通底している深みを俳優がある種の静けさや寂しさで表現
──主人公の関口かなえを真木よう子さんが演じています。原作のかなえよりも落ち着いた軽やかさを感じたのですが、真木さんとはどのようにかなえを作っていかれたのでしょうか。
かなえに関しては、作ったところもありますし、ご本人が持っているものもあります。原作には、かなえがドタバタする場面がありますが、それはあくまでもマンガだから成り立つもの。キャラクターはかなえを含め、全体的に原作の年齢よりも少しだけ上に設定していて、そういうことも含めてのトーンもありますし、軽やかさみたいなことはある程度、俳優さんたちが担保してくれています。
それでも、この作品の重さと軽やかさのトーンはすごく難しい。通底している深みのところは俳優さんたちがある種の静けさや寂しさで表現してくれました。
──真木さんが「今泉さんは、彼の中でもう既に絵を描いているタイプの監督なので、 そのような方には信頼し、全てお任せするようにしています」とコメントされていますが、これを聞いてどう思われましたか。
それを聞いて、真逆だと思いました。作品の温度とか速さには拘るのですが、ビジュアル的なことや全体像は見えているタイプではないので、毎回、編集で繋がって、やっと“こういう映画だったのか”とわかったりするくらいですから。
かなえに関しても、原作がありますし、むしろ真木さんの方が確固たるものを持っていらした気がします。「ここではどういう心情だと思いますか」といった話は都度していましたが「そうか、真木さんはそう思っていたのか」とかなえについて気付くことがいくつもありました。お互いにそう感じでいたのかもしれませんが(笑)。
──人を分かるって難しいですね(笑)。
ほんとです!
俺は演出をするときに、「ここはこういう心情なのでこうしてください」というよりも、基本的にはまず自由にやっていただいて、それを見た上で修正する感じです。そのときも「ここって、どう思います?」とご本人が考えていることを聞いています。俳優さんが持ってきたアイデアを極力潰したくないですから。もちろん、明らかに違うときは伝えますけれど、俳優さんが作品の解釈を広げてくれることが多々あるのです。
──かなえは普段、とてもラフな服装ですが、外出するときはおしゃれですね。
衣装に関してはどの作品でも、どういう服を着るのか、どういう色を好むのか、ということの前に、その人がどの程度、おしゃれに興味があるのかを考えます。きちんとした服装を持っているけれど、おしゃれには無頓着でそんなに興味がない人なのか、それとも、外出するならそれなりに流行を取り入れた格好をしている人なのか。古着は着るのか、などですね。それによって大分違ってきます。
かなえに関してはすごくおしゃれに詳しいわけではないけれど、多分、興味は持っているだろうということで、その辺のバランスを衣装さんと考えて決めました。
──探偵の山崎の衣装は少しずつ変わっていきました。
山崎ってだらしなくてダメな人間に見えるけれど、実は劇中で一番クレバーな人。豊田さんは当時リリーさんの写真を見ながら、山崎を描いていたらしくて、マンガの中では白っぽい服からグレー、濃いグレーと服の色が変わり、最後は黒い服になっていく。それを豊田さんからお聞きしていて。季節が変わっていくのもありますが、かなえに誠実に向き合わなくてはいけないという山崎の心境の変化が込められていると思いました。
それを衣装さんに伝えて、出会いのところから極力、服の色を濃くしていくようにしてもらいました。どこから見つけてきたんだろうというような奇妙な柄のネクタイで遊んでみたり、派手な黄色のTシャツ(実はサッカーシャツ)を下に着せて、ちらっと見せたりしているのは衣装さんのアイデアです。行き過ぎない範囲で、細かいところまで気を配ってくれました。
かなえや堀の時間をもう少し描きたかった
──映画のサブじいはタバコ屋を営み、原作のさぶじいと違ってきちんとした人になっていました。
原作のサブじいはマンガ的なキャラクターで、何をしているのか分からず、フラフラしている人です。そのまま踏襲するのではなく、原作よりもあの土地に根を張って生きてきて、かなえを小さいときから知っている人にしようと思いました。銭湯でしか顔を合わせない人ではなく、ちゃんと居場所がある人にしたかったこともあります。
