自分の内側から出てきた衝動がきっかけ
──完全オリジナル脚本とのことですが、企画のきっかけやなぜ映画監督を主人公にしたのかをお聞かせください。
世の中の変わり目に直面すると何か作りたくなる。自分の中でワケの分からない力がみなぎってくることがあるのです。コロナ禍を経験したことや、コロナ禍が終わりそうな気配を感じたことで創作意欲が大いに刺激されました。
とはいえ、主人公を映画監督にしたり、映画作りをモチーフにするのは本来であれば危険行為なんです。
それにもかかわらず手を出してしまったのは、自分の内側から出てきた衝動ということもありますが、コロナ禍で映画が不要不急のものとして扱われたことに大きなショックを受けたことも一因です。緊急事態宣言で映画館に休業要請が出されました。今まで自分が頑張ってやってきたことはそんなに価値のあるものではなかった。そう突きつけられたように感じたのは、僕の中で大きなことでした。多分、当時はエンターテインメント全体がそういう目で見られたのではないかと思いますけれどね。
ところが、コロナの感染者数が減ってきた途端、「外に出られるようになってよかったね」とみんな無邪気に外に出ていく。僕の中ではまったく消化されないもやもやが残って、コロナをなかったことにしようとしている空気感に反発を覚えたのかもしれません。衝動的に脚本を書きました。書かざるを得なかったんだと思います。
──監督のご経験がかなり反映されているのでしょうか。
僕の若いときの経験が強く反映されています。ただ、業界内幕ものみたいに、「俺、こんな酷いことをされましたよ」と訴え出るつもりはありません。
コロナ禍では、おそらく多くの人が“蔑ろにされた”、“軽く見られた”、“なめられた”という経験をしたと思います。そういう怒りが映画作りの出発点になっています。
──それがなぜラブストーリーに転がっていったのでしょうか。
ラブストーリーといっても、恋に落ちて、恋愛して、愛のある生活を丹念に見せるという話ではありません。
コロナ禍に撮る作品として、コロナ禍でしか咲かなかった花のようなイメージがあったのです。今しか見えないエモーション、今だからこそ見つけられた奇跡というものをここで1回、ちゃんとやっておきたい。人を好きになるって、やっぱり奇跡ですからね。
──そこに家族の話を加えたのはなぜでしょうか。
今は、もはや家族がみんな揃って暮らせたらすべてOKという時代ではありません。誰もが望むような家族の形もない。コロナでそれもわかりました。
その一方で、困ったときや辛い思いをしたときに、どんな形でもいいから共有してくれる人がいるのはものすごく救いになる。
僕は家族に対してはアンビバレントな気持ちがありますから、家族礼讃みたいな映画にならないように気を付けたつもりですが、困っているときに手を差し伸べてくれたのが家族だった、という人は案外多いと思います。