〝ボディ・ホラー〞の名匠が原点回帰! 『ザ・フライ』(1986)『クラッシュ』(1996)『ヒストリー・オブ・バイオレンス』(2005)などで知られる鬼才・デヴィッド・クローネンバーグの最新作『クライムズ・オブ・ザ・フューチャー』が、いよいよ日本に上陸します。カンヌ国際映画祭でも賛否両論を巻き起こした本作は、原点回帰ともいえるSF色の強い〝ボディ・ホラー〞。クローネンバーグが完成までに20年以上かけて創造した世界とは…?

あらすじ

画像: あらすじ

臓器摘出パフォーマンス・アーティストのソール(ヴィゴ・モーテンセン)とカプリース(レア・セドゥ)は、ある男から、プラスチックを消化する器官を持つ8歳の息子の死体解剖パフォーマンスを依頼され、引き受けるべきかを悩む。その男は“新たな犯罪”を調査する政府組織NVUに目をつけられていた。

登場人物

ソール(ヴィゴ・モーテンセン)

画像: ソール(ヴィゴ・モーテンセン)

加速進化症候群のため、体内で次々に正体不明の臓器を生み出し続けている。その臓器の摘出をパフォーマンスするアーティスト。

カプリース(レア・セドゥ)

画像: カプリース(レア・セドゥ)

ソールの私生活のパートナーで、臓器摘出パフォーマンスのパートナー。自分の身体の改造にも興味を持つ。

ティムリン(クリステン・スチュワート)

画像: ティムリン(クリステン・スチュワート)

政府機関“臓器登録所”の職員。ソールとカプリースのパフォーマンスを見て魅了され、ソールに接近する。

鑑賞POINT1
ボディ・ホラーに原点回帰

本作の注目ポイントはまず、“身体の変容”というクローネンバーグ監督作品の原点への回帰。“身体の変容”を描くホラーのサブジャンル、“ボディ・ホラー”という用語が一般的になったのは1980年代だが、クローネンバーグは1970年代の初期監督作からこのテーマを描き続けてきた。

クローネンバーグの場合、この恐怖には2つの側面がある。まず、人間の身体の形が変わってしまう時に出現する、内蔵器官を連想させる独特のデザインによる、視覚的な恐怖。もう一つは、自分の意思とは関係ないところで自分の身体が変化してしまい、それによって自分の意識が影響を受けてしまうことの恐ろしさを描く、心理的な恐怖だ。

画像: 『ザ・フライ』

『ザ・フライ』

クローネンバーグの代表作の一つ、『ザ・フライ』(1986)でも、物質転送実験をする科学者が、装置に紛れ込んだハエと融合してしまい、意思もハエに影響を受けていく恐怖が描かれている。

“身体の変容”は初期作品から描かれ、『シーバーズ/人喰い生物の島』(1975)では、マッドサイエンティストが生み出した寄生虫が人間の身体に侵入し、皮膚の下で蠢く描写も恐ろしいが、さらにその寄生虫が人間の意識を変えていく。

『ラビッド』(1977)では、人口皮膚の手術を受けた女性の身体に奇妙な器官が生じ、人間の血を吸わずにはいられなくなる。この“身体に新たな器官が生じる”というモチーフはさらに進化して、『ザ・ブルード/怒りのメタファー』(1979)では、ある女性が強い感情を抱くと、その感情が彼女の身体の内部で“身体”を得ていき、まるで赤ん坊が生まれるように、彼女の身体を離れて活動するようになる。

画像: 『ザ・ブルード/ 怒りのメタファー』

『ザ・ブルード/ 怒りのメタファー』

この“意識が身体を変形させる”というモチーフも進化して、『スキャナーズ』(1981)では、超能力者たちが、念じるだけで別の人間の身体を破壊する。また、『ビデオドローム』(1983)では人体とビデオカセットの融合、『イグジステンズ』(1999)では人体とゲーム器の融合といった、有機物と無機物の融合、ある種の“人間の身体の進化”が描かれた。

