本年度アカデミー賞で最多13部門にノミネートされ、作品賞・監督賞などの大本命とされる『オッペンハイマー』。これほど世界的にヒットし、高い評価を受けている理由とは何なのか? 海外でいち早く本編を鑑賞した筆者が解説します。(文・斉藤博昭/デジタル編集・スクリーン編集部)

※物語の詳細に触れていますのでご注意ください。

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オッペンハイマーの後悔と贖罪は多くのシーンに込められている

アカデミー賞では作品賞ほか最多13部門のノミネートを達成。まさに一年を代表する映画になりつつある『オッペンハイマー』は、第二次世界大戦で日本の広島と長崎に投下された原子爆弾の開発で中心人物となった物理学者、J・ロバート・オッペンハイマーを主人公にしていることから、原爆の被害に遭った日本では、どんな映画になっているのか、さまざまな憶測が広がった。

もちろん原子爆弾の開発と投下のドラマはじっくり描かれる。しかし、そこだけにフォーカスするのではなく、戦後も含めてオッペンハイマーの人生を見つめる作品になっている。だから上映時間も180分という異例の長さだ。

画像: 原子爆弾の開発で中心人物となった物理学者、J・ロバート・オッペンハイマー(キリアン・マーフィー)が主人公

原子爆弾の開発で中心人物となった物理学者、J・ロバート・オッペンハイマー(キリアン・マーフィー)が主人公

英国ケンブリッジ大学への留学、アメリカへ戻って大学で教鞭をとる青年期から、その異端の才能が伝わってくる序盤。そして第二次世界大戦が勃発すると、ナチス・ドイツが原子爆弾を開発していると聞きつけたアメリカが、先を越されないようにするため、極秘プロジェクト「マンハッタン計画」を立ち上げる。

そのリーダーを任されたのがオッペンハイマー。ニューメキシコ州のロス・アラモスに、原子爆弾開発のためのひとつの町を作り上げ、科学者たちによる前代未聞の研究がスタートする。

画像: 原子爆弾開発のためのひとつの町を作り上げ、科学者たちによる前代未聞の研究がスタートする

原子爆弾開発のためのひとつの町を作り上げ、科学者たちによる前代未聞の研究がスタートする

このあたりが映画『オッペンハイマー』の前半だが、原爆という目的は別として、人類初の偉業に挑む苦闘とチームワーク、それぞれの対立、アメリカ政府や軍との関係など、“もの作り”にかける人々の熱いドラマとして、観る者を引き込んでいくのが、『オッペンハイマー』のひとつの魅力と言っていい。

原子爆弾開発ドラマのクライマックスとなるのが、1945年7月のトリニティ実験。そこから原爆投下決定までは、息もつかせない急展開だが、この後のオッペンハイマーの運命にも、本作はドラマチックに迫っていく。

戦争の勝利によって、アメリカの英雄に祭り上げられる一方で、原爆による多数の人々の犠牲は、純粋に人類の未来を見据えていた科学者の心に、異様なまでの暗い影を落とすことになる。広島や長崎の被害の直接的描写がないと取りざたされた本作だが、オッペンハイマーの後悔と贖罪は、多くのシーンに込められている。

その“戦後”では、アメリカ原子力委員会の委員長、ルイス・ストローズとの対立のほか、共産主義者のレッテルを貼られたオッペンハイマーが「赤狩り」の対象となり、厳しい尋問を受けるドラマが、かなり濃密に展開。裁判映画のようなサスペンス感も増していき、ひとつの映画の中でジャンルが変わっていく感覚ももたらしてくれる。

画像: アメリカ原子力委員会の委員長、ルイス・ストローズ(ロバート・ダウニーJr.、写真左)との関係が物語の一つの軸となる

アメリカ原子力委員会の委員長、ルイス・ストローズ(ロバート・ダウニーJr.、写真左)との関係が物語の一つの軸となる

観た人それぞれで受け取るメッセージも変わるかもしれない

このオッペンハイマーと共産主義の関係は、映画の前半からいくつものエピソードで挿入され、中でも精神科医、ジーン・タトロックとの危険な香りも漂う不倫関係は、後の尋問に大きな影響を与えつつ、オッペンハイマーの素顔を伝えるうえで重要なドラマになっている。

物語としては、数奇な運命に翻弄された一人の男の人生として胸に迫るものがあり、そこにアメリカの歴史が深く重なることで、とくにアメリカの観客から予想外の関心を集めたのかもしれない。