あの感じでは仕事熱心というわけではないと思いますが(笑)、銭湯の外でも堀と行き来があるようにタバコ屋にしました。
──監督が描くキャラクターは過去作も含め、とことんダメな人はいないように思えます。監督の本質が反映しているのではありませんか。
俺はだらしない方の人間で、近しい人からもダメだと言われます。しかし、何をいいと思っているかの感覚はそうかもしれません。肩肘張ってきちっとしているのが苦手ですし、きっちりすることには惹かれませんが、逆に本当にめちゃくちゃ乱れていて、汚くて、だらしないというのも嫌ですしね。
──映画では原作のラストの少し先まで描いていますが、監督のそういった部分が反映しているように思います。
堀は過去にある経験をしていて、自分が今どうしたいのかもよく分からない。なぜ、銭湯で働きたいと思ったのかさえ、きっと確信めいたものはなかったのだと思います。もしかしたら自分はこうしたかったのかもしれない、という本音みたいなものが、終盤にかけて徐々に見つかっていくのですが、それだって、かなえと過ごすうちに気づいたことだと思う。堀のそういう自分の気持ちでさえわからない感じがすごく魅力的でした。堀はぼーっとしているところがあるけれど、ベースは凄く真面目な人だと思っています。
原作はこれしかないという素晴らしいラストで終わります。それでも、もし、その先の時間を描くとしたら、そこには何があるのか。希望ではないかもしれないけれど、かなえや堀の時間をもう少し描きたかったんですよね。それは決して終わりではなく、続いていく日々の一区切りでしかありませんけれど。
──監督がこの作品を通じていちばん伝えたかったのはどのようなことでしょうか。
この作品は「人をわかるってどういうことですか」と問う場面があります。それも含めて、相手や自分を理解することはもちろん大事なのですが、実際にはすべてを理解するのは難しい。それでも知ろうとすること、わかろうとすること、理解できないけれど、理解しようと努力することへの尊さを描いています。
周りの人と衝突していたり、「この人、ほんとよくわからない」と思っていたりする人、家族や恋人、友達と距離のあることを悩んでいる人がご覧になると、他人とは理解しあえない上でどう折り合うかということが考えられる作品です。人間関係で悩んでいることがある人にご覧いただければと思います。
<PROFILE>
今泉力哉
1981年生まれ、福島県出身。2010年、『たまの映画』で商業監督デビュー。2013年、『サッドティー』が東京国際映画祭日本映画スプラッシュ部門に出品され、高い評価を受ける。2019年、『愛がなんだ』(19)が大ヒットを記録。2023年、Netflix映画『ちひろさん』を手がけ、世界配信と劇場公開を同日に行う。その他の主な作品に『his』(20)、『あの頃。』(21)、『街の上で』(21)、『猫は逃げた』(22)、『窓辺にて』(22)など。最新作として、漫画「からかい上手の高木さん」の実写化を手がけることが発表されている。
『アンダーカレント』2023年10月6日(金)全国公開
<STORY>
銭湯の女主人・かなえは、夫・悟が突然失踪し途方に暮れる。なんとか銭湯を再開すると、堀と名乗る謎の男が「働きたい」とやってきて、住み込みで働くことになり、二人の不思議な共同生活が始まる。一方、友人・菅野に紹介された胡散臭い探偵・山崎と悟の行方を探すことになったかなえは、夫の知られざる事実を次々と知ることに。悟、堀、そして、かなえ自身も心の底に沈めていた想いが、徐々に浮かび上がってくる−−。
<STAFF&CAST>
監督:今泉力哉『愛がなんだ』『ちひろさん』
音楽:細野晴臣『万引き家族』
脚本:澤井香織『愛がなんだ』『ちひろさん』、今泉力哉
原作:豊田徹也『アンダーカレント』(講談社「アフタヌーンKC」刊)
出演:真木よう子、井浦新、リリー・フランキー、永山瑛太、江口のりこ、中村久美、康すおん、内田理央
配給:KADOKAWA
© 豊田徹也/講談社 ©2023「アンダーカレント」製作委員会
公式サイト:https://undercurrent-movie.com/