嬴政の思いを受けて、信が実戦の最前線で敵に挑んでいく
──本作では原作の中の「馬陽の戦い」と「紫夏編」が描かれています。なぜ、この2つだったのでしょうか。
プロデューサーの松橋真三さんに「紫夏編をやりたい」という強い思いがあり、「紫夏編をやりつつ、信の物語としても語りたい」と言って、紫夏編を馬陽の戦いに入れ込むことを提案されました。
紫夏編は僕も好きなエピソードで、独立した話としても素晴らしく、紫夏編だけで1本の作品を撮れるくらいのボリュームがあります。それを馬陽の戦いに入れ込むのは、非常に面白い構成だと思いました。
──脚本作りはスムーズに進みましたか。
紫夏編を馬陽の戦いの中に入れ込むのは、原作からの大きな変更になりますから、まず、松橋さんが原泰久先生に相談されました。そこでいろいろな話し合いがあり、それを受けて黒岩勉さんが脚本を書き、原先生に送って読んでいただく。指摘をいただいて、直す。そういうキャッチボールを繰り返しながら脚本を作っていきました。
僕も折々意見を出しましたが、今回の作品でいちばん伝えたいのは、嬴政の思いを聞いて、信がそれを受けた”ということ。紫夏(※)と嬴政には大きな思いがあり、それを受けて今の嬴政がいる。王騎が嬴政の秘めた思いを引き出し、柱の後ろで密かに聞いていた信がその思いを受けて、実戦の最前線で敵に挑んでいく。ここは僕にとっては重要なシーンです。前半で嬴政の思いを描き、後半はそれを聞いた信がどう戦っていくのかを描く。そういう風に映画の構成を組み立てました。
とはいえ、できあがった脚本を実際に映像化していく際には、また違うフェーズがあります。映像を流れで考えたときに、「ここはこうした方がいいかな」といったことがいろいろ出てくるのです。監督によっては現場でされる方もいますが、この作品の場合は準備しなければならないものが山のようにあるので、そういうわけにはいきません。あらかじめ脚本に手を入れさせてもらい、絵コンテも描いて、調整をして徐々に完成させる。それぞれの立場で作品に思いを詰め込みながら、脚本を作っていきました。
※紫夏:趙国の闇商人。趙・邯鄲で人質となっていた幼い嬴政を秦に送る仕事を請け負う。
──嬴政の思いを聞き、信の中で過去作のシーンがフラッシュバックします。嬴政の思いがより一層強く伝わってきました。
映画は1本1本作っていくので、そのときそのときで最大限の映像を作る面白さがあります。一方、ドラマは長い時間の中でキャラクターを深く掘っていける面白さがあり、映画とは違う密度でできています。
「キングダム」シリーズは映画ですが、長期的に先を見据えて作っているので、ドラマの良さと映画の良さを併せ持った部分があります。例えば、3年前に公開された作品をフラッシュバックで挟み込むことで、あのシーンはこういうことを踏まえていたのかという振り返りができる。しかも映像が懐かしい。そういう感覚になるのはこれまでの作品を見ている人ならではの楽しみです。あそこは本当にすごくリッチな瞬間だと思いました。もちろん『運命の炎』から見た人でも、「過去に何があったんだろう?」という思いで見終わった後、パート1から紐解いて行くという見方も楽しいと思います。
上品でほのかなピンクのマントを羽織った杏はまさに紫夏そのもの
──紫夏編で、嬴政に大きな影響を及ぼす紫夏を杏さんが演じています。どのように紫夏の役を作っていかれましたか。
杏さんはさっぱりとした等身大の方で、同じ目線で話してくださいます。決して、仰ぎ見るような人ではありません。杏さん自身も原作が大好きなので、自分が紫夏を演じることで、いろいろ思うこともあったと思います。それでも、お互いに原作が好きということを共通項にして、最初は手探りで、少しずつ紫夏という伝説的な人物に近づいていきました。
