現役パリ・オペラ座で活躍中の若きダンサーを主演女優に、加えて気鋭の振付家を、振り付けだけでなく出演させるという試みで完成させた。
その取り組みの想いやエピソードを、楽しそうに披露しながら、映画と共にダンスという愛すべき芸術について、セドリック・クラピッシュ監督が語って下さった。
映画と音楽とダンスの、幸せなコラボ
──監督は謙虚に、そうおっしゃいますが、それこそバルボーさんにとっては、今回は初めての女優としての試みです。本作で注目されて、一挙にセザール賞の有望若手女優賞にノミネートされる快挙も得ました。それは、やはり監督の指導や演出力などがあってのことだと思うのですが。
まあ、確かにそれは、私の演出力の効果だと思いたいところですけれどね(笑)。
オーディションで彼女は演技経験はないですから、学ばなくてはならないということはもちろんでしょう。だが、最初から彼女ならきっと出来るだろうと思えました。ダンサーとしての感覚で、演じることが出来るだろうと。
なぜなら、彼女は映画をたくさん観ていた人だったということなんです。一人の観客としてたくさん映画を観ていた人だったということは、大きかったと思いますよ。映画ではどのようなことが効果的なのかを、感覚として持っていたということです。
──それをおっしゃるなら、監督ご自身も、一人の観客としてダンスというダンスを観てきた方ですから、お二人の融合によってこのような素晴らしい映画が完成したのでしょうね。今までにないほどの、幸せなコラボレーションです。
そうでしょうね。
──それに加えて、目を奪われるのは、先ほどお話にもあった、コレオグラファーのホフェッシュ・シェクターさんの存在ですね。ご自身がダンスを踊るというだけでなく、ご自身役で演じました。そのうえ音楽も手がけていて、そのセンスに舌を巻きました。
ダフトパンクとのコラボレーションというのも、おしゃれですね。全編に流れるサウンドにはゾクゾクさせられました。
そうでしょう。彼はもともと音楽から初めて、自分で作った曲に合わせてダンスをしていったんです。それが高じてダンスへと進んだアーチストです。
そして、この作品で組んだトーマ・バンガルテルさんは、ダフトパンクから独立した時期で、タイミングも良かったんですね。とても素晴らしいコラボレーションが生まれたんです。
──本作の中でも語られるように、クラシック・バレエに描かれる世界は、不安や恐れを感じさせるような悲劇が多い。映画の中でクラシック・バレエのシーンでは、それを反映するようなサウンドが流れます。
一方でコンテンポラリー・ダンスのシーンでは、躍動的で希望を感じさせるようなサウンドが使われています。これがとても効果的でした。
これは、もちろん監督の意図することで、演出なのですよね。
そうですね、クラシック・バレエのシーンに、ダフトパンク的なロックなサウンドを使って、観客に刺激を与えてみたかったというのはあります。アカデミックなものにパンク的なものを組み合わせての効果を狙ったりして。
冒頭のクラシック・バレエのシーンには、シェクターのダンス作品「ポリティカル・マザー」の曲を使ったりしています。
『猫が行方不明』から繋がるユーモアの必要性とは
──なるほど。話は変わりますが、私は監督の初期の作品『猫が行方不明』(1996)が大好きで、それから今回の作品まで26年近くが経っています。
本作の流れを見ていくと、主人公が悲劇的な出来事に見舞われ、それを乗り越えようともがく。深刻な展開が続く中で、のっけからクスッと笑える、次には大笑いするような場面が登場したり、アイロニックだったり、コケティシュだったり、とにかくユーモアを醸したエピソードやシーンが盛り込まれていきます。その演出は、まさに『猫が行方不明』から繋がっている監督独特のユーモアのセンスなんだなーと思わされました。
そのとおりです。そういう演出が、私が映画を始めてから続けてきたスタイルなんですよね。映画づくりで、笑いばっかりとか、涙だけというようなやり方は好きではないんです。
人生っていうのは、悲しいことだけや愉快なことだけがあるわけではないでしょう。笑いを悲しい場面に持ってくるというのは、そういうことが人生そのものだからです。
笑いだけの映画や、悲しいだけの映画なんてつまらない。
だから、本作でも、悲しいだけでますます悲しくならないように、笑いも入れているんです。
──それは、それは、素晴らしいご意見をいただきました。
ところで、本作にはクラシック・バレエが展開する場面も、コンテンポラリー・ダンスが展開する場面も迫力で描かれますが、観終わると、ひょっとして監督はコンテンポラリー・ダンスを応援しているのかなあとも感じてしまうのですが、いかがでしょうか。
はい、そういうことはなくって、この作品では、クラシックとコンテンポラリー、それぞれのダンスを対立させようとしてはいません。
一騎打ちというか、いや、フェイス・トゥ・フェイスで対話させているというべきか、そんな感じなんですね。
コンテンポラリーのダンサーにもクラシック・ダンスの素養を充分に持ち得ている人もいますし、決してこれらは対立しているわけではないんですよ。
だから、私が映像に収める時にも、どちらもひけをとらないものとして撮っています。
しいて言えば、コンテンポラリー・ダンスの方が現代に通じている要素が多いと感じさせるかもしれないので、より響くというところがあるかもしれません。
でも、私自身は、クラシック・バレエも大好きです。
自然に気づかせてくれる「教訓」は実体験から生まれる!?
