作品選びにお悩みのあなた! そんなときは、映画のプロにお任せあれ。毎月公開されるたくさんの新作映画の中から3人の批評家がそれぞれオススメの作品の見どころポイントを解説します。

〜今月の3人〜

土屋好生
映画評論家。元日に大地震とは驚いた。今こそドキュメンタリー映画の出番だろう。在りし日の市川崑に倣って。

大森さわこ
映画評論家。公開時、本誌のベストワンに選んだ『ストップ・メイキング・センス』4K版のIMAX上映に大感激。

渡辺麻紀
映画ライター。今年のお楽しみ作は『ビートルジュース2』と『マッドマックス:フュリオサ』です。

土屋好生 オススメ作品
『Here』

男女の邂逅の顛末を極めてシンプルかつ
精緻に描きその内面世界に引き込んでいく

画像1: 土屋好生 オススメ作品 『Here』

評価点:演出4/演技3/脚本3/映像5/音楽4

あらすじ・概要
予期せぬ再会とはいえ偶然の出会いに戸惑いを見せる男と女。東欧ルーマニア出身の移民労働者と、コケの研究に打ち込む中国人系ベルギー人の植物学者。カメラは移民社会における運命的な関係をもう一度見直していく。

男と女が織り成す不可思議な邂逅の顛末をベルギーの俊英監督バス・ドゥヴォスが正面から見つめ、切れ味鋭い眼差しを注ぐ……と書けばつい肩に力が入ってしまうが、完成した映画は枝葉をそぎ落としたように極めてシンプルで精緻。観客はぐいぐいと2人の男女の内面世界に引き込まれていく。

画像2: 土屋好生 オススメ作品 『Here』

その表現は一つには徹底して無駄を省いたせりふ回しであり、もう一つにはスタンダードサイズの引き締まった画面である。そして何より観客の目を引きつけて離さないのは、コケ=小さな森という独自の世界観である。

いささか旧聞に属するかもしれないが、画面いっぱいに映し出されるそのコケの複雑怪奇な表情には圧倒された。通常の35ミリではなく懐かしい16ミリフィルムにこだわった監督のセンスの良さに脱帽!

コケ研究の女性学者が言うように結局地球上で最後まで命を長らえるのはコケではないのか。けた外れの生命力を目の当たりにしているようで、すっかり見惚れてしまった。この映像を見るだけでも価値ある経験になること請け合いの一作。

公開中/サニーフィルム配給

©Quetzalcoatl

大森さわこ オススメ作品
『コット、はじまりの夏』

ひと夏だけ親戚夫妻の家に預けられた9歳の少女の繊細で静かな自己発見の物語

画像1: 大森さわこ オススメ作品 『コット、はじまりの夏』

評価点:演出5/演技5/脚本4/映像4/音楽3

あらすじ・概要
1981年の夏。アイルランドの大家族で育った9歳のコットは、家の経済的な事情もあり、ひと夏だけ親戚のキンセラ夫妻の農家に預けられる。戸惑いもあった彼女は、そこで新しい世界を知ることになる。

全編がほぼアイルランド語で撮られた稀有な構成で、アカデミー国際長編映画賞候補にも上がったが、それも納得のクオリティ。

画像2: 大森さわこ オススメ作品 『コット、はじまりの夏』

大げさにかまえた映画ではなく、とても静かで繊細なタッチの作品だが、見終わった後、美しい余韻がじわじわと広がる。

舞台は1981年で、大家族に生まれた9歳の少女、コットはひと夏だけ、親戚のキンセラ夫妻に預けられる。実家では“はぐれ者”だった彼女は身知らぬ場所で戸惑いを感じるが、やがては親切なアイリンと一見不器用なショーンのおかげで内面に変化が起こる。

原題は“The Quiet Girl”で静かな少女の自己発見の物語。淡々とした日常描写と豊かな自然の映像を重ねることで少女の心模様が詩的に表現される。原作はアイルランドの女性作家、クレア・キーガンで原作(日本では未訳)は90ページほどの小説だが、周囲の自然の描写を通じて人物の心理が描かれ、その寡黙な世界観が映画にも見事にひきつがれる。

主人公役の驚異の新人、キャサリン・クリンチの繊細な演技から終始目が離せない。新鋭監督コルム・バレードの今後にも期待したい。

公開中/フラッグ配給

©Insceal 2022

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渡辺麻紀 オススメ作品
『哀れなるものたち』

フランケンシュタインものにフェミニズム要素を加えた大胆な寓話的ファンタジー

画像1: 渡辺麻紀 オススメ作品 『哀れなるものたち』

評価点:演出4/演技4/脚本5/撮影4/美術5

あらすじ・概要
天才科学者によって成人女性の身体で新たな生を受けたベラ。頭と心は生まれたばかりの赤ちゃんと変わりなく、あらゆることを吸収し始める。そして、世界を知ろうとするベラは冒険の旅に出ることに。

ヨルゴス・ランティモスの名前を知ったのは『ロブスター』(2015)だったが、寓話的かつSF的な設定にもかかわらず世界観が曖昧で、何をやろうとしているのか判らなかった。

ところが、バックにメジャースタジオがつき製作費をかけられるようになった『女王陛下のお気に入り』(2018)から美術や衣装に凝りまくり、独自の世界観を構築する。その(今のところの)最高峰が『哀れなるものたち』だ。

画像2: 渡辺麻紀 オススメ作品 『哀れなるものたち』

テーマはお馴染みのフランケンシュタインものにフェミニズム要素を加えた寓話的なファンタジー。後半になると俄然、フェミニズム色が強くなるのだが、そういった説教臭さを払拭しているのが、これまで以上に凝りまくった美術や衣装によって構築された“世界”だ。

ゴージャスでありつつリアリティが覗き、驚くほど個性的で大胆。スコットランドの作家、故アラスター・グレイの同名小説の映画化だが、活字では不可能な、まさに映像ならではの迫力と魅力にあふれている。とても正しい原作ものの映画化だと思う。

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公開中/ウォルト・ディズニー・ジャパン配給

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