人間でないからこそ強調されるドラマ性!
独創的な世界は人間の世界の鏡
オモチャの世界を描いた長編1作目の『トイ・ストーリー』に始まり、虫たちが織りなすドラマを追った『バクズ・ライフ』(1998)など、様々な独創的な世界観の作品を創りあげてきたピクサー・アニメーション・スタジオ。
そんなピクサーが得意としてきたのは、人間たちと異なるモノを駆使しながら、しっかりと人間たちの世界を描きあげることだ。
例えば『トイ・ストーリー』(1995)では、少年アンディの一番のお気に入りのカウボーイ人形のウッディが、新しくアンディのお気に入りになったスペース・レンジャーのフィギュアであるバズに嫉妬。しかしそんな2体が外の世界に放り出されて、思いもよらない友情を築きあげていくことに。
ウッディとバズを中心にしたオモチャたちの温かくも深い友情は、正直、人間同士で描いた以上に胸に迫るモノとなっている。
『トイ・ストーリー』(1995)
アンディ少年の一番のお気に入りトイ、カウボーイ人形のウッディ。が、その座を新参者のアクション人形のバズに奪われてしまう。一方、バズはバズで自分をトイと思わず、本物のスペース・レンジャーだと信じていた…。
『トイ・ストーリー』ディズニープラスで配信中
©2023 Disney/Pixar. All Rights Reserved.
2作目の『バグズ・ライフ』では、凶暴なホッパー率いるバッタ軍団に貢物を納めるため重労働を強いられているアリたちが主人公だ。
発明好きな働きアリ、フリックの失敗が原因で、苦労して収穫した貢物が台無しに。そこで責任を感じたフリックが、バッタ軍団を撃退する用心棒を集めにいくというストーリー。
名匠・黒澤明監督の『七人の侍』(1954)を彷彿とする展開に、ワクワク感が止まらない。
ヒトでないからこそ人間ドラマが際立つ!
さらに『モンスターズ・インク』(2001)では、子供を怖がらせることで電気などのエネルギーを得ているモンスターたちの世界を描出。次の『ファインディング・ニモ』(2003)では、人間の世界にさらわれた息子ニモを探すカクレクマノミの父の姿を通して、普遍的な親子愛の素晴らしさを訴えあげた。
『モンスターズ・インク』(2001)
モンスターズ株式会社は、人間界に侵入して人間の子供の悲鳴を採集、エネルギー源にしていた。会社で働くサリーとマイクだが、ある日、モンスターが有害と恐れる人間の子供ブーが迷い込んでしまったからサア大変!!
『モンスターズ・インク』ディズニープラスで配信中
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そして『カーズ』(2006)では、車たちがまさに人間のように生きる世界を創世。自信家の天才レーサーが、田舎町の車たちと触れ合うことで生きていく上で大切なことは何かに気づいていくという、人生の教訓になるような話を紡ぎだしている。
『カーズ』(2006)
人気レース・カーの“ライトニング・マックィーン”。ある日彼はルート66号線沿いにある田舎町“ラジエーター・スプリングス”に立ち寄り、住民と触れ合ったことで、自分の人生には何かが失われていたことに気づく。
『カーズ』ディズニープラスで配信中
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つまり人間ではないモノたちを主軸にしつつ、あえて人間ドラマを描くことで、より人間ドラマとしての面白さを強調しているのだ。
最新作では“火”と“水”で「ロミオとジュリエット」!
最新作の『マイ・エレメント』は、その最たる作品。なんと今回は火、水、土、風といったエレメント(元素)たちが暮らすニューヨークのような都市エレメント・シティが舞台。そこで普通に考えたら絶対につきあえないであろう、火の娘・エンバーと水の男・ウェイドが恋に落ちていく様が描かれていく。
そもそも火のエレメントは、他のエレメントに比べて差別されがちという設定。しかも移民してきて、同じ火のエレメントと共にコミュニティを作って暮らしている様も、人間世界の様々な人種差別問題を彷彿とさせる設定だ。
そんな中で、他のエレメントと恋に落ち、親からの大反対を受けるというのはまさに「ロミオとジュリエット」的。それが火と水というと、ひょっとしたら相手の存在を抹消しかねない同士というのもあり、より恋することの大変さ、困難さを勝手に想像させていく。
障害が大きければ大きいほど恋は燃え上がるというけれど、まさにエレメントの世界にすることで、観た瞬間にそれが伝わってくるのである。そういう意味では、この世界観の作り方は物語を大きく盛り上げる役目を果たすと同時に、いかにもピクサーらしい展開をもたらした。
逆にいえば、ピクサーにしか作れない世界観の作品なのだ。
火の女の子と水の青年── 二人は触れ合うことができるのか?