──よくわかりました。
監督の映画は、『猫が行方不明』がそうであるように、観ている者に自然と気づかせ教訓を与えてくださいます。今回の作品からも、私は大きな教訓を得ました。
前者の場合は、「自分の足元を忘れないようにね」というようなもので、後者は、「心と身体は一つの魂で繋がっている」みたいな。
それが、押しつけがましくない教訓であるところが心地良いのです。
映画を作る時に意識されていますか?
そうですね。自分の経験からということもあるのですが、ちょっと人生で落ち込むようなことがあった時に精神分析医に通ったことがありました。一回診察を受けただけで、その頃やっていたテニスの腕前が上がったという事実もありました(笑)。メンタルなことが身体に影響することを、身をもって体験したわけです。
だから、私自身も身体の不調とかについては、医学的に説明されない部分があると思っています。身体的なことだけでは説明のつかないメタフィジカルな部分ですね。
──エンドロールで、マリオがクラシック・バレエの衣装、チュチュの姿でコンテンポラリーに踊るシーンが挿入されます。お茶目でトリッキーな監督ならではのシーンです。監督としての楽しみの一つですよね。ああいうシーンを作ってしまえるのは。
はい。そうすね。私も楽しんだけれど、踊ってくれたバルボーは、もっと楽しんだんじゃないかな(笑)。
(インタビューを終えて)
威風堂々の風貌で、謙虚に語るクラピッシュ監督にリスペクト!
セドリック・クラピッシュ監督は威風堂々とした風貌で、中世なら一国の王様という印象。クラシックな衣装をまとって映画出演なども試みていただきたい方だなあ、などと勝手にイメージしてしまった。
『猫が行方不明』のことをインタビューに持ち出すたびに、相好を崩して微笑みながら語って下さるので、こちらもハッピーになってしまう。映画を心から愛し、初心をいつも忘れない精神が伝わってくるからだ。
映画を基軸にして、他ジャンルの才能ある面々を引き寄せる大きな力を、今回のインタビューで感じさせる。
しかし、あくまで謙虚で、知性を感じさせる語り口調で。
そんな監督を尊敬せずにはおれない、貴重な時間をいただいた。
憧れのダンスのパフォーマンスを存分に味わいながらの撮影は、きっと至福の時だったに違いない。それを確かめる時間がインタビューにはなかったが、そう思っていたい。
この『ダンサー イン Paris』は、彼が作るダンス映画の第一章に過ぎないとのことをうかがうと、次なるダンス映画のビッグ・ウェイブは、どんなものになるのだろうか。その到来も待ち遠しい。
『ダンサー イン Paris』
2023年9月15日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町、Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下、シネ・リーブル池袋ほか全国順次公開
監督/セドリック・クラピッシュ
振付・音楽/ホフェッシュ・シェクター
出演/マリオン・バルボー、ホフェッシュ・シェクター、ドゥニ・ポダリデス、ミュリエル・ロバン、ピオ・マルマイ、フランソワ・シヴィル、メディ・バキ、スエリア・ヤクーブほか
原題/EN CORPS
日本語字幕/岩辺いずみ
2022年/フランス・ベルギー/フランス語・英語/118分/ビスタ/5.1ch
配給/アルバトロス・フィルム、セテラ・インターナショナル
後援/在日フランス大使館/アンスティチュ・フランセ、UniFrance/French Film Season in Japan 2023
© 2022 / CE QUI ME MEUT MOTION PICTURE - STUDIOCANAL - FRANCE 2 CINEMA Photo : EMMANUELLE JACOBSON-ROQUES