夏休みに特別補習としてプール掃除をする女子高生たちが何気ない会話を交わすうちに抱えている葛藤が現れてくる。『水深ゼロメートルから』は第44回四国地区高等学校演劇研究大会で文部科学大臣賞(最優秀賞)を受賞した徳島市立高等学校の同名舞台劇の映画化である。『リンダ リンダ リンダ』(2005)で女子高生が奮闘する姿を描いた山下敦弘監督が高校演劇リブート企画2弾としてメガホンを取った。山下監督に作品に対する思いを語ってもらった。(取材・文/ほりきみき)

大事なことはキャストたちが肌感覚でわかっているはず

──メインキャストを濵尾 咲綺さん、仲吉玲亜さん、清田みくりさん、花岡すみれさんが務めています。4人の方々には事前に何か伝えましたか。

リハを都内でやって、ロケ場所は一ヶ所で、しかも移動がない。10月に撮影しましたが、影が入ってきてしまうと繋がらなくなってしまうので、撮影できるのは朝の8時くらいから午後は2時半からせいぜい3時が限界。撮影が終わった後、翌日のシーンのリハができました。翌朝も6時くらいに現場に着いたら、1時間から1時間半くらいリハをしてから撮影をする。とにかくリハーサルをする時間がすごくたくさんあったので、そこで彼女たちとディスカッションしながら、キャラクターを作っていきました。

濵尾さん、仲吉さん、花岡さんは舞台版にも出ていましたが、舞台のことを思い出してやってもらうことはしていません。「舞台のときはどうだった?」という話はしましたが、屋外にあるプールでこの距離感でやるのは舞台とはまた違ったものになるのです。舞台は舞台であったとして、彼女たちが演じているときに「何か無理していない? 違和感ない?」と聞き、「あります。実は舞台ではこうだったんです」、「そうか舞台はそういう流れだったんだ。だったら舞台と映画は違うから、映画はそこ、無理に声を張る必要はないよ」といった感じで、彼女たちの中に残っている舞台の部分を現場で抜いていきました。

──多感な時期の女の子のデリケートな部分に触れていますが、男性の監督が演出することに対して不安はありませんでしたか。

内容のことを1つ1つ自分だけで考えるとわからないことがあったり、重く感じたりしたかもしれませんが、今回は脚本を書いたのが中田さんで、ミクとココロ、ユイは舞台から引き続いてやってきている役者さんです。僕がどう解釈するかではなく、彼女たちに無理がないように演じてもらい、それが自然に流れていて、彼女たちのセリフに説得力があるかを僕が客観的に見て判断する。大事なことは彼女たちが肌感覚でわかっているはずですから、彼女たちがしっくりくるのなら大丈夫だろうと考えました。

画像1: 大事なことはキャストたちが肌感覚でわかっているはず

──徳島市立高校の舞台版には野球部のマネージャーのリンカは話題にしか出てきませんが、本作では本人が登場します。

リンカは小沢さんと相談していた段階ですでに存在していました。他にも山本先生の同僚の男性の先生や吹奏楽部など、小沢さんが書いた映画版の脚本にはもっとたくさんのキャラクターが出てきていたのです。

しかし、脚本を作っていく中で“男性は出てこない方がいい”という気がして、大分削ぎ落していきました。山本先生が地元の友人と電話で話すシーンがありますが、現場では相手は男性でした。ただ、そこに男性を出すと違う意味も生まれてしまうと思い、女性の方に後からアフレコで差し替えてもらいました。

──その電話のシーンから山本先生の内面が見えてきて、大人の葛藤も加わりました。

中田さんと一緒に作ったシーンです。先生は先生でいろいろあるというのは小沢さんの稿にもあったのですが、そこの部分は残し、山本先生のキャラクターを膨らませ、山本先生自身も教師というキャラクターを演じていることにしようと思ったのです。

中田さんの恩師の村端先生とzoomで話をしたときに「先生あるある」的なことをうかがったところ、“教師というのはどこか無意識に教師を演じている部分がある”とおっしゃっていたので、その話を参考にして、先生の違う顔が見えるシーンとして入れました。

