作品選びにお悩みのあなた! そんなときは、映画のプロにお任せあれ。毎月公開されるたくさんの新作映画の中から3人の批評家がそれぞれオススメの作品の見どころポイントを解説します。

〜今月の3人〜

土屋好生
映画評論家。世の中がキナ臭くなってきた。レア・セドゥではないが、「それでも私は生きていく」と居直るしかない?

杉谷伸子
映画ライター。ジェイソン・モモアは服を着てるとさらにセクシー。『ワイスピ』最新作のダンテ様に「着エロ」という死語も蘇る。

前田かおり
映画ライター。葬儀シーンで先月の父の葬儀を思い出す。神主さんによる生演奏のビミョーな音外れをはじめ、泣き笑いの連続!!!

土屋好生 オススメ作品
『aftersun/アフターサン』

父と娘の複雑な関係をさわやかかつ知的に、スマートで素直に描いた珍しい作品

画像1: 土屋好生 オススメ作品 『aftersun/アフターサン』

評価点:演出4/演技5/脚本4/映像4/音楽4

あらすじ・概要
父と別れた母を残して、英国から中東トルコのリゾート地へ。その父と不安定な思春期の娘のバカンスは2人の心に何を残したか。脚本・監督のシャーロット・ウェルズが自伝的な要素を加味して描く。

一筋縄ではいかない父と娘の複雑な関係をここまでさわやかに描いた映画もめずらしいのではないか。誤解を恐れずにいえば、「さわやか」といっても単にドロドロとした親子関係を直球で描くのではなく、父から娘への素直で冷徹な人生の旅といったらいいか。とにかく知的でスマートで素直。ごく自然体の演技が冒頭から終幕までぐいぐいと観客を引っ張っていく。

画像2: 土屋好生 オススメ作品 『aftersun/アフターサン』

その自然体の演技、しかも映画を見終わった後にもう一度反芻したくなるような映画にもなかなかお目にかかれないのではないか。もちろん娘とはいえ11歳の思春期真っただ中。父も働き盛りの悩み多き30男。その微妙な関係を真正面から描いてはいるものの、決して後味は悪くはない。いやそれどころか、そこに心地良い風さえ吹いているのはなぜなのか。

その答えのひとつが、父が娘に語り聞かせる言葉だろう。「生きたい場所で生きよ」、あるいは「なりたい人間になれ」。とことんリベラリストの言葉の数々。この映画の最大のテーマが「自由」とは恐れ入りました。

公開中/ハピネットファントム・スタジオ配給

© Turkish Riviera Run Club Limited, British Broadcasting Corporation, The British Film Institute & Tango 2022

杉谷伸子 オススメ作品
『世界が引き裂かれる時』

ロシアとの紛争が始まったウクライナ。非常事態でも生きる妊婦の強さに圧倒される

画像1: 杉谷伸子 オススメ作品 『世界が引き裂かれる時』

評価点:演出4/演技3.5/脚本4/映像4/音楽3

あらすじ・概要
2014年7月。ロシア国境近くウクライナ東部ドネツクに夫と暮らすイルカは妊娠中だが、親ロシア派分離主義勢力の誤射で家の壁に大きな穴があいてしまう。さらにマレーシア航空機撃墜事件も発生するなか、出産が迫る…。

ロシアによるウクライナ侵攻が始まる何年も前から紛争は続いていた。その緊迫状況が日常になる中でも人は生きていく。紛争の始まりの2014年を舞台に、親ロシア派の誤射で家の壁に大きな穴をあけられた妊婦イルカを通して突きつけるのは、その真実だ。

彼女が暮らすのは、親ロシア派に撃墜された航空機の乗客の遺体が落下するほどの緊張地帯。だが、弟と夫の政治的な諍いに苛立ちはしても、家が半壊する非常事態にもこれまでどおりの生活を続けようとするイルカの姿は、彼女が身重なことさえ忘れさせるほど。それがまたクライマックスの衝撃を増すことになる。

画像2: 杉谷伸子 オススメ作品 『世界が引き裂かれる時』

壁にあいた穴。その穴を塞ぐビニールシート。航空機の巨大な残骸。安全なはずの家も世界も簡単に壊されることを象徴する光景に震撼し、生き抜こうとする力に圧倒される。この壮絶なまでの迫力は、撃墜事件発生時は出産直後だったマリナ・エル・ゴルバチ監督ならではだろう。当時、自分がいかに世界についての想像力がなかったかを思い知らされる作品でもある。

公開中/アンプラグド配給

前田かおり オススメ作品
『青いカフタンの仕立て屋』

モロッコ社会における同性愛を扱った作品でエンディングに監督の強い覚悟を感じる

画像1: 前田かおり オススメ作品 『青いカフタンの仕立て屋』

評価点:演出5/演技5/脚本4/映像5/音楽3

あらすじ・概要
カフタン作りの職人ハリムの妻ミナは余命わずかで1人残す夫のことが気がかりだった。ハリムはミナの病状を心配しながらもある事で苦悩していた。そんな中、2人は若者ユーセフを弟子に雇うが…。

前作『モロッコ、彼女たちの朝』(2019)で未婚の母というモロッコ社会のタブーを題材にしたマリヤム・トゥザニ監督が、今回は同性愛に切り込んだヒューマンドラマ。

主人公は伝統衣装のカフタンドレスの仕立て屋を営む夫婦。長年連れ添ったが、妻に死期が迫る。そんな中、子供のいない彼らの前に現れた弟子。妻は若い彼を見つめる夫にある秘密を確信し、夫は秘密を打ち明けられなかったことに罪悪感を持ち、弟子は夫婦の間を察していく…。

画像2: 前田かおり オススメ作品 『青いカフタンの仕立て屋』

オープニングからゆったりとしたペースで、まるでひと針ひと針を手間暇かけて仕上げるカフタンドレスのようにドラマは進む。切ないが、美しい物語。劇中、言葉も少ないが、視線や些細な表情から心の機微がエモーショナルに伝わってくる。

街中にコーランが響き、ミナの好きなタンジェリンが並ぶ市場やハリムが通う公衆浴場など、彼らの日常が映し出される中、警察による職務質問などモロッコ社会の有り様も見え隠れする。晴れやかだが、挑発的なエンディングに監督の強い覚悟を感じた。

公開中/ロングライド配給

© LES FILMS DU NOUVEAU MONDE - ALI N’ PRODUCTIONS - VELVET FILMS - SNOWGLOBE

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