名優研究! 名優の人生をキャリア中心に振り返ってみましょう。今回取り上げるのは黒澤明の不朽の名作『生きる』のリメイク『生きる LIVING』でアカデミー賞主演男優賞に初ノミネートされたイギリスの名優ビル・ナイです。(文・杉谷伸子/デジタル編集・スクリーン編集部)
カバー画像:Photo by Amy Sussman/BAFTA/Contour by Getty Images

人間として役者としての深みを感じずにいられない

画像: ビル・ナイ Photo by Amy Sussman/BAFTA/Contour by Getty Images

ビル・ナイ

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『生きる LIVING』で余命を知った主人公ウィリアムズを演じて、73歳にしてアカデミー賞主演男優賞に初ノミネートされたビル・ナイ。50年近い俳優キャリアの中、かずかずの作品で唯一無二の存在感を見せてきた彼だが、その存在を強烈に印象付けたのはリチャード・カーティス監督作『ラブ・アクチュアリー』(2003)の老いたロックスター、ビリー・マックだ。自虐まじりの毒舌で放送禁止用語を連発する破天荒っぷりを、ビルは実にチャーミングに演じたわけだけれど、このロックスターが愛されたのは、破天荒さが痛快だったからだけじゃない。50代半ばにして人生の大切なものに気づく姿をユーモアを交えつつ、さらりと演じることで、より深く胸に沁みるものにしていたからだろう。その持ち味は、『パイレーツ・ロック』(2009)や『アバウト・タイム〜愛おしい時間について〜』(2013)というカーティスと組んだその後の作品でもますます味わいを増していったのはご存じの通り。

画像: 『ラブ・アクチュアリー』の共演者たちと Photo by Dave Benett/Getty Images

『ラブ・アクチュアリー』の共演者たちと

Photo by Dave Benett/Getty Images

デイヴィ・ジョーンズを演じた『パイレーツ・オブ・カリビアン』シリーズや、ルーファス・スクリムジョール役で登場した『ハリー・ポッターと死の秘宝 PART1』(2010)など、大ヒットエンタメ超大作シリーズに参加する一方で、近年は『マリーゴールド・ホテルで会いましょう』(2011)で定年退職した市役所職員や、『マイ・ブックショップ』(2017)の主人公を支えようとする読書好きの孤独な老紳士など、人生の意味や悲喜こもごもを見つめる作品を輝かせてきた。そこには円熟味という言葉だけでは言い表せない、年齢を重ねることでさらに増した人間として役者としての深みを感じずにいられない。

画像: 『生きる LIVING』の脚色を手掛けたカズオ・イシグロと Photo by Vivien Killilea/Getty Images for Palm Springs International Film Society

『生きる LIVING』の脚色を手掛けたカズオ・イシグロと

Photo by Vivien Killilea/Getty Images for Palm Springs International Film Society

『生きる LIVING』は、そんな彼の存在ありきの作品。ウィリアムズは、黒澤明監督の『生きる』(1952)をリメイクするにあたり、脚色を手がけたノーベル賞作家カズオ・イシグロが、ビルにアテ書きした役なのだ。日々の業務をこなすだけだった公務員が、余命を知り、公園整備に尽力するという基本ストーリーも、第二次大戦後という時代設定も変わらない。けれども、本作の舞台は英国。自分に残された時間を知ったウィリアムズが、何をなすべきかに気づいたことで生きる輝きを取り戻す物語は、少年時代に抱いた紳士たちへの憧れを思い出した彼が、本当に「生きる」ことで本物の紳士になっていく物語でもある。

毎日の通勤にも同じ列車の同じ車両に乗り、決まりきった生活を送っていたウィリアムズの堅物ぶりにももちろん英国紳士の風情は溢れているし、実際、部下たちにもそれなりの敬意は抱かれている。けれども、なすべきことを見つけたウィリアムズが部下を率いて出かけるシーンの振り向きカット(黒澤版と同アングル!)のかっこよさときたら。ビルは、余命宣告を受けたウィリアムズの動揺や孤独はもちろん、こうした使命への目覚めをも抑制を効かせて演じながらも、主人公の変化に胸を熱くさせてくれるのだ。ウィリアムズ亡き後の彼の息子や、亡くなる当日に彼を見かけた警官の想いが、ほんの短いシーンながらも観客の胸を揺さぶるのは、ビルが体現したウィリアムズの想いが陰影豊かだからこそ。

映画史に残る『生きる』の名シーン、公園のブランコ。ビル・ナイのウィリアムズも、温かい涙と深い余韻をくれる。きっと、多くの人の人生の大切な1本になるだろう。

『生きる LIVING』
2023年3月31日(金)公開
イギリス/2022/1時間43分/東宝
監督:オリヴァー・ハーマナス
出演:ビル・ナイ、エイミー・ルー・ウッド、アレックス・シャープ、トム・バーク

©Number 9 Films Living Limited

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