カバー画像:Photo by Amanda Edwards/Getty Images
天才指揮者リディア・ターを演じたケイト・ブランシェットにインタビュー
─『TAR/ター』であなたが演じた天才指揮者リディア・ターついて教えていただけますか?
リディア・ターには、権威のある地位に就いている人特有の不可解さがあります。特にドイツのオーケストラには終身在職権があるから、そういうお高くとまった人たちが多くいます。だから演じる上では、そんな不可解なキャラクターをどう表現するかがカギとなりました。
観客がターの体験に共感できるような場面を作ることも重要でした。彼女は自分のことをあまり分かっていない人でしたから。いくつもの層が複雑に重なっていて、その層を一つ一つめくっていくことで、リディア・ターというミステリアスで魅力的な人物を理解していきました。トッド(監督)は本当に独特な人物を生み出したと思います。
─現役指揮者のナタリー・マレイ・ビールの指導を受けたそうですが、どのような役作りを行ったのでしょうか?
他にも、この役を演じるために、ピアノ、アメリカ英語、ドイツ語のレッスンを受けました。彼女という人物を構成する基本的で専門的なスキルは、すべて習得しなければなりませんでしたから。
でも、これは彼女にとってはただの構成要素でしかない。単に指揮者の仕事を描いた作品というわけではありませんから、こうしたスキルは彼女にとっては呼吸と同じくらい当たり前のこと。
それ以上に大変だったのが、自分自身から離反している人物の視点を理解することでした。彼女は『なぜ?』と立ち止まることを忘れ、偉業を成し遂げようとするあまり、音楽とのつながりを失ってしまう。彼女は自分にとても厳しくて、完璧なら誰にも傷つけられないという考え方に無意識に囚われています。
でも、芸術において、完璧はあり得ない。芸術は不完全で曖昧なものだらけ。そんなところに摩擦が生まれてしまうのです。
─今回の脚本をあなたに向けて書いたという監督との仕事はどのようなものでしたか?
トッドのように大胆で柔軟な頭の人と仕事ができるなんて最高です。私がどんなにクレイジーなアイデアを伝えても、しっかり受け入れてくれて、夜中の2時に『どうやったら実現できるかひらめいた』と連絡してきてくれます。驚くほど創造力が豊かな人ですね。
役を掘り下げるために、深い疑問をお互いに投げかけたりもしました。『脚本に登場する人間関係はどれほど取引的なものなのか?』『登場人物全員が力構造に対して無言を貫いているのではないか?』『人は偉大な人物の物語を見るのは好きだが、その人たちが転落していく姿も同じくらい楽しめるものなのか?』、こんな会話を積み重ねた結果、リディア・ターが完成しました。
─劇中では実際にご自身でピアノを弾いていらっしゃったということですが、プロジェクトに入る前にすでに演奏ができていたのでしょうか?
子どもの頃にピアノを弾いていたので、いつかまたやるつもりだとずっと言い続けていたのですが、残念ながら映画のためでなくてはなかなかできないというのが、私の情けないところなんですよね(笑)。でも、私の人生に音楽が戻ってきたのは、とても嬉しいことでした。
ターが娘のペトラにピアノを教えるという素敵なシーンがあるのですが、私自身がピアノを習っていた思い出にも浸りました。私とピアノの先生との関係はとても特別なもので、9年生(日本の中学3年生)のとき、先生に座らされて『あなた、練習してこなかったわね』と言われたのを思い出しました。私は涙を流し、『はい、練習しませんでした』と言うと、『あなたはピアニストではないと思う。俳優だと思うわ』と言われたのです。
そんなことを言われたのは初めてだったのですが、先生との関係があっての言葉でした。彼女はある意味、私にとってメンター(師匠)のような存在でした。そういった子供時代の思い出がすべてよみがえってきたのです。そういったものがほぼ無意識に本作に反映されている。これは本当に特別なことでした。
─日本のファンへメッセージをいただけますでしょうか。
先日、ちょうど話していたんです。この映画をぜひ日本に持って行きたいと。どうか、本作を映画館で、心を開いて観ていただけますように。本作は文化を超え、時代を超えて語りかける作品だと思うのです。そして、それについて話してくださいね。
監督・脚本のトッド・フィールドが語る、ケイト・ブランシェットに当て書きした理由
ケイト・ブランシェットは唯一無二の存在です。彼女の作品を長年にわたって観てきました。彼女は我々の時代の偉大な知識人の一人です。彼女の素材の見方、それについて話す様子は、演者が役について語るのを遥かに超えています。総括的に全体を見ているのです。彼女との対話は素晴らしいものです。
私は特定の俳優のために脚本を書いたことはなかったのですが、彼女が浮かびました。ケイトに向けて脚本を書いたのですが、彼女以外は考えられませんでした。もし断られたとしたら、きっとひどく落胆したでしょうし、本作を作ることはなかったでしょう。
ケイトは役作りのためにさまざまなことをやらなければなりませんでした。指揮をする、ピアノでバッハを弾く、ドイツ語を話す、アメリカ訛りを話す、スタントドライブをする、といったことです。
それを口で言うのは簡単ですよね。私は彼女がそういった役作りの多くをやる様子を見てきましたが、現場に現れ、その人物になりきり、このキャラクターが25年かけて身に付けたであろう見事なことをやってのけるというのは全く別の話なのです。
ケイトはそういったことすべてを、1年もかけずに習得しました。しかもその間、本作とは別に2本の映画の撮影があったのです。というわけで、毎日がこんな感じ(口をあんぐりと開けるジェスチャー)でしたね。
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『TAR/ター』
2023年5月12日(金)公開
アメリカ/2022/2時間39分/配給:ギャガ
監督:トッド・フィールド
出演:ケイト・ブランシェット、ノエミ・メルラン、ニーナ・ホス、マーク・ストロング
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