『アーロと少年』(2015)のピーター・ソーン監督による本作は、かなり純愛に特化したラブ・ストーリーでありつつ、ヒロインとその恋人の成長を促した人間ドラマとしての魅力にもあふれた作品だ。
また様々なエレメントにあふれ、人種のるつぼニューヨークを思わせる描写も多々ある、エレメント・シティも最高に楽しい。隅々まで凝った街並みや、アメリカで売っている有名なスナック菓子などをパロった食べ物などが置いてあるエンバーの父の雑貨店の中も目を皿のようにして観ていたただきたい。
また日本版声優を担当するエンバー役の川口春奈、ウェイド役の「KisMyFt2」の玉森裕太が見事にキャラクターを演じきってみせたのも素晴らしい。
あらすじ
火、水、土、風のエレメントたちが暮らすエレメント・シティ。火の女の子のエンバーは、家族のためにファイアタウンから出ることなく父の店を継ぐ夢に向かって頑張っていた。
そんなある日、偶然にも、自分とは正反対な性格の水の青年・ウェイドと出会う。ウェイドと過ごすなかで初めて世界の広さに触れたエンバーは、自分の新たな可能性に気づかされるとともに、本当にやりたいことについて考え始めるようになる。
だが懸命に頑張って苦労して、この地に店を出し、火のエレメントたちにとって大切な場を作った父親を思うと、本当にやりたいことを言い出せないでいるエンバー。だがそんな中、ファイアタウンに、洪水が押し寄せる危険が迫っていた…。
登場人物
ウェイド(声:マムドゥ・アチー/玉森裕太)
水のエレメント。涙もろく心優しくて真面目。エンバーが新たな世界と出会うきっかけを作ることになる。
エンバー(声:リア・ルイス/川口春奈)
火のエレメント。両親が建てた店を継ぐのが自分の夢と思っている。すぐにアツくなるのが玉に傷。
ポイント1:移民や食料品店設定は監督の実経験から!
この作品はピーター・ソーン監督が、1970年代に韓国から移民してニューヨークのブロンクスで育った体験がベース。実際、ソーン監督の親もブロンクスで賑やかな食料品店を営んでいたという。
監督は「これは誰の人生にもある宝物のような出会いを描いた、ひとりでは見つけられなかった自分の可能性を見つける物語なんだ」と語っている。
ポイント2:話題作出演の新星が主人公2人の声を担当!
声の出演はエンバー役に『ハーフ・オブ・イット:面白いのはこれから』(2020)のリア・ルイス。ウェイド役には『ジュラシック・ワールド/新たなる支配者』(2022)などに出演したマムドゥ・アチーが抜擢された。
その他、ウェイドの母ブルックには「ホーム・アローン」シリーズの母親役で知られるキャサリン・オハラが配役されている。
ピクサー作品といえば! イースターエッグにも注目
イースターエッグと呼ばれる隠された小ネタが多いピクサー作品。今回も『トイ・ストーリー』で登場したピザ・プラネットの車が、とあるシーンで背景に写り込んでいる。
また、ディズニー&ピクサーの次回作である『星つなぎのエリオ』に関連するイースターエッグも登場している。あなたもいろいろと探してみてほしい!
日本版声優には川口春奈&玉森裕太が参加!
今回の日本版は、どの人も声質も演技のテンションも原語版とさほど変わらず、日本語版でも違和感なく魅せてくれる。
主人公エンバー役の川口春奈、ウェイド役の玉森裕太はもちろんだが、ジョン・グッドマンの吹き替えが多い楠見尚己がエンバーの父をチャーミングに好演。他にMEGUMIやサンドウィッチマンの伊達みきおも参加。
『マイ・エレメント』関連記事はこちら
『マイ・エレメント』
2023年8月4日(金)公開
アメリカ/2023/1時間41分/配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン
監督:ピーター・ソーン
声:リア・ルイス、マムドゥ・アチー
©2023 Disney/Pixar. All Rights Reserved.
同時上映『カールじいさんのデート』
2009年公開の『カールじいさんの空飛ぶ家』のその後を描く短編アニメーション。カールじいさんは、友人の女性から食事に誘われる。最愛の妻エリーを亡くして以来の久々のデート。しかし最近のデート事情を知らないカールは困惑気味。
そこで特別な首輪のおかげで人と話せる愛犬ダグが、友達の作り方をカールに伝授する…。
『カールじいさんのデート』
8分/監督・声:ボブ・ピーターソン/声:エドワード・アズナー
©2023 Disney/Pixar. All Rights Reserved.