カバー画像:写真:Shutterstock/アフロ
エレガントなヴィラン
ハンニバル・レクター博士がさらなる人気の着火点に
その極めつけが、ハンニバル・レクター博士役だと思う。日本だとマッツが出演したヨーロッパ各国のインディペンデント映画も見られるので、彼の俳優としての全貌がつかめるけれど、アメリカではアメリカ映画以外の映画を見る人はアートハウスに通うような映画好きに限られる。外国のアクション映画(字幕読まなくてもオッケーだし)には固定ファンがいるし、ゲームになっていたりもするので、『プッシャー』系のバイオレンス派ヴィラン役者だと思っていた男性ファンがアメリカでは多かったのではないかしらね。で、そこにハンニバル・レクターですわ。おっ、おっ、おっしゃれ~じゃないの、こんなにイケてるヴィランって、なにっ!?と一挙に人気が男女問わず広がったわけですね。
マッツによると「前の作品は見るけれどコピーはしない。違うことをやる。僕ならではのレクターを作る。そもそもアンソニー・ホプキンスはわずかな時間しかハンニバル・レクターを演じていないが、僕は30時間かけてレクターを演ずるんだからね。どう作り上げるかわくわくしたよ」とのこと。
トップブランドのスーツ姿がびしっときまり、最高にエレガントな若き日のレクター博士に悪の華を見た観客たちは、これで一気にマッツのファンになってしまったに違いない。ふっふっふ、遅いよアメリカン。
今年のカンヌ映画祭で俳優志望の若者たちへアドバイスを
さて。2022年のカンヌ国際映画祭でマッツはファンとの交流イベント「ランデヴー・ウィズ」シリーズに登壇。若い観客(ここ数年、カンヌは映画学校生ではない一般の若い映画ファンのために、最初と最後の3日間ずつを開放するパスを発行している。マッツのイベントはそんな若い観客が参加できるよう設定されていた)で満員の会場で90分越えのトークを繰り広げた。リラックスした雰囲気で、“何でも聞いて”モードのマッツに、俳優志願の若者が世界を股にかけるためのアドバイスを求めた。その答えが、またいい。
「まずは現場で学べということ。年の違う、経験の違う人たちの中で学び、吸収すること。そしてWork Back Home、かな。僕はデンマークで映画に出ていた。それをイギリスでバーバラ・ブロッコリが見て007にキャスティングした。今は世界の人が手元で世界の映画を見る時代なんだ。地元でしっかり仕事していればそれをどこかで誰かが評価してくれる。そして扉が開けばどこへでも行けばいい。ただ、間違えちゃいけないのは“フィルムに従え。フィルムが君に従うのではない”ということかな。デンマークを離れて007に出ることになって、どんな演技をしてやろうかと構えていた僕にマーティン・キャンベル監督が言ったんだ“ボーイズ、これは007映画なんだ”ってね。最高のアドバイスだったよ」
ボーイが複数形なのは初ボンド役のダニエル・クレイグに対してもの言葉だったのかもしれない。マッツもクレイグも演劇学校出身。演技法の型を学んでいるし、役の解釈なども大事にする。が、「俳優たるもの」なんて構えずに、“フィルムが要求する役”を演じろ、ということ。変幻自在、どんな役でもいらっしゃい、だからこそ引く手あまたな役者マッツはこの言葉で作られたのだ。
とはいえ、デンマーク映画でのマッツはちょっと違う。気心の知れた仲間、つまりいろいろやってみたい役者マッツと友達マッツの両方を知る監督と組むことが多く、監督と互いの信頼の下、キャラクター的に実験しつつ演ずることが多い。一本の作品の中でキャラクターが変化することも多いのだ。
例えば『ライダーズ・オブ・ジャスティス』(2020)では、怒りに任せて殺しもできるガチガチの職業軍人から変人仲間に溶け込むクリスマスセーター姿の父に変身していく。ひとりの人間がある出来事を経験していく過程で変化する姿を、さりげないけれど確実に見せてくれるのがマッツ・ミケルセンなのだ。年を取れば取ったで変化を味方に魅力が増していくマッツ。イケおじぃになっても私はついていく。