スランプに陥り、2作目が書けない作家が裕福な資産家の娘である妻とリゾート地を訪れ、1組の夫婦と出会う。それをきっかけに彼は奇妙で恐ろしい世界に引きずり込まれていく。映画『インフィニティ・プール』はブランドン・クローネンバーグ監督の長編第3作である。デヴィッド・クローネンバーグを父に持ち、自身も『アンチヴァイラル』(2012)『ポゼッサー』(2020)など独特の世界観に溢れた秀作を送り出し、カルト的な人気を誇る監督に本作の着想のきっかけや主演のアレクサンダー・スカルスガルドについて、今後などを語ってもらった。(取材・文/ほりきみき)

主人公は監督自身を投影したキャラクター

──「観光客はどんな犯罪を起こしても大金を払えば自分のクローンを作ることができ、そのクローンを身代わりとして死刑に処すことで罪を免れることができる」という発想に驚きました。

2013~2014年くらいに書いた短編小説をベースにしました。自分自身の影武者のような存在が架空の国で処刑される場面を見ている男が主人公の話で、影武者は男が犯した罪の記憶や罪悪感を持っています。

テーマはアイデンティティや公平性、罰といったことでしたが、映画化するにあたって、どんな罪でも逃げおおせるというロジックが成り立つ場所として思いついたのがリゾート地でした。リゾート地に行っても現地の方と触れ合ったり、現地のことを知ったりすることをせず、観光客向けに提供される遊び場でしか遊ばずに帰っていく。このようなツーリズムの形で考えていきました。

画像: ブランドン・クローネンバーグ監督

ブランドン・クローネンバーグ監督

──脚本執筆はどの辺りで苦労されましたか。

これまでの作品の中でいちばんスムーズに書けました。この作品の主人公のジェームズは作家としてスランプに陥っていますが、製作費が集まらなくて苦労している僕自身を投影して自嘲したキャラクターでもあったのです。というのも、『アンチヴァイラル』(2012)を撮り終えて、すぐに『ポゼッサー』(2020)の脚本を書いたのですが、インディペンデント系作品ということでなかなか製作費が集まらず、結果として8年間も空いてしまい、その間にこの脚本も書いていたのです。ジェームズが僕そのものというわけではありませんけれど、そのときに感じた必死な思いや自己疑念といった古典的な悩みは全部この作品に盛り込んであります。もしかするとジェームズは僕自身にとても近いのかもしれません。

──そのジェームズをアレクサンダー・スカルスガルドが演じています。

僕のようにイケメンで、魅力的な役者さんを見つけなくてはなりませんでしたから、キャスティングは難航しました(笑)。というのは冗談ですが、アレクサンダー・スカルスガルドは何といっても人柄が魅力的でした。

画像: 主人公は監督自身を投影したキャラクター

今回はインディペンデント系作品ということで時間も資本もあまりなく、常にバタバタするだろうということがわかっていました。そういう作品の現場は役者さんもチームの一員として、制作に合わせてくださるかどうかが重要です。彼は自分の時間を惜しみなく撮影に使ってくれました。

しかも彼はハリウッドの大作で主役を張れるような美貌と魅力、才能を持っていますが、ご自身がどう見えるかを気にしません。リゾート地のパンフレットから抜け出てきたようなイケメンですが、役として堕ちていくことを厭わないのです。ジェームズにぴったりでした。

SFやホラーという建前があるからこそ世界観をいじることができる

──ジェームズを奇妙で恐ろしい世界に誘う女性・ガビをミア・ゴスが演じています。ミア・ゴスはいかがでしたか。

心が広く、穏やかで、礼儀正しい方なのですが、カメラが回り始めると爆発したような演技をされます。一方でニュアンスの効いた細やかな演技もできる。まさしくプロフェッショナルな方でした。

画像1: SFやホラーという建前があるからこそ世界観をいじることができる

「気持ちを高めておきたいから、カメラを回してもらっているところで、物に当たったり、声を荒げたりさせてください」といわれたことがありました。そのときはものすごくエネルギッシュなテンションなのですが、カットが掛かった瞬間、さらっと「ブランドン、ありがとう」とおっしゃって、いつもの彼女に戻ったのです。素晴らしい才能を持った方です。