そんな中、まずやったのが衣装でした。衣装はずっと宮本まさ江さんにやっていただいていますが、こちらから紫夏がどんな人物なのかを伝え、髪型も含めていろいろ話し合い、まさ江さんがイメージ画を描き、上品でほのかなピンク色を出したいと提案していただきました。ただ、ピンク色は匙加減によっては立ちすぎて浮いてしまう。非常に難しい色です。まさ江さんは染め物にも造詣が深いので、生地を作るところから始めていました。試行錯誤されつつ作り上げ、僕らが別のシーンを撮影しているところに、まさ江さんとマントを羽織った杏さんが来てくれたのです。それをぱっと見たときに、「紫夏だ!」と思いましたね。本当に軽やかで、蝶が舞うという表現がぴったりな感じ。しかも、柔らかいマントの下には芯の強い紫夏がいる。「これはいいですね」と話したのを覚えています。
キャストさんは自分の衣装を見て、段々とご自身の中にキャラクターができてくるようです。それから声を出して演技をしてみて、最終的にカメラの前に立って動き始めると、全く異次元の役どころが現れてくる。しかし、紫夏に関してはお互いによく知っていますから、ふわっとした流れの中で会話をしながら作っていきました。すごく難しいことをやったつもりはありません。自然体でしたね。
──紫夏に母性を感じました。
母親ではないけれど、母親を感じる人ってたまにいますよね。その感覚は僕にもよくわかります。嬴政は母親に恵まれた人ではないで、心のどこかで母親を求めている。紫夏は芯が強く、気っ風のいい人ですが、ふと優しさが滲み出るようなシーンを大事に撮影したので、そう思われたのかもしれません。
紫夏は気を張って生きているけれど、本当は弱さも抱えている。それが嬴政には見えたということが伝わるといいなとも思って撮っていました。
──紫夏編では嬴政の葛藤とそれをいかに乗り越えていったのかが丁寧に描かれていました。
嬴政にとって、この物語は戦いの中枢、半径何mから出ていないんじゃないかという玉座の周辺を描くことが多いですが、過去を辿ると物凄く熱いドラマがあった。それを秘めた上でここに立って、指揮をしている。静かに見える嬴政の眼差しの中に熱いものがあるのは、こういうことがあったからだと見せることで、コントラストを表現できたらと思っていました。
吉沢亮さんはいろんな面を表現できる方です。『キングダム』で漂と嬴政という、顔は同じですが、出自の違うキャラクターを演じ分けていました。今回はさらに過去の嬴政という、今とは全然違う自分だけでなく、過去の自分のドッペルゲンガーみたいな存在も演じなくてはなりませんでした。“何役やればいいんだ”という感じですが、「ここが今回の肝ですよね」と吉沢さんは笑っていました。
吉沢さんも嬴政と同じようにかなり静かな方なので、悩んでいることを表に出しません。どうしようかな…という部分はあったかと思いますが、行動で結果を出す方なので、やり過ぎることなく、彼なりの表現力でいい感じに演じてくれました。素晴らしかったです。
吉沢さんには嬴政が自分と向き合っているシーンをたくさん演じてもらいましたが、それによって嬴政の多面的な部分が表出し、映画として面白いところになったと今にして思います。後から聞いたところによると、玉座に座っているときに、“国王”としてそこにいる自分と“役者”としてそこにいる自分があって、きゅっと自分を奮い立たせていたそうです。撮影しているときは静かに座っているので、王に見えますが、内心はいろいろ葛藤されていて、それは嬴政がいろんなことを思いながらそこにいる心情と繋がっていたのだと思いました。
「キングダム」シリーズは嬴政が中華統一した王になり、信が将軍になるという、とてもシンプルな話です。しかし中を紐解くとアラベスクのように多面的な部分があって、複雑で味わい深い。それが映画流の表現で映像にできてよかったと思いました。
思いを託すラグビーのような戦闘シーン
──馬陽の戦いでは信の成長を感じました。
第1作『キングダム』では最初、信は1人で武功を挙げて将軍になろうとしていました。しかし、仲間ができて、一緒に旅をしていく。小さな村を出るだけでなく、奴隷というカテゴリーからも出て、1人の人間として歩み始めました。
次の『キングダム2 遥かなる大地へ』では大きな戦いに挑む際、5人のチームを組まされます。最初は意見がバラバラで息が合っていませんでしたが、いろんな局面に揉まれながら何とか切り抜けていきました。
