動きにキレがあり、画がスペクタクルになる中島裕翔
──主演の中島裕翔さんは誰もが羨むハイスペックサラリーマンにぴったりの方ですが、監督は中島さんとは初めてですね。
僕は普段、テレビをそれほど見ないので、中島君のアイドル活動についてはあまり知りませんでした。行定勲監督の『ピンクとグレー』は拝見していたので、変な色のついていないピュアな役者という印象を持っていたこともあり、最初から印象はよかったです。「この作品で何色に染まってもらえるか」とやりがいを感じていました。
──川村は少しずつ本性を現していきますが、その出し方の塩梅が絶妙で素晴らしかったと思います。中島さんとはどのように調整されていったのでしょうか。
川村は複雑な役どころなので、詳しい履歴を書いたものを渡して読んでもらい、「内面は意識し過ぎず、あくまでも、“できる男がマンホールに落ちて、追いつめられていく様子”を演じつつ、普段見せない内面の部分は要所要所で見せるようにし、その塩梅については丁寧にやっていこう」と伝えました。
その上で、マンホールの中については順撮りができたことが大きかったと思います。ラストが決まっているので、そこから逆算していき、「ここはもう少し嫌な感じを出してもいいかな」など、慎重に確認しながら撮っていきました。
──中島さんと2人で演技プランをディスカッションしていくときに、監督が思っていた以上に中島さんのいつもとは違った面が出てくるのが面白かったとコメントされていますが、違った面とは具体的にどんな部分だったのでしょうか。
例えば、初めの頃、元恋人が渋谷まで来て、川村を探したけれど見つけ出せなかったことに対して「本当に探したのか?!」と疑心暗鬼になるところですね。最初にやってくれた芝居は割とストレートでしたが、もう少し嫌な感じを出したくて、「付き合っていたころにDVをしていたかのような、ねちっこい雰囲気を出せないか」と伝えたのです。すると中島君がちょっと考えてからやってくれたのが、本編で使っている芝居です。あそこは本当に素晴らしかったですね。「こんな嫌な言い方ができるんだ」と演出する立場としては、うれしくなりました。中島君はとてもクリーンなイメージがありますが、そこを覆したいという思いがあったのかもしれません。こちらの要求に対して、すごく一生懸命に取り組んでくれましたし、後半になるにつれて、内面に抱えた負の部分が出てくる辺りもノリノリで演じてくれました。ネタバレになるので具体的にはお話できないのですが、ラストのかなり衝撃的な行動は中島君の提案です。
──途中から雨が降ってきて、川村はびしょ濡れ状態になります。川村は寒さがきついと言っていましたが、中島さんご自身も本当に寒かったのではないでしょうか。
ずっと雨にあたっていますから、実際にも寒かったと思います。寒さで体が震えていましたが、それを活かして芝居をしてくれていました。作品ではリアルな震えをそのまま使っています。
──中島さんの身体能力の高さを監督が絶賛されていますが、具体的にどんな部分が優れていたのでしょうか。
マンホールの中ではしごから落ちるといったアクション的なシーンはもちろんのこと、マンホールに落ちる前、酔っぱらって、ぐらっとなり、手に持っていた缶を落として、そのまま体勢を崩して穴に落ちていく長いショットがあるのですが、ぐらっとなる仕草1つを取っても絶妙のタイミングで、本当に見事でした。こういった何気ない動きって、あえてやるのは実はとても難しいのです。
後半、波の花と呼ぶ気持ち悪い泡がマンホールを満たし、川村が窒息しそうな絶体絶命のピンチに陥ります。泡にまみれるところも中島君の動きにキレがあるので、ぬるっとしない。しっかりとスペクタクルになる。
とにかく、彼はキレがいいので画にリズムが作りやすく、カットもスムーズに割れました。すごく撮りやすかったですね。
撮影、照明、美術といった技術スタッフが総力を挙げて取り組んだ
──泡の中で川村が目をぱっと見開くカットがありましたが、何かが起きそうという期待感が高まりました。
撮影にいちばん苦労したのが泡のシーンです。リアルだと泡の中は見えない。しかし、映画では見せないといけません。撮影の月永雄太さんがいろいろと工夫を施して、アナログで撮っています。そのシーンは中島君にアクリルの水槽みたいなところに入ってもらい、泡で埋めて、カメラの前にも薄い泡を置いて撮ったのですが、照明のちょっとした具合で見えなくなってしまうので、とにかく難しかったです。