──掃除をしても、また飛んでくる砂に対してチヅルが「意味がない」と山本先生に訴えます。それに呼応するかのように、後半にミクが「意味がないことなんてない」というシーンもありました。『リンダ リンダ リンダ』でも、凛子が「やって意味なんかあるのかな」というと恵が「意味なんてないよ」と話すシーンがありましたが、監督の中でリンクするものがあるのでしょうか。

全然意識していませんでした(笑)。

『リンダ リンダ リンダ』のとき、音楽をやる理由はモテたいとか、プロになってお金を稼ぎたいとか、人によっていろいろあるけれど、言葉にできない根拠のない衝動みたいなことが音楽としていちばん純粋なんじゃないかと思いました。ですから「意味あるのかな」と言われて、「意味なんてないよ」と答えるセリフは音楽に対する思いでした。

この作品は『リンダ リンダ リンダ』とはまた違った切り口で、対大人というか、理不尽なことに対するセリフです。

ただ、山本先生の主張は「何を言っているんだ、この先生」って感じで、実は意味がわからなかった。それでもあのシーンを残したのは、山本先生が語る屁理屈は先生自身も意味を考える前に教師という仮面を被っているキャラクターであることを表現したかったのです。

画像2: 大事なことはキャストたちが肌感覚でわかっているはず

──さとうほなみさんが演じた山本先生はセリフのないシーンからも心情が伝わってきます。

さとうさんはプロデューサーが名前を挙げてくれたのですが、知っていたので、いいなと思いました。彼女たちに言い切るというか、押し付ける先生なのですが、さとうさんが演じてくれたので、先生も揺れている感じになったと思います。

──さとうさんに事前に何か伝えましたか。

村端先生は教師になって何年か経ってから、実家で親と話しているときに、「あんたのいい方、先生っぽい」と言われたそうなんです。先生という生き物になってしまったかのように、学校以外でも無意識に先生の仮面を被ってしまうとおっしゃっていました。

それを聞いて、自分にも思い当たる節があったのです。監督をやっているとプライベートでも監督っぽくなってしまうというか、演じてしまう部分がある。それって誰でもあるとは思いますけれどね(笑)。そういったことを伝え、後はさとうさんに委ねました。

音楽の澤部渡は映画に対する距離感が大人

──音楽をスカートの澤部渡さんが担当されています。

彼には「山田孝之のカンヌ映画祭」(テレビ東京系)でもエンディングテーマと劇伴をお願いしました。実はこの後の『化け猫あんずちゃん』(2024)にもキャラクターとして出ているんです。だから、ここ1~2年はちょこちょこ会っているのですが、音楽家としては久しぶりですね。

──どのようにオーダーされましたか。

この作品は野球部の音とセミの鳴き声といった夏の雰囲気さえあればいい。音楽がいっぱい鳴り響いている作品ではないと思ったので、編集が終わった段階で澤部さんに見てもらい、「ここと、ここと、ここ」という感じでシンプルに3曲くらいお願いして作ってもらいました。

できあがってきた音楽を聴いて、狙い通りというか、さすがだなと思いました。映画に対する距離感が大人なのです。何か爪痕を残そうという欲がないというか、映画に寄り添っている感じがしました。

──上白石萌歌さんがゲストボーカルとしてadieu名義で歌っています。

プロデューサーと話していたときに女性ヴォーカルという話が出て、澤部さんに相談したところ、上白石さんの名前を挙げてくれました。変に盛り上げたり、説教臭さがなくて、彼女たちと並行してそこにある感じがいいなと思いました。

──本作はほとんどの場面が高校のプールというワンシチュエーションで、登場人物も4人の会話劇です。カメラワークで意識されたことはありましたか。

撮影の高木風太くんとは何本もやってきました。これまでの作品を踏まえて、僕とやるときの反省点があったようで、今回は無駄なことは一切せずにシンプルにやろうと決めていたようです。時間を掛けてリハーサルをやっていたので、カメラワークは基本的に彼がリハーサルの芝居を見ながら決めていきました。