本作ではその功績もあって、信は百人将という長になり、王騎から難題とも思えるミッションを与えられます。凸凹ばかりで、まとまっているようでまとまっていないけれど、最終的にはまとまる飛信隊100人と一緒に、ズタボロになりながらミッションを遂げていく。これがこの作品の根幹です。
100人を束ねる立場になり、信はこれまでとは違う精神を持たないといけないと気付きます。人の上に立つというのはどういうことなのか。嬴政が秘めていた深い思いを知り、自分自身の思いを新たにして、みんなの前で檄を飛ばす。そこで“一皮剥けたな”とみんなが感じ、最初の頃よりちょっと大きくなったように見える。そういう瞬間が撮れるといいなと思いながら、撮っていました。
──飛信隊の動きがラグビーでトライを狙っているかのようでした。
まさにテーマはラグビーでした。“思いを託した!”“託された!”といった感じで、とにかく走り抜けていくところを描きたかったのです。“どこまでも無限に走っていく”無限軌道を見ているようなワクワクする気持ちを感じる瞬間が映画にはあるんです。「キングダム」シリーズではそれを映像的なテーマの1つとしているのですが、ここをそれが端的に現れたシーンにしたいという思いがありました。1人ダメになり、2人ダメになっても、最後に信が行き着けばいいんだとみんなが託し合う “チームとして走り出したら止まらないぞ”みたいなものを描きたい。ですから、あえて馬は使わず、脚で走ることを選びました。そのためには地形や布陣、どう入っていくかということはとても大事。そういう映像の空間が物語を作り、物語を変えていく。「キングダム」シリーズ全体に言えますが、そこにこだわり、注力しています。
人が動いて、感情が生まれるストーリーなので、アクションに関しても、なるべくそういう風に見えるように何度も直して、作ってもらっていました。ここはものすごく時間を掛けています。
──馬陽の戦いの信だけでなく、紫夏編の嬴政に対しても「行け~!」と叫びたくなりました。
紫夏は育ての父の死の間際に「受けた恩を何一つ返せていない」と泣いたところ、「受けた恩恵はすべて次の者へ」と言われたと嬴政に話し、「だから私はあなた様に手を差し伸ばすのです」と言っていました。
馬陽の戦いの信もそうですが、託された思いを受け止め、それがどういうものであるかがわかっているから、落とすわけにはいかない。まるでリレーみたいなところがある。これがこの物語の大きなテーマです。何も知らずに見ていても、ふっと感じでもらえれるときがあればいいなと思っています。
──嬴政も信も自分を支えて、犠牲になってくれた人がいることを知るわけですね。
2人ともリーダーとしての苦悩、難しさを戦いの中で知っていく。特に信は将軍になりたいと思っているわけですから、目の前で仲間が死んでいくのを見ないわけにはいかない。王騎はそれがわかっているので、静観したまま手伝いもせず、見守っている。「ダメなら死ぬし、行けるなら行け」と言っているかのような王騎の振る舞いも面白いと思います。
“王騎とは何ぞや”を会得している大沢たかお
──大沢たかおさんが演じる王騎のキャラクターにオーラを感じます。
王騎に関しては紫夏と同じように、少しずつ作っていった人物です。いろいろと造形が難しいし、何よりキャラクター自体がその辺に自然にいる存在ではありません。そういう中で大沢さん自身が作り上げてきて、今や大沢さんご自身が“王騎とは何ぞや”ということを会得されていて、大沢さんを見ると王騎に見えてしまいます。
ですから、キャラクターに関しては、こちらから何もいうことはありません。「王騎さまにはここから入ってもらおうか」「ここに座っていただこうか」「このタイミングで立っていただこうか」といった感じ。王騎の「演技」を考えるのではなく、王騎さまにどう動いてもらおうかを考えるという状態です。それほどまでに王騎のキャラクターは今や完成されていました。
大沢さんもあるときは遊びながら、あるときはビシッと決めながら、やってくださった気がします。予告編にありますが、王騎が「全軍前進」と言う場面も「王騎ならこうするよね」ということを心得ていらっしゃった気がします。王騎なんて本当は存在しないのですけれどね(笑)。それでも「王騎ならこうする」みたいなイメージがあって、すごくオーラを感じました。