──この作品は技術スタッフの方々が総力を挙げて撮られたのを感じました。
マンホールはある意味、この作品のもう一人の主役です。『私の男』でも組んだ美術の安宅紀史さんにお願いして、上部と下部に分けて、セットを作ってもらいました。ちょっと有機的な感じといいますか、マンホールにこびり付いている油脂のうねうねした感じが本当に見事でした。
ただ、先がすぼまっているので照明が当てにくい。補足的には下からも当てますが、月明りなど、基本的には上から当てますので、照明の秋山恵二郎さんはかなり苦労されていました。
撮影は6面ある壁を何枚か外して行ったのですが、カメラワークによって見切れてしまうところは、同じカットの中で壁を戻したりしています。
音に関しても音響効果の浦川みさきさんがかなり細やかに作っています。シネマサウンドワークスというスタジオでやっていましたが、マンホールの中での足音の響きなどはスタジオ内にあったマンホールの中でリアルに録ってくれていました。
この作品は誰もやったことがないタイプの作品です。泡のシーンもマンホールのワンシチュエーションもみんなでやるしかなかった。どこかの部署が特出してがんばったわけではなく、各部ががんばって何とか面白いものを作ろうと総力で乗り切った感じです。
──監督からご覧になった中島さんの俳優としての魅力はどんなところでしょうか。
先程お話した身体能力だけでなく、役柄をイメージして自分に落とし込む力、それを表現する力、そのバランス感覚が素晴らしいと思います。
すごく考えてから現場に臨んでくるのですが、こちらがやろうとしていることをつかもうとしてくれる。そこはありがたかったですね。毎回、段取りで芝居を作るときに、“ここはこうして、こうなって…”と一緒に動きながら作っていく中で出来上がっていく感じ。いいものを作っている気持ちがして、撮影期間は本当に充実していました。
──公開を前に今のお気持ちをお聞かせください。
とにかく99分、全く飽きさせない映画を作ろうという思いでジャンル映画に挑みました。ポップな雰囲気にしたオープニングの結婚祝いパーティにもいろいろとヒントを散りばめているので、二度三度繰り返してご覧いただくと気がつくことがあって、より楽しめます。マンホールが舞台ですから、ぜひ、暗い中で見る映画館で体感していただければと思います。
PROFILE
熊切和嘉
1974年生まれ。北海道出身。大阪芸術大学の卒業制作作品『鬼畜大宴会』(1997年)がぴあフィルムフェスティバルで準グランプリを受賞。同作はベルリン国際映画祭パノラマ部門他、10カ国以上の国際映画祭に招待され、一躍注目を浴びる。2010年『海炭市叙景』がシネマニラ国際映画祭グランプリ及び最優秀俳優賞をはじめ、ドーヴィルアジア映画祭審査員賞などを受賞。その後も『私の男』(2014年)でモスクワ国際映画祭最優秀作品賞と最優秀男優賞の二冠を達成し、毎日映画コンクール日本映画賞も獲得した。他監督作品は『空の穴』(2001年)、『アンテナ』(2004年)、『青春☆金属バット』(2006年)、『フリージア』(2007年)、『ノン子36歳(家事手伝い)』(2008年)、『ディアスポリス-DIRTY YELLOW BOYS-』(2016年)、『武曲 MUKOKU』(2017年)など。公開待機作には菊地凛子主演『658km、陽子の旅』がある。
映画『#マンホール』2023年2月10日(金)全国ロードショー
営業成績 No.1 のデキる男・川村俊介。社長令嬢との結婚式前夜、渋谷で開かれたサプライズパーティで酩酊し、帰り道で不覚にもマンホールの穴に落ちてしまう。深夜、穴の底で目覚めた川村は足に深手を負い、思うように身動きが取れない。スマホで現在位置を調べるが GPS は誤作動を起こし、警察に連絡するも、まともに取り合ってもらえない。唯一、繋がった元カノに助けを求めることができたが、そこである疑念が生じる。
「もしかして、ここは渋谷ではない?」何者かにはめられたと考えた彼は、SNS上で「マンホール女」のアカウントを立ち上げ、場所の特定と救出を求める。犯人探しに沸き上がるネット民たちを操る川村。結婚式までのタイムリミットはあと僅か―。このどん底から這い上がれるのか!?
『#マンホール』
2023年2月10日(金)公開
監督:熊切和嘉
原案・脚本:岡⽥道尚
出演:中島裕翔、奈緒、永山絢斗
2023年/99分/PG12/日本
配給:ギャガ
©2023 Gaga Corporation/J Storm Inc.