<リアリティ・ウィナー事件とは?>
2017年、米国家安全保障局(NSA)の契約社員だった25歳のリアリティ・ウィナーが逮捕された。その罪状は“国家機密の漏洩”。ロシアのハッカーによる2016年アメリカ大統領選への介入疑惑に関する報告書をメディアにリークしたという衝撃的なものだった。「トランプ大統領誕生は、ロシア政府に仕組まれたものだった――?」トランプ政権を揺るがすそのセンセーショナルなニュースは世界中を驚愕させ、個人の情報漏洩罪として史上最長となる懲役5年の刑を言い渡されたリアリティは、一躍“第2のスノーデン”として注目の的となった。
リアリティは当時のアメリカに生きる典型的な若者
──本作は2019年に上演された舞台劇の映画化ですが、そもそも監督はリアリティ・ウィナーのどんなところに惹かれて舞台にされたのでしょうか。
事件は2017年6月に発覚しましたが、アメリカでも新聞などが大々的に取り上げたわけではありません。私も半年後、何気なくネット記事を読んでいるときに知りました。そこには彼女のことが詳細に書かれていて、当時のアメリカを生きる典型的な若者だと感じたのです。
その記事にはFBIの尋問音声記録を文字化してスキャンしたものが読めるように、リンクが張られていました。ある日の午後、1人の若いアメリカ人女性に起きた出来事でしたが、彼女の人生を変える瞬間が描かれていて、キャラクター考察作品として、舞台でも映画でも興味深い題材になると思ったのです。
──その尋問音声記録を完全再現されていますが、アメリカではFBIの尋問音声記録をネットで読むことができるのでしょうか。
政治問題を取り上げることで有名なサイトに掲載されていた記事から読みましたが、どうしてそこに挙げられていたのかはわかりません。もしかすると、どこかからか漏れたのかもしれませんし、保釈のための聴聞会などが開かれていたので、証拠として提出されていたものかもしれません。アメリカのジャーナリストの誰かがアメリカの情報自由法に則って申請した結果、公示されていたのかもしれません。
ただ、FBIの尋問は毎回、記録されるわけではなく、録音されることも稀で、リアリティのときに録音した理由もわかっておらず、本当に偶然、読むことができたのです。
──監督は舞台を主戦場とされてきましたが、今回、なぜ映画化されたのでしょうか。
長いこと舞台の仕事をしてきましたが、映画作りにも以前から興味はありました。たまたま舞台でキャリアがスタートし、舞台が忙しく、なかなか映画に着手することができずにいただけなのです。この物語はリアリティという女性が取り囲まれた状況の中で話が進みます。映画監督デビュー作として、スケール感がちょうどいいのではないかと舞台化したからこそ思えました。
そうはいっても、やはり内容ですね。尋問音声記録を文字化したものを読んだときに、スリラーのように感じたのです。何が起きるかをみんな知っていますが、それがどうやって起きたのか。リアリティという人間を含めて、意外性がある。これを映像にすると考えただけで、ワクワクしてきました。映画にしたことで、アメリカ以外の国の方にもご覧いただくことができ、うれしく思っています。
──文書の黒塗りの部分で人物が消えたのには驚きました。こうした映像表現を思いついたきっかけなどについて教えてください。
読んでいるものに突然、黒塗りの部分が出てきたら、そこを読ませたくない何か力が働いているのを感じてしまうと思います。そういう部分を映像でどう表現するのか。黒塗りの部分は作り手としてはむしろ創作意欲を掻き立てられました。
「黒塗りの部分は言葉が取り除かれているので、言葉の代わりに役者を取り除いてしまったらどうだろうか」と思いついたのは、編集のジェニファー・ベッキアレッロです。とりあえずテストで簡単にシドニーの存在を消してみたところ、シンプルでしたがすごくパワフル。これならいけると思い、VFXでしっかり消しました。
コンピュータが誤作動したかのように、画面が揺れて見える表現も取り入れてみました。そこは映像を止めていただくとまさに消されている部分、直接関わっている文書や映像がチラチラ見えるようになっています。残念ながら、映画館でご覧になってもわからないようになっていますけれど。さらに音響効果で補強して、見ていると「あれっ?」と息を飲んでしまうようにしました。それは読んでいるときと同じような感覚になってもらおうという意図があります。