画像: 『ビデオドローム』

『ビデオドローム』

そして、このモチーフをさらに推し進めたのが、『クライムズ・オブ・ザ・フューチャー』だ。

画像: 鑑賞POINT1 ボディ・ホラーに原点回帰

ヴィゴ・モーテンセン演じる主人公は、自分の体内で“これまで人類が持っていなかった正体不明の臓器”を生み出すアーティスト。元外科医のパートナー、カプリースと組んで、人々の目の前でその臓器を摘出するパフォーマンスを行なっている。

クローネンバーグが描き続けてきた“人体の変容”というモチーフは、今どんな形に進化を遂げたのか。それが、この映画で描かれる。

鑑賞POINT2
強烈で有機的デザインの小道具たち

奇妙なデザインの小道具が登場するのも、クローネンバーグ映画の魅力のひとつ。中でも印象的なのは、ジェレミー・アイアンズが1人2役で、一卵性双生児の不妊治療医師を演じる『戦慄の絆』(1988)に登場した、医療器具。

双生児の弟の方が精神的に不安定になった時期に、彫刻のアーティストに依頼して製造する医療器具のデザインは、昆虫と哺乳類の内蔵と機械仕掛けが渾然一体となった奇妙な形で、手術用具としての実用性は皆無だが、その美しい形状で魅了する。

画像: 原作者のウィリアム・S・バロウズが手にしているのは、『裸のランチ』に登場する強烈なビジュアルのタイプライター

原作者のウィリアム・S・バロウズが手にしているのは、『裸のランチ』に登場する強烈なビジュアルのタイプライター

また『裸のランチ』(1991)に登場する、タイプライターも強烈。タイプライターとゴキブリが融合した姿で、長い触角を持ち、羽の下には人間の言葉を話す肛門のような形の器官がある。また、壊れた後に変形し、異星人の頭部のような形にもなる。

そして、これらを連想させるアイテムが本作にも登場する。

画像: 鑑賞POINT2 強烈で有機的デザインの小道具たち

まず、横たわった人間の身体から痛みを取り除く機能を持つベッド、“オーキッド・ベッド”、そこに座って食事をする人間の、食物の咀嚼と吸収を支援する椅子、“ブレックファスター・チェア”。そして、主人公のパフォーマンスで使われる、人体解剖のための装置“サーク”。

これらのデザインが、昆虫や動物の骨や内臓を連想させ、これまでクローネンバーグ映画に出てきた小道具が進化した姿のようにも見えてくる。

鑑賞POINT3
おなじみの"外科手術"モチーフも進化!

画像: 鑑賞POINT3 おなじみの"外科手術"モチーフも進化!

クローネンバーグの映画では、医療器具を使った外科手術的な光景が頻出する。『ラビッド』(1977)や『戦慄の絆』(1988)など、人体実験や医師を扱う作品が多いせいでもあるが、これも“人体の変容”テーマのバリエーションかもしれない。

本作では、このモチーフも進化。主人公は自分の内蔵器官の摘出を、パフォーマンスとして観客に見せる。

鑑賞POINT4
常連×初タッグ俳優の共演

初期作品には監督の母国カナダの俳優が出演しているが、1980年代以降はハリウッドの実力と人気を兼ね備えた俳優たちが出演。今回もそれは変わらず、主演は今回が4度目の顔合わせとなるヴィゴ・モーテンセン。

画像: 第75回カンヌ国際映画祭フォトコールにて

第75回カンヌ国際映画祭フォトコールにて

女優陣2人は初顔合わせ。「007」シリーズでお馴染み、『アデル、ブルーは熱い色』(2013)でカンヌ国際映画祭のパルム・ドールを受賞したレア・セドゥ、『スペンサー ダイアナの決意』(2021)で第94回アカデミー賞主演女優賞ノミネートのクリステン・スチュワートが共演する。

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『クライムズ・オブ・ザ・フューチャー』
2023年8月18日(金)公開
カナダ=ギリシャ/2022/1時間48分/配給:クロックワークス/STAR CHANNEL MOVIES
監督:デヴィッド・クローネンバーグ
出演:ヴィゴ・モーテンセン、レア・セドゥ、クリステン・スチュワート

© Serendipity Point Films 2021

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