──冒頭、主人公夫婦が朝食を食べに行く姿を後ろからとらえたカメラがぐるっと回り、そのまま回り続けるなど、カメラワークが印象に残りました。

状況設定を示すエスタブリッシング・ショットはつまらないカットになることが多く、好きではありません。それを入れるくらいなら何かできることはないかを考えます。そのシーンはこれからどんどん奇妙な状況になっていくことへの観客に対する合図です。普通の旅行ではあるけれど、そこに怖いものが潜んでいるような感覚をあのようなカメラワークで表現しました。

ジェームズがガビの仲間に紹介されるシーンは廊下から撮っているので、両サイドが壁で黒くなっていて、スマートフォンで覗き見しながら撮っているように見えたかと思います。彼が出会うメンバーたちが1人1人、個別に存在するのではなく、1つの有機体のように見せたかったのです。ジェームズたちを覗き見していたのが、だんだんとジェームズとガビの視点になっていき、最終的にはジェーム1人の視点になっていく。あのシーンでは彼が何を経験しているかが大事なのです。

画像2: SFやホラーという建前があるからこそ世界観をいじることができる

──本作だけでなく『アンチヴァイラル』や『ポゼッサー』もSF的要素が入った独特な世界観の作品です。今後もこの路線が続くのでしょうか。ヒューマンドラマやコメディなどを撮ってみたいと思うことはありませんか。

作り手としてアイデアが下りてきて、それに夢中になって追い掛けた結果、3作品ともSF的な要素の入った作品になりました。子どもの頃からSFが好きだったからかもしれません。もちろんSF以外の作品を撮りたいという気持ちもあります。

ただSFやホラーは現実世界を掘り下げるときのフックになり得るのです。そういうジャンルという建前があるからこそ、世界観をいじることができ、日々慣れ親しんでいることを新しい視点で見ることができるのです。

<PROFILE>
監督・脚本:ブランドン・クローネンバーグ

1980年1月10日生まれ。カナダ・トロント出身。カナダを代表する鬼才デヴィッド・クローネンバーグを父親に持ち、ライアソン大学で映画を学んだ。2008年のトロント国際映画祭学生映画部門でプレミア上映され、HSBCフィルムメーカー賞最優秀脚本賞を受賞した短編映画『Broken Tulips(原題)』や『The Camera and Christopher Merk(原題)』(10)のほか数々のミュージック・ビデオを手掛けた後、2012年にケイレブ・ランドリー・ジョーンズ主演のSFスリラー映画『アンチヴァイラル』で長編映画監督デビュー。第65回カンヌ国際映画祭のある視点部門に出品され大きな話題を呼んだ。8年ぶりの長編映画となる2020年公開作『ポゼッサー』はサンダンス映画祭でプレミア上映され、第33回東京国際映画祭でも上映が行われるなど数々の映画祭で絶賛された。J・G・バラードの小説「スーパー・カンヌ」の映画化のほかSFホラー映画の企画を進行中である。

『インフィニティ・プール』4月5日(金)新宿ピカデリー、池袋HUMAXシネマズ、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次公開

画像: 俳優・豊川悦司ナレーション!罪を償うのは、もう一人の自分『インフィニティ・プール』4.5(金)公開|予告編 youtu.be

俳優・豊川悦司ナレーション!罪を償うのは、もう一人の自分『インフィニティ・プール』4.5(金)公開|予告編

youtu.be

<STORY>
高級リゾート地として知られる孤島を訪れたスランプ中の作家ジェームズは、裕福な資産家の娘である妻のエムとともに、ここでバカンスを楽しみながら新たな作品のインスピレーションを得ようと考えていた。ある日、彼の小説の大ファンだという女性ガビに話しかけられたジェームズは、彼女とその夫に誘われ一緒に食事をすることに。意気投合した彼らは、観光客は行かないようにと警告されていた敷地外へとドライブに出かける。それが悪夢の始まりになるとは知らずに……。

<STAFF&CAST>
出演:アレクサンダー・スカルスガルド、ミア・ゴス、クレオパトラ・コールマン、ジャリル・レスペール、トーマス・クレッチマン
監督・脚本:ブランドン・クローネンバーグ
撮影監督:カリム・ハッセン
美術:ゾーシャ・マッケンジー
編集:ジェームス・ヴァンデウォーター
2023年 / カナダ・クロアチア・ハンガリー合作 / 英語 / 118分 / R18+ / 原題:Infinity Pool / 日本語字幕:城誠子
配給:トランスフォーマー  
© 2022 Infinity (FFP) Movie Canada Inc., Infinity Squared KFT, Cetiri Film d.o.o. All Rights Reserved.
公式サイト:https://transformer.co.jp/m/infinitypool/

This article is a sponsored article by
''.