作品選びにお悩みのあなた! そんなときは、映画のプロにお任せあれ。毎月公開されるたくさんの新作映画の中から3人の批評家がそれぞれオススメの作品の見どころポイントを解説します。

〜今月の3人〜

土屋好生
映画評論家。ロルカ、ブニュエル、ダリがバルセロナで出会ったのは1920年代、最年少のダリが10代のころ。みんな若かった。

大森さわこ
映画評論家。この夏ロンドンを訪問。大学のケン・ラッセルのイベントやサム・メンデスの新作舞台などを楽しみました。

渡辺麻紀
映画ライター。気がついたらもう9月。年末のお楽しみにはリドリー・スコットの『ナポレオン』です!

土屋好生 オススメ作品
『ウェルカム トゥ ダリ』

天才芸術家の孤独と不安の実相に分け入る
監督も余裕で演じる名優たちも称賛したくなる

画像1: 土屋好生 オススメ作品 『ウェルカム トゥ ダリ』

評価点:演出4/演技4/脚本3/映像4/音楽4

あらすじ・概要
ポップカルチャーの全盛期を迎えた1970年代のニューヨーク。ちょうどそのころダリの画廊で働き始めた青年ジェームスを通して、ダリ夫妻のきらびやかなパーティと創作に明け暮れる混沌と狂乱の日々が描かれる。

髪に幾分白いものが混じった長髪にピンと跳ね上がった独特の口髭。誰もが一度はどこかで見たことがあるような、ないような…。天才画家サルバドール・ダリがそこにいる。

むろんその人物は想像上のダリなのだろうが、あの『ガンジー』のベン・キングズレーがダリを演じると、いつの間にか本人に近づいてしまうのだから不思議なもの。インド系の演技派の名優を起用したキャスティングの妙!

画像2: 土屋好生 オススメ作品 『ウェルカム トゥ ダリ』

それにしてもシュルレアリスムの世界をリアリスムで活写するとは、何という大胆さ。ダリの内面をここまで深く浮かび上がらせながらもこの天才芸術家の孤独と不安の実相に分け入る監督(メアリー・ハロン)の存在も忘れてはなるまい。

しかしそれもこれも、単に監督だけでなく演じる俳優がこの映画のすべてを仕切っているといっても過言ではない。その代表格はいうまでもなくベン・キングズレーとバルバラ・スコヴァだろう。

2人とも余裕の名演といってもよい出来栄えで、なかでもファスビンダー監督作品を思い起こさせるスコヴァの演技をとくとご堪能あれ。

公開中/キノフィルムズ配給

© 2022 SIR REEL LIMITED

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大森さわこ オススメ作品
『エリザベート 1878』

中年以降の女性が抱える普遍的な問題コスチューム劇として見せる視点が興味深い

画像1: 大森さわこ オススメ作品 『エリザベート 1878』

評価点:演出3/演技4/脚本3/映像4/音楽4

あらすじ・概要
オーストリア皇妃のエリザベートは1877年のクリスマスに40歳の誕生日を迎える。きついコルセットに耐えながら、美貌の女王というイメージを維持しようとするが、やがて窮屈さを覚える……。

19世紀のオーストリア皇妃エリザベートの物語。何度も映画や舞台に登場した人物だが、今回は30代後半の演技派、ヴィッキー・クリープスが主演で、中年の入口に立つ女性の問題に焦点が当てられる。

エリザベートはヨーロッパ一の美貌の持ち主といわれたが、40歳を迎えた時から、美の衰えを意識し始める。世間は外見の美しさだけを求めるのか? 自分はただの飾りなのか? そんな疑問を抱き、精神の自由と解放を求める。

画像2: 大森さわこ オススメ作品 『エリザベート 1878』

『ファントム・スレッド』(2017)で知られるクリープスは庶民的な雰囲気の容姿なので、最高の美貌の皇妃という設定に最初は違和感もある。

ただ、表現力が豊かなので、窮屈な宮廷の既成概念に抵抗するため、さまざまな行動を取る彼女の葛藤や苦悩がじわじわと浮かび上がり、やがては彼女から目が離せなくなる。中年以降の女性が抱える普遍的な問題を(あえて)コスチューム劇として見せる視点が興味深い。

ローリング・ストーンズやクリス・クリストファーソン等のポップソングの名曲を宮廷風に聞かせる音楽も新鮮。

公開中/トランスフォーマー、ミモザフィルムズ配給

© 2022 FILM AG - SAMSA FILM - KOMPLIZEN FILM - KAZAK PRODUCTIONS - ORF FILM/FERNSEH-ABKOMMEN - ZDF/ARTE - ARTE FRANCE CINEMA

渡辺麻紀 オススメ作品
『キリング・オブ・ケネス・チェンバレン』

実話を基にした差別問題をあぶりだす社会派ドラマだがサスペンス映画として面白い

画像1: 渡辺麻紀 オススメ作品 『キリング・オブ・ケネス・チェンバレン』

評価点:演出4/演技4/脚本4/映像4/音楽3

あらすじ・概要
心臓と精神的な病を抱え、緊急医療通報に頼っている68歳の退役軍人ケネス・チェンバレン。サウスセントラルのアパートで独り暮らしをする彼にある早朝、思いもよらない悲劇が降りかかる。

医療用の緊急呼び出し装置の誤作動により、早朝の5時過ぎ、3人の警察官が68歳のケネス・チェンバレンのアパートを訪れる。ドアを叩く音で目覚めたケネスはそれが誤作動だと告げるが、彼らは納得しない。ケネスの顔を目視するまでは帰れないと言い張り、ひたすらドアを叩き声を荒げる。

2011年、実際に起きた事件を再現するかの如く撮られた実録ドラマ。ケネスがすでに抱いている警察官への不信感と、精神的疾患を抱えることから起きる動揺や不安。

一方、警察官たちは、その場所が治安の悪い地区でありケネスが黒人という偏見がある。お互いのその先入観がドアをはさんで徐々に膨らんで行き、まさに一触即発の危機をもたらせてしまう。

画像2: 渡辺麻紀 オススメ作品 『キリング・オブ・ケネス・チェンバレン』

上映時間が83分と短いのは、その事件と同時間で進んでいるから。だから私たちは、ケネスが味わう恐怖を追体験しているような感覚に陥ってしまうのだ。

昨今の人種差別問題をあぶり出す社会派ドラマとしての役割を果たしているが、それ以上にサスペンス映画として面白い。

公開中/AMGエンタテインメント配給

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