今年のカンヌ国際映画祭の「ある視点部門」正式出品、みごと「カメラドール スペシャル・メンション」(Caméra d'or Special Mention)を受けた日本映画『PLAN 75』。初監督作品にして、この特別な栄誉を手にした女性、早川千絵監督には受賞前から注目していた。ハードなテーマへの取り組みや、監督にとっての映画づくりとは? どうして映画を作り続けたいのかなどなど、うかがいたいことは山のようにあった。
カバー画像 写真撮影:西山勲

初長編作品で描きたかった、危機感

── そうなんですねー。それで、パルマ氏いわくの「あなた、今まで何していたの?」と感嘆させることになる! とにかく45歳には、どうしてもお見受けできないし(笑)。

さて、その長編初作品となった『PLAN 75』ですが、『ナイアガラ』にも主人公の祖父母が大きな存在として描かれていて、早川監督は身近にお年寄りがいたりして介護問題などに直面した体験から、このようなテーマで作品を作ろうとなさったのですか?

カンヌ映画祭では、その国のネイティブなテーマを描いた作品を評価しますし、長寿大国の日本が抱える問題を世界に投げかけるという想いがあってのことでしょうか?

画像: 初長編作品で描きたかった、危機感

高齢者や高齢化問題に特に興味があったというわけではないんです。『PLAN 75』は社会的に弱い立場にいる人たち対する社会の不寛容な空気に対する憤りがモチベーションとなって作った映画です。

『ナイアガラ』は単に自分が撮りたいものをたくさんつめこんで撮った作品で、こちらも高齢者や介護問題をテーマにした作品というわけではありません。

── なるほど、そうでしたか。

『PLAN 75』を作るにあたっては、2016年に相模原で起きた障害者施設殺傷事件が大きなきっかけとなりました。社会で役に立たない人間は生きている価値がないという犯人の発言。政治家や著名人による差別的な発言も頻発しました。

社会的に弱い立場の人たちへの風当たりが強くなっていると感じ、このままいったら、『PLAN 75』のような制度が生まれても不思議はないのじゃないかと危機感をもちました。高齢者をモチーフにしたのは、歳を取れば誰もが高齢者になるので、自分ごととして捉えやすいのではないかと思ったからです。

── なるほど。それにしても日本では、障害者やお年寄りに福祉面でも本当に手薄いです。誰にとっても、明日は我が身のはずなのに。

倍賞千恵子さん演じる、主人公がこのプランを希望すると、普段は年寄りなんかには邪険なはずの役所の担当や関係者たちが、死を迎えるその日まで実にていねいに接します。その対応に恐怖を感じずにはおれませんでした。

それで、主演の倍償千恵子さんへのオファーはどのようにして、出演が実現しましたか?

脚本を書き終えて、キャスティングを考え始めた時、ミチという女性がみじめに見えないような、凛とした強さと美しさをもつ方に演じてもらいたいと思いました。真っ先に浮かんだのが倍賞千恵子さんでした。

── 倍賞さんは、最初はこの架空のプランを酷過ぎるという印象を持たれたそうですが、脚本を読んで、俄然興味を持たれたとか?

そうですね。脚本を読まれた後、監督に会ってから決めたいとおっしゃられ、お目にかかることになりまして。直接自分の想いや考えを伝えることができました。その後すぐに、お引き受けいただけるとお返事をいただきました。

映画は観る人と完成させる。観る人と繋がれることを願って作り続ける

── 「プラン75」を選ぶことになる倍賞さん演じるミチを、ほぼ全編を通して定点観察していくような演出です。彼女がぐいぐいと映画を引っ張って行って、緊張感あふれる映像が成り立っているという印象ですが、どのように、超ベテランの女優さんを演技指導したのでしょうか?

画像: 映画は観る人と完成させる。観る人と繋がれることを願って作り続ける

ほとんど倍賞さんにお任せして、演じていただいたという感じです。脚本を書いている時から、シーンとして成立するか不安だった箇所も、倍賞さんが演じられるとしっくりくる、ということが何度もありました。

── 素晴らしいですね。とことん、人に恵まれてしまう早川千絵監督なんですね。

そんなこの作品、観る方にはどういう風に受け止めてもらいたいですか?

そうですね、この作品は、観る方によって色々な受け止め方ができる映画だと思います。私の手から離れた後は、観客のみなさんの感受性によって無限に形を変える映画になって欲しいです。

── 最初の作品にして大きな評価を得てしまったわけですが、自他ともに次回作への期待は大きいと思います。長編だけでなく短編もまた作り続けますか?

例えば、この連載にもご登場いただきましたが、『ドライブ・マイ・カー』(2021)の濱口竜介監督は、その後に、エリック・ロメールへのリスペクトを込め、短編オムニバス作品『偶然と想像』(2021)を打ち出したりされました。

『偶然と想像』は大好きな作品なので、濱口監督の次の短編集を心待ちにしています。私もまたいずれ短編を作りたいという気持ちはあります。

── 最後に、監督にとって映画とは? そして、映画を作り続けることについての想いをお聞かせいただけますか?

映画を見ることで、自分と同じように世界をまなざす人がいることを知り、そのことに救われてきたという思いがあるので、自分も誰かにとってのそういう映画が作れたらと思っています。

── ありがとうございました。

(インタビューを終えて)

小学校四年生にして映画に目覚めた少女は、映画がこの世界のどこかで自分と同じ想いの人との絆を結んでくれることに気づき、その後何度も救われて、その力に惹きつけられていったという。

さらには、その想いは持続して、そういう映画を自ら作って世界中に問いかけてみたいと映画監督への道を歩ませて行く。

映画を作りたいという情熱に変わりはないが、早川千絵監督の映画への想いは、野心たぎる自己の熱さではなく、あくまで映画を媒介とした他己への静かな愛のメッセージのように思える。

だから、これからも彼女に次々と手を差しのべる人々が現れ、彼女の映画愛を支えて行くことだろう。

『PLAN 75』を観る人誰もが、彼女と一緒にこの作品を完成へと導いてくれることを願う気持ちで一杯になった。

私事で恐縮なエピソードであるが、インタビュー当日、前歯2本治療中のため、抜けたままお話をうかがうことになった。

「鬼婆みたいで、お見苦しいと思いますが……」

と私が言うと、

「いえいえ、これから永久歯が生えてくる少女のようで可愛いじゃないですか」

と対応いただいた。

そういう素敵な人なのだ。勇気づけられた。

『PLAN 75』
2022年6月17日(金)より、新宿ピカデリーほか全国公開

画像: 6/17公開 映画『PLAN 75』予告編 youtu.be

6/17公開 映画『PLAN 75』予告編

youtu.be

監督・脚本/早川千絵
脚本協力/Jason Gray
出演/倍賞千恵子、磯村勇斗、たかお鷹、河合優実、ステファニー・アリアン、大方斐紗子、串田和美ほか
エグゼクティブ・プロデューサー/小西啓介、水野詠子、國實瑞惠、石垣裕之、Frédéric Corvez、Wilfredo、C. Manalang
プロデューサー/水野詠子、Jason Gray、Frédéric Corvez、Maéva Savinien
企画・制作/ローデッド・フィルムズ
製作/ハピネットファントム・スタジオ、ローデッド・フィルムズ、鈍牛俱楽部、WOWOW、Urban Factory、Fusee
配給・宣伝/ハピネットファントム・スタジオ
2022年/日本・フランス・フィリピン・カタール/112分/カラー/アメリカンビスタ/5.1ch
©2022『PLAN 75』製作委員会/Urban Factory/Fusee

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