなものがない方ですから、あの役者さんとしてのストイックさが演技にも滲みます。

── 今回の男を演じるにあたり、ずいぶんとアドバイスをもらえたとのことですが?

そうですね、この役はやりがいを感じていただけるだろうと、まずは脚本を読んでいただき、会うことになりました。お会いいただくということは、役を引き受けてくれるということです。でも、お忙しい身ですから、お会いした時はもう、カメラ回っているみたいな状況でした。

それで、映画づくりに俳優と監督が仲が良くなくてはならない、ということもありませんから、(意見相違はあって当たり前とは思いますが)お持ちになった彼が演じる「翻訳家」についてのアイデアと、私のイメージに差があり、そこでだいぶ意見を交わしましたが、まずは思うように演じていただきまして。それを見せてもらい、私が修正を入れていくという感じで進めていきました。

何しろ、彼はただものではない監督の下で、若い頃から演技をしてきたキャリアがあるわけですから、俳優としての技術が凄い。

永瀬正敏の俳優技術と映画への愛

── ジム・ジャームッシュ監督の作品で演じてもいますしね。

それと、相米慎二監督、山田洋次監督の作品でも演じていますからね。

── この拙連載の前回でご紹介しました松居大悟監督『ちょっと思い出しただけ』(2021)にも、ちょっとだけ出演されていましたが、映画づくりを応援するみたいな姿勢が素晴らしい方ですね。

そう、映画愛がある方です。

── そういう永瀬さんの演技も含め、監督は具体的に、「エロス」と「芸術」の境界線について、撮りながらのご苦労はありましたか?

「エロ」と「エロス」も、「ス」が入るかどうかでえらく違いますね。

「エロ」だって立派にアートになり得ると思いますが、今回は「エロス」の方です。 腐心したというほどのことはありません。

原作がありますし、そこで描かれている世界は「エロ」とは無縁のものですから。 マリの体が不自由な状態に置かれ、そこで生まれる不自然な体の動きを撮りたいと思い、撮影に臨みました。 それによってマリの欲望や心理状態を表現したかったのです。 役者、スタッフとも共通の認識を持っていたので、その意味ではあまり戸惑うこともありませんでした。

ただ、具体的にどうするかということでは悩みましたが、そういう時は、撮影監督のユー・ジンピンと永瀬さんに助けられました。

ジンピンは写真家から映画に入っ方なので、非常にアイデアが豊富でしたし、 永瀬さんはいつも、「もっと何かあるはずだ」とやはり様々なアイデアを提案してくれました。

── そうだったんですね。

完成した作品をご覧になって、原作者の小川洋子さんはどう感じられたんでしょうか?

直接うかがえてはいないですが、恋愛というものは、本人がこれが恋愛なんだと思えば、例え他者がそれを否定したとしても、紛うことなき恋愛だと。たとえそれが一方的であっても幻想であっても、不可思議な形態であっても。この映画にはその特異な恋愛の様が見事に描かれている。というようなご意見を述べられているようでした。

── 予定時間を大幅に上回り、貴重なお話をありがとうございました。

いや、いや、こちらこそインタビューしていただいて、いろいろ想い起すことも出来て良かったですよ。

画像: 永瀬正敏の俳優技術と映画への愛

(インタビューを終えて)

北京在住のご経験もあり、日本国外にも広く目を向ける奥原監督だからであろうか、インタビューにお答えいただく姿勢が、フランクで大陸的で、初めてお目にかかった気がしない。リラックスした楽しい時間が流れた。

日本の小説を台湾で花開かせる映画作り。

『ホテルアイリス』が外国映画のような魅力を持って、登場することに成功している。だから、男と女の「禁断」のコミュニケーションの話が、「エロス」を越えて、「芸術」作品として感じることが出来るのだ。

原作者からも、「特異な恋愛の様が見事に描かれている」と評価された、この作品は女性がときめいて愉しめる映画となった。

『ホテルアイリス』
2021年2月18日(金)より、新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ渋谷、シネ・リーブル池袋 ほかロードショー

画像: 小川洋子禁断の小説がついに完全映画化!『ホテルアイリス』官能の予告編30秒版 youtu.be

小川洋子禁断の小説がついに完全映画化!『ホテルアイリス』官能の予告編30秒版

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監督/奥原浩志
製作/北京谷天傳媒有限公司 、長谷工作室 、紅色製作有限公司
プロデューサー/李鋭 、奥原浩志 、陳宏一 、 浅野博貴 、 山口誠 、小畑真登
原作/小川洋子(『ホテル・アイリス』幻冬舎刊)
攝影/ユー・ジンピン(余靜萍)
音響/チョウ・チェン(周震)
美術/金勝浩一
衣装・メイク/KUMI 、 花井麻衣
音楽/スワべック・コバレフスキ
編集/陳宏一 、 奥原浩志

出演/永瀬正敏 、ルシア(陸夏)、菜 葉 菜、寛 一 郎 、大島葉子、
マー・ジーシアン(馬志翔)、パオ・ジョンファン(鮑正芳)、 リー・カンション(李康生)
日本語字幕翻訳/奥原浩志
宣伝デザイン/成瀬慧(resta films)
予告編監督/遠山慎二(resta films)
配給/リアリーライクフィルムズ、長谷工作室

2021年/日本・台湾合作/100分/日本語・中国語/ビスタサイズ/5.1ch

公式Facebook/https://onl.la/AhgYCQq
公式Twitter/@hoteliris_movie

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