──王騎は何をしても納得感がありました。
王騎の存在感をさらに拡大する音や音楽を付加する。これは本当に気を使いました。その一方で、すごく楽しんだところでもありました。
──これからご覧になる方に向けて、ひとことお願いします。
今作はPart3というナンバリングがありません。何も考えず、いきなりこの作品を見て、「信と嬴政の間には前に何かあったのかな」という見方で見ていただいてもエンターテインメントとして楽しめます。更に好奇心を掻き立てられる作品になっているので「1を見てみようか」という楽しみ方もできるのではないでしょうか。
そういう思いを込めて、あえて3を付けずに、『運命の炎』という1つの単体作品としてリリースしました。「1を見ないとわからないのでしょうか」と聞かれることがありますが、「見てもいいし、見ないでここから始めてもいい」と思っています。心から胸のすくような爽やかな作品になっていると思いますので、ぜひこの夏にご覧いただければと思います。
<PROFILE>
監督:佐藤信介
1970年9月16日生まれ。広島県出身。
武蔵野美術大学在学中に、自主映画『寮内厳粛』(94)で「ぴあフィルムフェスティバル94」のグランプリを受賞。その後2001年『LOVE SONG』でメジャーデビュー。脚本家としても『春の雪』(05)、『県庁の星』(06)などを手掛ける。11年『GANTZ』が大ヒットを記録。『アイアムアヒーロー』(16)では世界三大ファンタスティック映画祭にてグランプリを含め、5冠を制覇。続く『いぬやしき』(18)でも、ブリュッセル国際ファンタスティック映画祭にて、2度目のグランプリを受賞。前々作『キングダム』(19)では第44回報知映画賞監督賞、第43回日本アカデミー賞にて優秀監督賞を受賞。Netflixオリジナルシリーズ「今際の国のアリス」(20・22)は世界視聴ランキング3位、世界50以上の国や地域でトップ10入りを果たす。
『キングダム 運命の炎』2023年7月28日全国東宝系にてロードショー
<STORY>
500年にわたり、七つの国が争い続ける中国春秋戦国時代。戦災孤児として育った信(山崎賢人)は、亡き親友と瓜二つの秦の国王・嬴政(吉沢亮)と出会う。運命に導かれるように若き王と共に中華統一を目指すことになった信は、仲間とともに「天下の大将軍になる」という夢に向けて突き進んでいた。
そんな彼らを更なる脅威が襲う。秦国に積年の恨みを抱く隣国・趙の大軍勢が、突如、秦への侵攻を開始。残忍な趙軍に対抗するべく、嬴政は、長らく戦から離れていた伝説の大将軍・王騎(大沢たかお)を総大将に任命する。決戦の地は馬陽。これは奇しくも王騎にとって因縁の地だった…。出撃を前に、王騎から戦いへの覚悟を問われた嬴政が明かしたのは、かつて趙の人質として深い闇の中にいた自分に光をもたらしてくれた恩人・紫夏(杏)との記憶。その壮絶な過去を知り、信は想いを新たに戦地に向かう。
100人の兵士を率いる隊長になった信に、王騎は『飛信隊』という名を授け、彼らに2万の軍勢を率いる敵将を討てという無謀な特殊任務を言い渡す。失敗は許されない。秦国滅亡の危機を救うため、立ち上がれ飛信隊!運命に導かれ、時は来た。キングダム史上最大の戦いがいま始まる―
<STAFF&CAST>
監督:佐藤信介
脚本:黒岩 勉 原 泰久
原作:「キングダム」原 泰久(集英社「週刊ヤングジャンプ」連載)
出演: 山崎賢人/吉沢亮 橋本環奈 清野菜名/杏 山田裕貴/大沢たかお 他
※山崎賢人さんの「崎」は正しい文字が環境により表示できないため、「崎」を代用文字としています。正式には「たつさき」です。
※高嶋政宏さんの「高」は正しい文字が環境により表示できないため、「高」を代用文字としています。正式には「はしごだか」です。
配給:東宝、ソニー・ピクチャーズエンタテインメント
©原泰久/集英社 ©2023映画「キングダム」製作委員会
公式サイト:https://kingdom-the-movie.jp/