現場って普通、移動や照明待ちとかあって、作業が全てタイトです。今回は日数があるわけではないものの、1シーン、1シーンをじっくり撮ることができました。今回のカメラが僕はすごく好きで、「すごく良かったよ」と高木くんに伝えたら、「あれだけリハをして、芝居を作り込んでいくのを見るということは他の現場ではできないので、僕もじっくりカメラワークを考えられました」と言っていました。それもよかったと思います。

──『リンダ リンダ リンダ』のクライマックスでも雨が効果的に使われ、『カラオケ行こ!』(2024)でも雨のシーンがありました。監督は雨降らしが実はお好きなのではありませんか。昼間、大粒の雨を見せるのはなかなか大変だと聞いています。

高木くんとロケハンに行ったとき、土砂降りだったんです。「寒いし、よくわからないし…」と話しながらも、雨っていいなと思ったのです。それで「雨、降らせられないですかね」と制作部に話をして、やっていただきました。

元々の脚本はラストでチヅルが野球部に乗り込んで行き、水を撒きながら大暴れすることになっていました。ところがロケハンに行ったら、野球部側のグラウンドに水が撒ける水道がない。どうやって撮影するかを考えていたときに「だったら最後に雨が降ってきたことにすればいい」と思いつきました。ですからラストの雨は苦肉の策というか、ロケハンをしながら思いついたという感じです(笑)。

画像1: 音楽の澤部渡は映画に対する距離感が大人

──この作品は監督にとってどんな位置づけになりましたか。

自分の中でいろんなものを削ぎ落して、自然体で演出に向き合えました。僕は物語を作るよりも演出するのが好きなので、自分が映画を作る上で根拠の核になるものを出せた気がします。

この作品を見て、今の女子高生の思いや女性から見たメッセージを受け取っていただいてもいいのですが、僕としては純粋に彼女たちが映画の中に存在するように魅力的にみせるという監督としてのシンプルな役割をちゃんと全うできたというか、僕自身も救われた作品になったと思っています。

『リンダ リンダ リンダ』から20年近く経っていますが、ある意味、今の自分の演出のベストを出した映画ができたと思っているので、ぜひ彼女たちを見に来てください。

<PROFILE>
監督・山下敦弘
1976年生まれ、愛知県出身。1999年に卒業制作として手がけた『どんてん生活』がゆうばり国際ファンタスティック映画祭オフシアター部門でグランプリを受賞。その後、『リンダ リンダ リンダ』や『天然コケッコー』などヒット作を生み出し続けている。2024年は本作の他に『カラオケ行こ!』、『告白 コンフェッション』、『化け猫あんずちゃん』と3本の映画が劇場公開となる。

画像2: 音楽の澤部渡は映画に対する距離感が大人

『水深ゼロメートルから』2024.5.3(金)新宿シネマカリテほか全国順次公開

画像: 映画『水深ゼロメートルから』予告編 www.youtube.com

映画『水深ゼロメートルから』予告編

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<STORY>
高校2年の夏休み。ココロとミクは体育教師の山本から、特別補習としてプール掃除を指示される。 水の入っていないプールには、隣の野球部グラウンドから飛んできた砂が積もっている。渋々砂を掃き始めるふたりだが、 同級生で水泳部のチヅル、水泳部を引退した3年の先輩ユイも掃除に合流。学校生活、恋愛、メイク……。なんてことのない会話の中で時間は進んでいくが、 徐々に彼女たちの悩みが溢れだし、それぞれの思いが交差していく……

<STAFF&CAST>
監督:山下敦弘
脚本:中田夢花
原作:中田夢花 村端賢志 徳島市立高等学校演劇部
出演: 濵尾咲綺 仲吉玲亜 清田みくり 花岡すみれ 三浦理奈/さとうほなみ
音楽:澤部渡(スカート)
2024|カラー|アメリカンビスタ|5.1ch|87min
配給:SPOTTED PRODUCTIONS
©️『水深ゼロメートルから』製作委員会

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