故郷フランスの作品だけでなく『007 慰めの報酬』(08)や『グランド・ブダペスト・ホテル』(14)など幅広い作品で俳優として活躍し、『スープをお飲み』(97)以降映画監督としてもその手腕を発揮するマチュー・アマルリックが、監督最新作『彼女のいない部屋』の公開を記念して来日。多忙なスケジュールの合間を縫ってSCREEN ONLINEのインタビューに応じてくれた。ユーモアも交えながら一つ一つ丁寧に語ってくれたその模様をお届けする。(取材・本文/杉谷伸子、撮影/久保田司、編集/SCREEN編集部)

本記事では物語の詳細に触れています。鑑賞前の方はお気をつけください。

画像1: 【インタビュー】『彼女のいない部屋』マチュー・アマルリック監督

『彼女のいない部屋』(配給:ムヴィオラ)
全国順次公開中、10月14日(金)よりアップリンク吉祥寺にて公開

マチュー・アマルリック監督最新作。主演は『ファントム・スレッド』や『ベルイマン島にて』のヴィッキー・クリープス。クラリス(クリープス)は車を走らせている。彼女は家族を捨てて家出をしたのだろうか。海外資料にあるストーリーは「家出をした女性の物語、のようだ」という1行のみ。クラリスやその夫マルク(アリエ・ワルトアルテ)、そして夫婦の子供たちの現実と妄想が描かれていく中、ある真実が明らかとなっていく。

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苦しいときでもユーモアを忘れない主人公、クラリス

ーー「家出をした女性の物語、のようだ」としか知らずに観た1回目もものすごく心揺さぶられましたが、すべてを知って観た2回目はさらに沁みました。特にマルクについて訊ねられた同僚が、クラリスに答える言葉が刺さります。この作品が伝えたいことがここでさりげなく語られていたんだ!って。

実はあの台詞は撮影直前に書いたんですよ。マルクの職場としてラ・ロシェルにあるTGVの車両工場をものすごく高い貸し切り料を払って撮影したんです。

貸し切り料があまりにも高かったので、職場の様子を見せるだけで終わるのはもったいないと思って、クラリスとマルクがすれ違って微笑み合うシーンと、ちょっと無視する感じのシーンも作りました。そこでまさにこのストーリーを要約しているようなあの台詞が生まれました。あのあたりからクラリスの想像力は破綻し始めているんです。それでも、あなたの人生を少しでも耐えうるものにするのなら、あなた自身がその想像力をちゃんと使うべきですよ、と。

画像: 苦しいときでもユーモアを忘れない主人公、クラリス

ーー想像と現実の区別がない世界には注目すべき描写がたくさんありますが、クラリスの娘が、ピアニストのマルタ・アルゲリッチのような白髪になって登場するのも印象的ですよね。

クロディーヌ・ガレアの戯曲「Je reviens de loin」を読んだときに、絶望のどん底にいる主人公が想像力で自分を支える姿勢にすごく打たれたんですよね。僕も、ただ重苦しいストーリーにしたくなくて、「何が起こっているんだろう」と観客にいろいろ考えてもらえるように編集しています。

戯曲ではマルタ・アルゲリッチになるのは、娘じゃなくて母親なんです。娘にピアノの練習を強制するような母親だったので、話を複雑にしないためにこの関係性はシナリオに入れないことにしました。そこで、娘がアルゲリッチの姿になったのをクラリスが想像することにしたんです。じゃあ、若いアルゲリッチにするのか、年齢を重ねたアルゲリッチにするのか考えた時に、白髪にしようと。そこを膨らませたのは僕自身。衣装についても戯曲のト書きにはなくて、僕が自分で色や服装を考えました。

そんなふうに娘が白髪になっていたり、急に夫が洗面所で裸になって、贅肉を気にしていたり。クラリスは、苦しい時でもユーモアのセンスがある。そこにすごく心を打たれます。

そのユーモアセンスは、ときにブラックユーモアにも達する。フランス語では、なかなか来ないものを「雪どけを待つ」というんですが、いつになったらピアノを買ってもらえるのかと不満な娘が「雪どけまで待てってわけ?」と言うシーンがあります。すると、クラリスは自分のその想像にクスっと笑う。雪どけを待つのは、現実にはクラリスにとってはキツいことだけれども、そういうときでもブラックユーモアで笑ってみせる。そこがクラリスのすごいところです。

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