20歳でチャールズ皇太子と結婚式を挙げ、イギリス国民だけでなく世界中の人気を集めたダイアナ妃。しかし幸せは長くは続かなかった。10月14日(金)に公開される映画『スペンサー ダイアナの決意』はダイアナ妃がチャールズ皇太子との離婚を決意したサンドリンガム・ハウスでのクリスマス休暇の3日間を描く。本作のヘアメイクを担当した吉原若菜氏にダイアナ妃を演じたクリステン・スチュワートのヘアメイクのポイントや現場でのエピソード、作品の見どころなどを聞いた。(取材・文/堀木三紀)

PROFILE
吉原 若菜
ヘアメイクデザイナー

日本でキャリアをスタートさせてから24年以上、映画業界でヘアメイクデザイナーとして活躍中。芸術家としてのバックグラウンドもあり、クリエイティブかつ機能的と高く評価されている。これまで特殊メイクからかつら、メイクアップやヘアメイクまで、メイクアップ部門におけるすべての技術を獲得し、マネージャーとして、デザイナーとして今や最も知識のある人物。代表作は、『ハイ・ライズ』(15)、『シンデレラ』(15)、『オリエント急行殺人事件』(17)、『ナイル殺人事件』(22)など。

みんなが覚えているダイアナ妃を作る

――『スペンサー ダイアナの決意』でヘアメイクを担当することが決まったとき、ご自身のどんな部分に期待してのオファーだと思いましたか。

『砂漠でサーモン・フィッシング』(2012年)で一緒に仕事をしたプロデューサーのポール(・ウェブスター)がパブロ(・ラライン)監督に紹介してくれたのがきっかけです。後からパブロ監督に私に決めた理由を聞いてみたところ、何人かいた候補の中で、いちばん自信があるように見えたのが私だったとのこと。彼はダイアナのヘアメイクがこの作品の肝だと考えていたのです。

私は渡英する前、日本のヘアサロンで仕事をしていました。そのとき、スタイリストに昇進するための課題がショートレイヤー、いわゆるダイアナカットでした。

ダイアナ妃の髪形は全部が同じ長さで、とても基本的なカット。それをブローするのも基本的なテクニックです。8カ月くらい毎日、ダイアナ妃のカットとブローを練習していましたから、この技術がしっかり身につきました。それで自信があるように見えたのでしょうね。

ナオミ・ワッツが主演した2013年の映画『ダイアナ』に関わったことも大きかったと思います。このときはナオミのヘアを直接、担当したわけではありませんが、他の方がやっているのを見て、自分ならどうするかを毎回考えていたのです。

この話をパブロ監督に話したところ、「あなたの自信に安心した」と言っていました。

――パブロ・ラライン監督からはどのような要望がありましたか。

仕事の依頼を受けると、資料を集めて、“こういう風なスタイルに持っていく”という提案書を監督に送ります。今回、私がベースにしたのが1994~1995年のものでした。作品は1991年で当時のダイアナ妃は髪がとてもショートでしたが、顔の周りに髪があって、動きがあるとドラマチックに見えると思ったのです。

それに対してパブロ監督は「ダイアナ妃といえばこのスタイルという、みんなが覚えているダイアナ妃を作ってくれ」と1986年にダイアナがサウジアラビアを訪問したときの写真を3枚渡されました。その写真もちょっと長めのスタイルだったので、それをクリステンの顔に似合うように作っていきました。

私とパブロ監督が目指したのはクリステンをダイアナ妃そっくりに見せることではなく、クリステンの中のダイアナ妃を引き出すことだったのです。

画像: みんなが覚えているダイアナ妃を作る

ブラウンのアイシャドウで緑の瞳を青く

――ダイアナ妃は登場シーンでサングラスを掛け、オープンカーを運転していました。髪は風で乱れ、サングラスで目が隠されていましたが、まさにダイアナ妃でした。

あのシーンはイギリスのノーフォークという広々とした田園地帯で撮影しました。撮影のときは風が強く、小雨も降っていましたが、私はそばにいることができず、彼女が運転する車の後ろから別の車でハラハラしながらついていきました。

クリステンはこの作品でダイアナ妃のウィッグを被っています。ダイアナ妃とクリステンでは毛量と毛質がまったく違うので、クリステンの地毛で撮影するとヘアメイクに時間が掛かってしまうと判断しました。ウィッグをセットするときは髪の流れ方を本人の髪と同じ様に仕上げることが大切。髪の流れる方向を無視してしまうとウィッグだとわかってしまうのです。産毛や生え際の髪をクリステンに同じようにセットし、一日中保てるようにブローしました。

またウィッグは額の際にレースがあり、それが見えるとウィッグだとわかってしまいます。完成した作品でレースが見えなかったのでほっとしました。

――メイクはどのように?

ダイアナ妃は鮮やかなアイシャドウと青いアイライナーを使い、マスカラもたくさんつけていたのですが、15年くらいクリステンのメイクを担当しているステイシーが「クリステンに似合うメイクをしたい」ということで、全体としてはかなりスモーキーなメイクをしていました。

ポイント的にはダイアナ妃は目の色が青ですが、クリステンは緑。しかし茶色を合わせると緑に透明感が出て、青っぽく見えるので、アイシャドウはブラウンをベースに使うなど工夫をして、クリステンの顔をダイアナ妃に見せていきました。

この作品はフィルムで撮っています。デジタルでは鮮やかに見えすぎてしまって、リアリティ過多になり、芸術性に欠けるときがありますが、フィルムだと全体的にフィルターが掛かるので、肌が柔らかく見えます。ウィッグのレースも柔らかくなるので、ヘアメイクとしては随分助けられました。
ダイアナ妃を作り上げるにあたりヘアメイクや衣装も重要でしたが、何といってもクリステン自身の努力ですね。アクセントや眼差し、立ち居振る舞いをYouTubeで見て、完璧にマスターしていました。チームワークでダイアナ妃は作られたと私たちは思っています。

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