画像: ジーン・タトロック(フローレンス・ピュー)との不倫関係がオッペンハイマーの素顔を伝えるうえで重要なドラマに

ジーン・タトロック(フローレンス・ピュー)との不倫関係がオッペンハイマーの素顔を伝えるうえで重要なドラマに

アカデミー賞13部門ノミネートの中で、最も受賞が確実視されるのが、クリストファー・ノーランの監督賞であるように、本作は彼のひとつの到達点だと感じさせる。とはいえ、彼のこれまでの作品と比べると、この『オッペンハイマー』は明らかに異色。

「ダークナイト」シリーズでアメコミヒーローを革新し、初期の『メメント』(2000)から、『インセプション』(2010)『TENET テネット』(2020)まで、大胆かつ斬新な設定や世界観、語り口を持ち味にしてきた。史実を基にした『ダンケルク』(2017)でもアクション映像に異様なこだわりをみせたノーランだが、今回は重厚な人間ドラマを仕上げた印象。

基本的にオッペンハイマーの視点で描かれ、そのパート、つまり大部分はカラーだが、ストローズの視点がモノクロに変わるなど、ノーランらしい映像の執着は感じられる。近作と同じくIMAXや65ミリの大型カメラでフィルム撮影しつつ、65ミリのモノクロフィルムが存在しないので、わざわざ本作のために開発したのもノーランらしい。

そう考えると、科学の世界を進化させたオッペンハイマーに、映画の表現を追求するノーランは、自身の生き方を重ねたようにも思える。核融合や素粒子の動きをイメージした美しい映像で示すオッペンハイマーの心象、トリニティ実験の恐怖を体感させる音響など、ノーランの演出に息をのむ瞬間は多い。

画像: アカデミー賞助演賞ノミネートのエミリー・ブラントをはじめ豪華キャストたちが過去の映画とは違う顔をみせる

アカデミー賞助演賞ノミネートのエミリー・ブラントをはじめ豪華キャストたちが過去の映画とは違う顔をみせる

さらに本作が映画ファンに強くアピールするのは、キャストのイメージを覆す名演技、そのオンパレードという側面。オッペンハイマー役のキリアン・マーフィーは、本人の外見に寄せつつ、原爆投下後の思いを“あからさまに表現せずに伝える”という高等テクニックで演じきった。

アカデミー賞で助演賞ノミネートの2人、ロバート・ダウニーJr.とエミリー・ブラントは、明らかに過去の映画とは違う顔をみせる。ジーン役、フローレンス・ピューの体を張ったラブシーン、オスカー俳優のケイシー・アフレックやラミ・マレックの短い登場でのインパクト、大物のカメオ出演……と、オールスター映画の華やかさも備えた本作。

とくに注目してほしいのは、ジョシュ・ハートネットとデイン・デハーンで、ノーラン監督の下で俳優がいかに新たな輝きを発揮できるか。それを『オッペンハイマー』は証明する。

キャストたちの演技合戦もあり、かなりセリフも多く、体力が要求される3時間ではあるが、それだけ観た後に残るインパクトも大きいはず。観た人それぞれで受け取るメッセージも変わるかもしれないが、「力作」であることは間違いない。

アカデミー賞、ココに注目!

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第96回アカデミー賞にて作品賞を含む13部門でノミネートされている『オッペンハイマー』。これは本年度最多記録であり、歴代最多記録(14ノミネート)に続くもの。

歴代最多受賞は11部門を制した『ベン・ハー』(1959)『タイタニック』(1997)『ロード・オブ・ザ・リング/王の帰還』(2003)があるが、本作がこの記録にどこまで迫れるか、あるいは塗り替えるのか注目される。

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演技部門では主演男優賞候補のキリアン・マーフィー、助演女優賞候補のエミリー・ブラントが自身初のノミネート。助演男優賞候補のロバート・ダウニーJr.はこれが三度目の候補だが受賞経験はなし。監督賞候補のクリストファー・ノーランもまだ受賞経験はなく、誰が受賞してもキャリア初の快挙となる。

『オッペンハイマー』2024年3月29日(金)公開

第二次世界大戦下、オッペンハイマーは優秀な科学者たちを率いて世界で初となる原子爆弾の開発に成功。しかし原爆が実戦で投下されると、その惨状を知り深く苦悩するようになる。

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『オッペンハイマー』
監督: クリストファー・ノーラン
出演: キリアン・マーフィー、エミリー・ブラント
配給: ビターズ・エンド  ユニバーサル映画

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