豪華客船が難破し、乗客は無人島に流れ着く。食べ物も水もSNSもない極限状態で、ヒエラルキーの頂点に立ったのは、サバイバル能力抜群なトイレ清掃婦だった。『逆転のトライアングル』は驚くべき人間観察眼とセンス抜群のブラックユーモアで社会が抱える格差問題を痛烈に炙り出します。脚本も担当したリューベン・オストルンド監督は『フレンチアルプスで起きたこと』(14)で第67回カンヌ国際映画祭ある視点部門審査員賞、『ザ・スクエア 思いやりの聖域』(17)で第70回カンヌ国際映画祭最高賞であるパルムドールを受賞し、本作でカンヌ史上3人目の2作品連続パルムドール受賞という快挙を果たしました。監督は本作を通じて何を描きたかったのか。お話をうかがいました。(取材・文/ほりきみき)
画像: Fredrik Wenzel © Plattform Produktion

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美しさは優位に生き抜くための社会経済的なはしご

──冒頭で男性モデルの労働環境が描かれ、一般的に男性モデルは女性モデルの1/3しか稼げないという話に驚きました。今回ファッション界を舞台にされたのはどうしてでしょうか。

友人が経営しているメンズウエア・レーベルとコラボしたことがありました。そのときにファッション界のリサーチをしたところ、ファッション・フォトグラファーである、僕のパートナーがこの業界の当事者として、ファッションブランドごとに異なるマーケティング戦略があることやモデルたちの労働環境について、いろいろ教えてくれたのです。それを聞き、この業界における男女間の違いを主人公の視点で捉えたら興味深いだろうと思いつきました。

本作のリサーチをしているときに大勢の男性モデルから、業界で力を握るゲイの男性たちからの誘いを断るのに苦労することも少なくないと聞きました。男性モデルの置かれている状況はある意味、男性優位社会において女性たちが強いられていることと変わらないのです。

美しさがいかに経済的な価値を持つのか。社会においてルックスが重要な役割を果たすという事実は万国共通です。不平等ではありますが、その一方で、どこの出身であろうと、美しく生まれつくことができれば、その美しさは階級社会を優位に生き抜くための社会経済的なはしごになる。それがこの作品の最初のアイデアでした。

画像1: ⒸTobias Henriksson

ⒸTobias Henriksson

──本作では後半に豪華客船が難破し、数名が無人島に流れ着きます。どんな人物を何人残すか。全体におけるバランスにはどのような意図が込められているのでしょうか。

今までのヒエラルキーを取り除き、残った面々で新しい社会を作り始める。女性3人を上に置き、男性陣が自分たちのポジションを失うという新たなヒエラルキーを考えました。ファッション業界、豪華客船にはそもそも強いヒエラルキーがあり、しかも、その格差は激しい。そのピラミッドを逆転させ、新たな集団として、力学が変わる。その環境の中で、人間はどう行動するのか。ストーリーテラーとして一歩下がったところから見てみると、今までとは違い、生き延びることが大事になってくる。その結果、貨幣の価値がなくなってしまい、“魚が釣れる”、“火が起こせる”といった原始的能力が新しい価値基準になったのです。

カールの立場を変え、母性的な関係の中に置くということも意図しました。最初のパートでヤヤが「セレブ妻になる」と言ったときに、カールは「そこには愛がないじゃないか」と返していました。ところが新たな環境の中で、カール自身がセレブ妻に該当するような存在になっていくのです。

──本作を含めて過去3作品とも、主人公の男性はとっさに犯した過ちを後から指摘されても謝罪をしません。このことは何を意味しているのでしょうか。

3作品とも男性があるべき姿、期待される姿に対処しようとして、罠にかかる。それは「自分だったら、どう対処するだろう?」という僕自身に対するジレンマを浮き彫りにし、自分自身を追い詰めるものでした。大勢の前で自分が辱められ、面目が立たなくなる“恥”という状況に僕はとても興味があるのです。

猫のエサを食べてしまった犬の動画をYouTubeで見つけたのですが、その犬の表情がこれまで見たことがないくらい恥じ入っているように見えました。カールを演じるハリスにそれを見せて、「この犬のような表情が10%でもできれば、作品はいいものになる」と伝え、ボディーランゲージに反映させています。

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