作品選びにお悩みのあなた! そんなときは、映画のプロにお任せあれ。毎月公開されるたくさんの新作映画の中から3人の批評家がそれぞれオススメの作品の見どころポイントを解説します。

〜今月の3人〜

土屋好生
映画ライター。毎朝の新聞で真っ先に読むのは死亡記事…なんちゃって。そんなクセは簡単に直せるものでもないのだけれども。

斉藤博昭
映画ライター。サンダンス映画祭にオンライン参加。早くも来年のアカデミー賞レースに絡みそうな傑作に遭遇してます。

杉谷伸子
映画ライター。アカデミー賞と違って『エンパイア・オブ・ライト』は私の心の作品賞候補。映画館が舞台である意味に感涙。

土屋好生 オススメ作品
すべてうまくいきますように

家族の安楽死という深刻な問題をブラックユーモア仕立ての悲喜劇にして見せる

画像1: 土屋好生 オススメ作品 すべてうまくいきますように

評価点:演出4/演技5/脚本4/映像4/音楽4

あらすじ・概要
突然脳卒中で倒れた84歳の父が人生を終わらせるべく安楽死を望んだことから一家はてんやわんやの大騒動に。果たして父は家族の反対を押し切って願い通りに目的を達成することができるのかどうか。

自分の意志で死を迎える安楽死という深刻な問題に直面しながら自由気ままな生き方を貫いた父。そんな高齢の父と家族をめぐる生と死のせめぎあいのてんまつを描くフランソワ・オゾン監督の新作である。

ひと口に安楽死といってもそこは百戦錬磨のオゾンのこと。結局のところ映画は2人の娘に別居中の老妻まで駆り出して、突然崩壊の危機に見舞われた家族劇へと収斂していく。安楽死を正面から描く悲劇も一理あるものの、そこは皮肉屋のオゾンだけに見事なひねりを利かせてブラックユーモア仕立ての悲喜劇へと転調していく。当然のことながら迷うに迷う本人をさて置いて笑っている場合じゃないのだけれども。

画像2: 土屋好生 オススメ作品 すべてうまくいきますように

が何といっても快哉を叫びたくなるのはキャスティングの妙。大ベテランのアンドレ・デュソリエに『ラ・ブーム』(1980)も懐かしいソフィー・マルソー、貫録を見せるハンナ・シグラに神がかり的なシャーロット・ランプリング。さながら大物俳優が集う同窓会のような賑わいで、贅沢な演技の競演を満喫しました。

公開中/キノフィルムズ配給
© 2020 MANDARIN PRODUCTION – FOZ – France 2 CINEMA –
PLAYTIME PRODUCTION – SCOPE PICTURES

斉藤博昭 オススメ作品
別れる決心

抗えない愛に溺れる刑事と容疑者の関係にパク・チャヌクが大胆な演出を仕掛ける

画像1: 斉藤博昭 オススメ作品 別れる決心

評価点:演出5/演技5/脚本4/映像5/音楽4

あらすじ・概要
岩山で転落死亡事故が発生し、担当刑事のヘジュンは被害者の妻ソレを怪しむ。しかし彼女を取り調べ、監視するうちに2人は惹かれ合っていく。やがて真相が明らかになるも、ヘジュンは予想外の行動に出る。

惑わされ、心が壊れていく。実生活では決して味わいたくない経験だが、映画ではこの感情の流れが、なんと甘美なことか……。不可解な死亡事故を巡る刑事と容疑者。常識的に考えれば、相手を警戒し、心が通わない関係に、抗えない愛が芽生えていく。この基本プロセスだけで、『別れる決心』は観る者の心を激しくざわめかせる予感が十分。

そこにパク・チャヌク監督は大胆な演出・映像を仕掛け、事件の真相、主人公2人の本心に限りなくイマジネーションを広げていく。死体の視点による風景や、シーンとシーンのつなぎの妙な違和感、現実と妄想の微妙なシンクロ、そして監督らしいドッキリ描写も絡まり、迷宮にハマった陶酔と快感に浸ってしまう人も多いのでは?

画像2: 斉藤博昭 オススメ作品 別れる決心

同時にこれは俳優を“愛でる”作品。『ラスト、コーション』(2007)の過激なラブシーンで注目されたタン・ウェイの不敵な変貌ぶり。『殺人の追憶』(2003)の危うさを保ちつつ、翻弄される男の欲望の闇に切り込むパク・ヘイル。役に完全同化した彼らによって、迎える運命、その切ない余韻はいつまでも続く。

公開中/ハピネットファントム・スタジオ配給
© 2022 CJ ENM Co., Ltd. MOHO Film. All Rights Reserved.

杉谷伸子 オススメ作品
ピンク・クラウド

コロナ禍の私たちに“心の現実”を見つめさせるような出色のディストピア・ドラマ

画像1: 杉谷伸子 オススメ作品 ピンク・クラウド

評価点:演出5/演技4/脚本4/映像5/音楽4

あらすじ・概要
突如現れた毒性のピンクの雲によって、人々が家から出られなくなった世界。一夜の関係のはずだったジョヴァナとヤーゴは、共に暮らすことを余儀なくされる。ロックダウン生活が長引くなかで、2人の関係に変化が…。

触れたら10秒で死ぬピンクの雲の出現によって、突然、誰も家から出られなくなった世界を描くディストピア・ドラマ。パンデミックではないから医療現場の混乱は描かれないし、登場人物たちに生活困窮の心配はないという具合に、少々状況が違うけれども、これが初長編のブラジルの新鋭監督が見つめさせるのは、コロナ禍で多くの人々が経験した孤独や不安、人との繋がりだ。

いつ終わるともしれない“隔離生活”に耐えられない者もいれば、順応する者もいる。お金や食糧といった生命維持のための問題をあえて深掘りせず、不自然な世界に生きる人々の内面に、観客の視点をフォーカスさせる作法がお見事。ピンク色の雲が広がる空や、雲の色が映る室内など、洗練されていながらどこか不穏なビジュアルの美しさもたまらない。

画像2: 杉谷伸子 オススメ作品 ピンク・クラウド

脚本が書かれたのは2017年、撮影されたのは2019年。コロナ禍によって予言的な作品として注目された本作だが、イウリ・ジェルバーゼ監督の素晴らしさは雲との生活が長く続く世界を描いたこと。それが一層、コロナ禍4年目の私たちの“心の現実”を見つめさせる。

公開中/サンリスフィルム配給
© 2020 Prana Filmes

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