猛毒ガスが、世界を滅亡させるクリスマスイブを描く
カミラ・グリフィン監督は、これまで数多くの短編作品を手がけ、国際的映画祭で上映を果たしてきたが、本作『サイレント・ナイト』が初の長編映画となる。
監督としても『X-MEN:ファースト・ジェネレーション』(2011)などで評価が高いマシュー・ボーンが製作を手がけ、イギリスを代表する人気女優のキーラ・ナイトレイが主演、リリー=ローズ・デップも競演というような華やかでゴージャスなスタッフ・キャストに恵まれた。
クリスマスものの映画というと、ロマンチックな作品であって欲しいものの、とんでもないことが起きることが少なくないことは、『ダイハード』(1988)『ホーム・アローン』(1990)でも知られるところ。その「お約束」を持続可能にしてくれるのが本作である。
何しろ、謎の猛毒ガスが地球全土を襲い、クリスマスにはイギリスに到来。耐えがたい苦しみの末に出血して悲惨な死を迎えるということにより、政府から安楽死できるピルが配られるという、すさまじい設定である。現在も終息が見えないパンデミックの渦中にいる我々には、リアリティも感じさせ興味津々のイギリス映画だ。
そのクリスマスイブにホーム・ディナー・パーティを催して、学友とその家族たちを招き、共に最期の時を迎えるという主人公一家。そこに繰り広げられる、中流階級らしい祝祭のための幸せな準備、屋敷のインテリア、集まる面々の装いや、会話にみなぎる映画的センスが、一つ一つ眼に眩しく印象深い。
キーラ・ナイトレイ、ローマン・グリフィン・デイヴィスで魅せる
しかし、観ている者からしたら、うっとりと没入出来ないのは、いつものクリスマスイブではないところ。
「気候変動の影響」「ロシアの陰謀か」「猛毒ガス発生」「人類絶滅」「安楽死できるピル」などなど、コワい要素が映画から発信されるのだから、最後までソワソワ、ハラハラは否めない。観客がその終焉の顛末を見届けるとか、看取る!?とかの役割を投げかけられているということになる仕掛けも面白い。
最後の晩餐だからこそなのか、デイナー・パーテイは、来たるべき陰惨な現実を無視するかのような饗宴として盛りあがる。死を前にした人間は、実はこうなのかも……、と妙なリアリティも感じさせられたり苦笑されられたりの連続だ。
伝統的にも、ブラックで皮肉な笑いが得意芸である、イギリス映画の真骨頂も味わえる。パンデミックや戦争の最中に生きる私たちに、寓話的な示唆を与えてくれる映画でもある。
キーラ・ナイトレイのいつもながらの美貌と演技力がみごとで、死を迎える一家の妻として、母としての所作に納得させられ眼が離せない。
『ジョジョ・ラビット』(2019)に主演して、ゴールデン・グローブ賞男優賞にノミネイトされたローマン・グリフィン・デイヴィスの立ち回りが自然体なのも、母である監督の意気込みを、一心に受けとめているようで微笑ましい。双子の弟である、ハーディとギルビーも共演している。
友人たちと共に最期を迎えるクリスマスイブの顛末とは
イギリスの地方の中流家庭に身を置く主人公のネル(キーラ・ナイトレイ)、夫のサイモン(マシュー・グード)と息子たちのアート(ローマン・グリフィン・デイヴィス)、双子のハーディとトーマスのファミリーは、かつての学友のファミリーを招いて、一年で一番大切な祝祭、クリスマスイブを共に分かち合おうとホーム・デイナー・パーティを催す。
大人と子供12人の男女は旧交を温めるのだが、実は、あらゆる生物を死に至らしめるという謎の猛毒ガスが地球全土を襲い、クリスマスにはイギリスに到達するという運命がもたらされていたのだ。
親しい間柄の友人同士の再会は、政府から配布された、苦しまないで死を迎えることが出来るというピルを呑み、一緒に尊厳死を迎えようとの約束もあってのことだった。
しかし、想定外のトラブルが勃発し、なかなか思い通りにはいかない。そうしているうちにも猛毒ガスの到来も迫りくる。彼ら彼女らの思惑は果たされるのだろうか。
今までも、この映画でも「信頼」がテーマ
── 監督と主演男優同時にインタビュー出来るなんて、実にラッキーです。ありがとうございます。
監督は本作に、イギリス政府への痛烈な批判も込めて作られたとのこと。トラス首相が短い期間で辞任したりということも起き、いろいろな想いがおありなんでしょうね。
カミラ:そうですね。本当にイギリス政府は酷いし、災いであると。恐ろしいし憎むべきものだと思っています。移民問題などをみても怒るべきものです。首相がすぐ辞めるのも酷過ぎます。
── この作品は、パンデミックを迎えている今の時期、国家的陰謀とか、フェイクニュースに脅かされる不穏な日々が続きます。そういう時期に生きる私たちに、自分で考えて判断をしていかなくてはいけないと、示唆してくれるような寓話的作品に思えました。
長編第一作目に何を作るかは、その後にも大きく影響しますから、その点大変だったと思うのですが、最初からこういうテーマの作品にしようとお考えだったんでしょうか。
また、ご長男のローマン君が素晴らしい俳優ですから、彼のための映画を作ろうというお考えもあったのでしょうか?
ローマン:母は必死だったんですよ。
カミラ:私が今まで作って来た作品は、すべて「信頼」をテーマにしています。政府や社会、お互いや自分が信頼できるかどうか探ることをテーマにして来たのです。ですので、ローマンのために作ろうとは思ったわけでもなければ、また、今パンデミックに置かれている状況についてでもなく、常に自分の中にある問題意識を第一にして作りました。
長男ローマンを起用した理由、いろいろ
── そうでしたか。
カミラ:長い間、私はイギリスで映画を作ろうとして来たわけですが、イギリスの映画産業の中では長編映画づくりの費用を期待しても難しいことは、わかっていました。ですので、自分の友人や家族たちと、自分たちで作ってしまおうと考えたんです。
低予算で抑えられるように、例えばロケーションも一か所にして親密なシュチユエーションの脚本を書いたんです。そうしたら、マシュー・ボーンが製作をしてくれることになって、少し状況は変わったわけですが……。
── ああ、なるほど。
カミラ:息子を起用することも、低予算の中、彼なら無償で演じてもらえますからね(笑)。
それと、映画を作るっていう時は、自分の頭の中にあるファンタジーを現実にしていくわけなんですが、大勢の人がいて、状況的にも恐い設定ですから、よその子供より自分の子供を使った方が居心地良く仕事が出来そうだと思いました。よその子供だと相当気を遣うだろうと思うところを、自分の子供を(ガスで苦しまないように薬を飲ませて)「殺す」、ということについても全然気は楽ですからね(笑)。
そう思ってローマンをキャステイングしました。
── (笑)。そうだったんですね。
カミラ:それと、考えたのは子供と親の関係って、親が仕事とかで家にいないことが多いんですよね。今回映画を一緒に作るということは、子供にとって親の仕事をシェア出来るという、非常に恵まれた状況を作れる。すごくいいチャンスだと思いました。一緒に家族としても過ごせるというわけですし。