女優を輝かせる脚本と、キャラクター重視の映画作り
── ラウラ・ビルンさんもクリスタ・コソネンさんも、フィンランドで人気の高い国民的存在の女優さんですよね。国際的にも活躍されています。
ビルンさんは『Purge』で、コソネンさんは『ラストウオー1944 独ソ・フィンランド戦線』でと、お二人ともフィンランド・アカデミー賞最優秀女優賞に輝いています。そのような女優さんの才能を見極める力というのはどのようなものだとお考えになりますか?
映画を作る人々のほとんどが、まず、賞を獲ることを確信しながら作ることは出来ませんよね。それを意識しだしたらモチベーションの持ち方も変わってしまうでしょう。
映画作りに貢献するようなことは何なのかというなら、まず脚本がすべてだと思います。妻のクリスタとも、何度かコラボレーションしてきましたが、女優が演じられる、ちゃんとした脚本を書くということが重要です。
── よくわかります。
本作のラウラについても、同じことです。画家を取り巻く環境、私的なことを今回描いたと思うんですが、そのことを女優がいかに理解してくれるかということが「鍵」になってきます。それには、やっぱり、まずは脚本ありき。脚本の力が大きいですね。
そして、私はプロット(物語の筋書き)より、キャラクターをベースにした映画作りを重視して撮っています。それが私のモチベーションになっていますし、私自身がそのキャラクターを学んでいくということで、その映画に対する想いが深まっていくのです。
全編で魅了する、シンプル・モダンなコスチューム
── 素晴らしいお答え、ありがとうございます。
ところで、本作で惹きつけられることの要素の一つが、シャルフベックのコスチュームなんです。彼女自身、パリで暮らした経験もあるだけに、ファッションにとても興味があったようですね。
彼女が登場するたびに、一つとして同じ装いがないほどで、目が離せませんでした。そのファッションはシンプルでモダンの極み。ココ・シャネルのモード作りにも通じるようなスタイルでした。
そうです。ファッションは絵画と同じくらい、彼女の人生に大きく影響を与えていたんです。パリに暮らしていたということもあってのことでしょう。
小さな町に住んでいましたが、フランスだけでなく、イタリアやイギリスのモード雑誌に掲載されるようなファッションに魅了されていました。
それらの国々のモード雑誌を取り寄せては、母親と一緒に、型紙から服を作り身に着けていた。おっしゃるとおり、ココ・シャネルと重なるところもあるかもしれません。
また、そういう服を絵画作品のモデルに着せて描くということにもこだわっていたのです。モデルとなった人々は、ごく身近な存在の農家の女性だったんですけれどね。
── それを再現する監督のこだわりはいかがなものでしたか?
ですので、映画作りでも彼女が着ていたであろうコスチュームの素材に近いものを、フランスやイタリア、イギリスなどから取り寄せて作りましたよ。
── そうだったんですね。そういうこだわりが、ていねいで美しくて凛としたものが漂う、今回の映画を生み出したのですね。
こんな風に、シャルフベックについて語れるのは、私自身とても楽しいことなんです。
図らずも、フィンランドという国を映画で描いていく
── もっといろいろ、彼女についてうかがいたいのですが、最後はやはり、監督のことになります。
アメリカから戻られてからは、当然のことでしょうが、『ラストウオー1944 独ソ・フィンランド戦線』や本作のように、母国についての映画作りが多いですね。そこにこだわりはありますか?
私はアメリカの学校で学び、アメリカでキャリアを積んでいましたが、フィンランドに戻ることにしたのも、芸術家としての自由さが違うということでです。
自分でトピックを考え、監督をしたり、プロデユースをしたり出来る自由さがありますから。
そして、意識していなくても、フィンランドの歴史やテーマを映画にしています。自然とそうなっています。
ですので、次回作には、『カレワラ(Kalevala/フィンランド民族叙事詩)』という物語を原作にして、図らずもまた、フィンランドについての映画を作ることに挑戦する予定です。
── ありがとうございました。
(インタビューを終えて)
フィンランドという国を自然体で映画にしていくというアンティ・ヨキネン監督には、今後も目が離せない。
今回のインタビューは、とても貴重なお時間をいただいて形になったのだった。
当初、予定していた日程は、妻のクリスタ・コソネンさんの急な出産のためにいったんは取りやめに。しかしながら、関係者の皆さんの努力の甲斐あって、本作の公開前直前に、再度お時間をいただけることになった。
仕事に加えて、家事と6歳になるお嬢さんの育児にも追われる日々の中でも、監督は上機嫌で真摯に、本作のことはもちろん、新たな私生活の片鱗をも語って下さったことが胸に響いた。
驚いたのは、オンラインでのインタビューは、出産を終えたばかりの妻に愛車を運転をさせ、生まれたばかりの男児を傍らに寝かせて、ドライブしながらの受け答えでという具合。筆者にとって、想像以上の刺激的で新鮮な体験となった。
前向きで行動的な人間性が、良い映画作品を生み出す力になっていることが伝わる、そんな楽しい時間の中での、忘れがたい、お茶目でまじめなインタビューとなった。
『魂のまなざし』
2022年7月15日(金)より Bunkamuraル・シネマ他にて順次公開中
監督/アンティ・ヨキネン
脚本/アンティ・ヨキネン、マルコ・レイノ
出演/ラウラ・ビルン、ヨハンネス・ホロパイネン、クリスタ・コソネン、エーロ・アホ、ピルッコ・サイシオ、ヤルッコ・ラフティほか
字幕/林かんな
原題/HELENE
2020年/フィンランド・エストニア/122分/カラー
配給/オンリー・ハーツ
後援/フィンランド大使館
©Finland Cinematic