名優のキャリアを中心にその道のりを振り返る連載の第33回。今回はドイツの名匠ヴィム・ヴェンダース監督と初コンビを組んだ『PERFECT DAYS』で見事カンヌ国際映画祭最優秀男優賞を受賞した日本が誇る名優・役所広司です。(文・井上健一/デジタル編集・スクリーン編集部)
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控えめで実直な人柄が『PERFECT DAYS』の主人公に通じるものがある

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区役所に勤めていたが俳優に転向

「他の俳優でも平山を『演じる』ことはできるだろう。けれど、役所広司は平山そのものになった」

『PERFECT DAYS』のヴィム・ヴェンダース監督がこう評した役所広司は、第76回カンヌ国際映画祭で男優賞に輝き、日本人俳優としては柳楽優弥以来、19年ぶり2人目の快挙となった。だが、ここに辿り着くまで、その人生には何度かの転機があった。

1956年1月1日、5人兄弟の末っ子として生まれ、長崎県諫早市で育った役所は元々、熱狂的な映画好きや役者志望だったわけではなかった。

高校卒業後に上京したのも、東京に対する漠然とした憧れから。そのため、仕事も「定時で上がれる」という理由で、東京都の千代田区役所に就職。芸名の“役所広司”(本名は“橋本広司”)が、このときの役所勤めに由来するのは有名な話だ。

動機が動機だけに、公務員にもかかわらず度々遅刻したり、サボったりと、仕事ぶりは褒められたものではなかったようだ。

そんな役所に転機が訪れたのは、上京して4年ほど経った頃。人の誘いで初めて見た舞台で、名優・仲代達矢の姿に刺激を受け、演劇に惹かれたのである。そして1978年、22歳で仲代が主宰する俳優養成の名門・無名塾を受験する。

実は「運試し」くらいの軽い気持ちだったが、倍率200倍の超難関を突破。これを機に区役所を退職すると、仲代の下で演劇を学び、同年11月に初舞台を踏む。

俳優として歩き出した役所は、1983年にNHKの大河ドラマ「徳川家康」の織田信長役でブレイクすると、1988年には『アナザー・ウェイ−D機関情報−』で映画初主演を飾る。

順調にキャリアを積み重ねていた1990年代半ば、新たな転機が訪れる。『KAMIKAZE TAXI』(1995)で辛い過去を秘めた日系ペルー人のタクシー運転手を演じ、毎日映画コンクール主演男優賞を受賞。

さらに翌1996年、『Shall we ダンス?』、『眠る男』、『シャブ極道』で幅広い演技力を発揮すると、キネマ旬報ベスト・テン、毎日映画コンクール、ブルーリボン賞など、国内の主演男優賞を総なめ。映画で高評価が続いたことにより、「映画俳優」としての自覚が芽生えてくる。

特に『眠る男』は、小栗康平監督の下、それまでとは異なる間を生かすゆったりとした芝居を学ぶ機会になったと、後に振り返っている。

画像: カンヌ国際映画祭でヴィム・ヴェンダースと © Kazuko Wakayama

カンヌ国際映画祭でヴィム・ヴェンダースと

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日本の名優から国際的な舞台に活躍の場を広げる

緩急自在な芝居を身につけた映画俳優・役所の評判は、やがて海外にも届き始める。1997年に主演した『うなぎ』がカンヌ国際映画祭でパルム・ドールを受賞するが、その際、今村昌平監督の代理で授賞式に登壇したのも役所だった。

さらに2000年、『EUREKA ユリイカ』がカンヌで国際批評家連盟賞を受賞。こうして世界にその存在を印象付けると、2005年にチャン・ツィイーや渡辺謙、ミシェル・ヨーも出演したハリウッド映画『SAYURI』で、海外進出という三度目の転機を迎える。

翌2006年にはカンヌ監督賞に輝いたアレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ監督の『バベル』にも出演し、活躍の場を広げていった。

俳優を長く続けてきたことについて、役所はあるとき、「これしかできないなって感じです」と控えめな発言をしている。だがそれは、裏を返せば役者になる運命だったとも言える。

さらにその控えめな言葉から漂うのは、人柄の実直さだ。筆者も役所に取材したことがあるが、多数の映画賞に加え、紫綬褒章まで受章(2012年)した名優とは思えぬ実直な人柄は強く印象に残った。

その姿は、日々手を抜かずに公衆トイレを清掃する『PERFECT DAYS』の平山に通じる。冒頭に引用したヴェンダースの言葉は、まさに真理。すなわち、カンヌの男優賞は、なるべくして俳優になった役所が、実直に歩みを重ねた末に辿り着いた到達点と言えるのではないだろうか。

画像: カンヌで『PERFECT DAYS』の上映後、 スタンディングオベーションを受ける © Kazuko Wakayama

カンヌで『PERFECT DAYS』の上映後、 スタンディングオベーションを受ける

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